パトリツァ・コンタビリタ 二

 今宵は年に二回開かれる、王家主催の夜会です。

 わたくしは旦那様の瞳と同じ蒼いドレス、旦那様は黒の礼服にわたくしの髪と同じ赤いタイとチーフを合わせて出席しました。


 いつものようにみなさまの注目のもとでファーストダンスを済ませると、数多くの殿方がわたくしに次の曲のお相手を申し出られます。お断りするのは心苦しいので、申し出られた順に次々と踊り出しますと、旦那様は邪魔にならぬよう、そっと壁際に向かわれました。そちらに旦那様の胸元を飾るタイのような赤い髪と、カフスに輝くパパラチアのような瞳のあのお方が待っておられる事には全く気付かず、わたくしは請われるままに皆様と踊り続けました。


 これも侯爵夫人として、大切な社交でございます。

 にも拘わらず、わたくしがみなさまと踊り終えてすっかり疲れているのに旦那様は昔からのお友達との会話に夢中でした。しかも、第二王子のマリウス殿下をはじめ、そうそうたる方々がご一緒だというのに、わたくしを紹介しようという素振りすらございません。


 やれ天候がどうの、作物の出来がどうのと、実につまらない話題で盛り上がっておられます。今流行っているお芝居ですとか、、素敵なお菓子や宝石とか、そういう楽しいものに話題を変えて、わたくしが仲間に入れるように配慮してくださってもよろしいのに。

 もしかすると、古いお友達との下らないお話に夢中になっていて、わたくしが踊り終えた事に気付いてすらおられないのかもしれませんね。


 わたくしが憤懣やるかたない思いでおりますと、先ほどダンスにお誘いくださったイプノティスモ家のエスピーア様がバルコニーで休憩しないかと誘ってくださいました。せっかくのお誘いですが、とても遊び慣れた風情のお方なので、少々戸惑ってしまいます。

 もし旦那様が見咎められるならばやめておこうと、エスピーア様のエスコートでバルコニーに向かいましたが、旦那様はわたくしにちらりと目をやっただけで何もおっしゃいませんでした。旦那様はご自身に寄り添うようにして立つあのお方と穏やかに微笑みあいながら語り合うのに夢中で、他の殿方にエスコートされているわたくしの事など気にも留めておられないご様子でした。


 なぜか胸の奥がチクチクと痛んだのは気のせいでございましょう。だって旦那様はわたくしに求愛されたのですから。愛されているのはわたくしで、旦那様はわたくしの愛を求める側なのです。


 夜会は夜通し行われます。にもかかわらず、旦那様は世も更けぬうちだと申すのに、早々に帰ると言い出しました。

 とんでもない事でございます。夜会の晩には夜通し交流を深めるのが社交というものでございます。少しでも多くの方々と交流し、噂話を交換して、社交界での存在感を維持しなければなりません。

 不甲斐ない旦那様の代わりにわたくしが夜通しみなさまとの交流をはかることにいたしましょう。


 幸い、大夜会の日は王宮に控室が用意されております。当タシトゥルヌ家のような有力な大貴族であれば、控室もなかなかに立派なもので、宿泊しても充分快適に過ごすことができるのです。


 先に屋敷に戻るという旦那様に、本日は王宮に泊まる旨をお伝えして、皆様と楽しい時間を過ごしました。


 屋敷に帰れたのは翌日の夕方でした。

 旦那様はちょうどお仕事から戻られて、とてもご機嫌でした。何でも今進めておられる大切なお仕事が、今日はずいぶんとはかどったのだそうです。あと少し詰めれば実を結ぶと、とても充実したお顔で喜んでおられたので、わたくしも嬉しくなりました。

 旦那様が功績を上げれば、わたくしの評価もまた上がるでしょう。

 わたくしたち夫婦は社交界の憧憬と羨望の的なのでございます。


 まだ仕事が残っているからと、旦那様があの方を伴って夕陽がいっぱいに溢れる執務室に入られるのを見送り、わたくしは使用人たちに命じて湯を使って早々に身を休める事に致しました。何しろ夕べは一晩中踊り続け、あらゆる方々とおしゃべりしてきたのです。すっかり疲れがたまっておりました。

 旦那様はまだまだお仕事が残っているので、お食事は執務をしながら召し上がるそうです。わたくしは先にお夕食をいただいて、床に就きました。

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