第七話

 昼下がり、教会に隣接する墓地でルドベキアが戦友に祈りを捧げていた。隣にはベルが様々な種類の花を抱えている。ノウゼンは教会の入り口付近の壁にもたれ、遠目から二人の様子をうかがっているようだ。ルドベキアは眼前で眠る戦友にイツ軍式の敬礼を行うと、一つ隣で眠っている戦友の墓前へと向かった。木の板に記載されている名前を確認し、ルドベキアが静かに呟く。

「こいつは……、確か南西部の出身だったな……。」

「チューリップがよろしいかと。」

 ベルは花束の中から一本、白いチューリップを取り出すと、墓前で片膝を付いているルドベキアへと手渡した。ルドベキアが手渡された花を墓前に供える。

「結局、一緒に飲みに行く約束は果たせずじまいだったか……。再会した時に好きなだけ奢ってやるから、その時に約束を果たさせてくれ。」

 ルドベキアは立ち上がるとイツ軍式の敬礼を行った。その様子をベルがジッと見つめている。ベルの視線に気付いたルドベキアは自嘲気味に笑った。

「おかしな話ですよね……。亡くなった者に対して再び会う約束をするなんて。」

「願い続ければ、再び出会えます。」

「……そうですね。そうだと良いですね。」


 ルドベキアは敬礼を解くと、もう一つ隣の墓前へ向かった。地面に突き刺さった銃に金属製の認識票が吊り下げられている。ルドベキアは認識票に記載されている内容を確認した。姓名や血液型、認識番号や信仰している宗教と思われるものがポラン語で記載されている。

「ポラン軍人の墓か……。」

 ルドベキアが小さな声で呟く。彼が隣で花束を抱えているベルに声を掛けようとした時、いつの間にかノウゼンが二人の近くまで歩を進めていた。ルドベキアを睨み付けながら、彼の眼の前で立ち止まる。借りたズボンのポケットに手を入れたまま、ノウゼンは口を開いた。

「——。」

「ノウゼンさん? どうかしましたか?」

 ルドベキアの声を聞き、ノウゼンが面倒臭そうな表情を見せる。困惑気味のルドベキアをよそに、ノウゼンはベルに向かって何かを話し始めた。

「——、——。——。」

「承知しました。通訳させていただきます。」

 ノウゼンが一安心したように息を漏らす。彼は目の前にあるポラン軍人の墓標を、親指で指差しながら静かに話し始めた。

「——、——?」

「何故、ポラン軍人も供養しようとしているのかと聞いています。」

「立場は違えど、彼らも故国の為にその身を尽くした軍人です。戦いが終わった今、同じ軍人として彼らには最大限の敬意を払わなければならない。だから私も、彼らの為に祈りたいのです。」

 ルドベキアの言葉がノウゼンに伝わると、ノウゼンは冷めた様な、それでいて悲しそうな笑み浮かべていた。ノウゼンは鼻で笑った後、冷めた表情で口を開く。

「——。——、——。」ノウゼンは首を横に振った。

「ルドベキア様の行いは偽善であり、異国の地で眠っている者たちには何の意味も無い行動だと申しています。」

「偽善すら貫き通せない者に、意味のある行動なんて出来ませんよ。」

 ルドベキアが自嘲気味に微笑みを浮かべる。彼の返答を聞くと、ノウゼンは怪訝な表情になった。その場で腕を組み、指先で二の腕をトントンと叩いている。ノウゼンはその場で舌打ちをすると、ルドベキアに疑問を投げかけた。

「——?」

「ルドベキア様は敵国の兵隊が——ノウゼン様の事が憎たらしくないのかと聞いています。」

「憎しみなどありません。そもそも、私が貴方達を恨む資格なんてありませんよ。自分の部下にすら恨まれるような事しか出来なかったのですから。」

 ルドベキアの返答を聞くと、ノウゼンは溜め息を漏らした。ノウゼンは何処か哀れむような眼でルドベキアを見ている。ベルに視線を移すと、ノウゼンは呆れた様な声で彼女に話しかけた。

「——、——。」

「——。」ベルがうなずいている。

 ベルの同意を得られると、ノウゼンは呆れたように笑っていた。二人が話している会話の内容を聞き取れないルドベキアは、困ったように小首をかしげている。ノウゼンはルドベキアに向き直ると、真剣な表情で話しかけた。

「——、——。——?」

「ルドベキア様は何もかもを自分の責任にして生きていくつもりかと、ノウゼン様がおっしゃっています。」

 ノウゼンはルドベキアの眼を真っすぐに見る。静寂のはざまに昼下がりの太陽が二人の軍人を照り付けていた。墓標の認識票が太陽光を反射してキラリと輝く。ルドベキアは決意を込めた声でノウゼンの質問に答え始めた。

「過去に犯した罪は消えません。今の私は、他人の犠牲の上でこの場所に立っているのです。一生、他人の血で汚れた両手を使って生きていくしかありません。」

 ベルは何か思うところがあったのか、翻訳もせずにその場で黙っていた。ノウゼンにはルドベキアが何を言っているのかは分からない。だが、ルドベキアの声から彼の真意を感じ取っていた。ルドベキアは岩の様に大きい掌を握ると、真剣な表情のまま言葉を続ける。

「それでも、私にはまだやらなければならないことがあります。忠誠を誓った国を、大切な隣人を、愛する家族を守らなければいけない。生き残ってしまった以上、罪を背負ってでも生きて前に進むしかないんです。それはあなたも同じでしょう?」

 教会の墓地に静寂が流れる。さわやかなが風が吹くと、教会の周りに植えられているハシバミの葉がざわざわと音を立てていた。墓標の周りに芽吹く若葉たちもそよそよと揺れている。ノウゼンは戦友が眠る墓標へ向き直ると、静かに呟いた。

「『Requiem aeternam dona eis, Domine, et lux perpetua luceat eis.』」

 ノウゼンは右手の中指と人差し指のみを伸ばし、他の三本は握ったまま前方に向けると、そのまま伸ばした指をこめかみ付近にあてた。『二指の敬礼』と言われるポラン国特有の敬礼方法だ。ノウゼンはルドベキアを横目で見ると、一瞬だけ顎を突き出した。どうやら、ポラン式の追悼方式を彼なりに教えているようだ。

「ありがとう。ノウゼンさん。」

 ルドベキアは墓標へ向き直ると、二指の敬礼で追悼を捧げた。




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