12:中二病決戦

 ぎくりと彼女の体が硬直する。

「ど、どした?」

「……まず式神の気配がする。しかも『でかめの奴』が――数体。三体よりは多いけども十体はいない、と思う」

 美子は俺を手招きした。

「で、予想通りのもんが『安置』してあるんだけどね、こりゃ調べるしかないわけよ。とりあえず、イダケン……ビビんないでよ」

「……多分年下の女性にそう言われたら、男としてちょっと怒る場面なんだろうな、これ」

「おう、イダケンはマッチョ主義か。一周まわって新しいわね! で、どう?」

「めっちゃビビってる。そこの部屋にいかないのは――この状況だとそっちの方が危ないんだろうなあ……」

 俺は頭を掻きながらニヤニヤしている美子の後ろについた。


 部屋の中が見えた。


 窓がない。

 四方が襖で仕切られている。

 天井は板張りで床は畳、電灯の類は無いのに部屋は暗くない。それだけでも異様なのだが、問題は部屋の真ん中、布団に横たわっているものだ。

「……間賀津久美か」

「資料にあった通り控えめな胸のサイズに高身長のイケメンぶり。間違いないわね。ま、メンの部分がないけども」

 俺はひきつった笑いを美子に向けた。


 部屋の真ん中に寝せられた久美の遺体は白装束だった。手は胸の前で組み合わされ、左手の小指が無かった。こちらに向けられた足は裸足。しかし血色は妙に良い。

 美子を先頭に俺達は部屋に入った。おばちゃんが確かに変だ、とサングラスを外してきょろきょろし始めた。

「襖に何か仕込まれてるのかしらぁ? 遺体の保存と――通信――んん?」

「みんな、できるだけ久美の体に寄って。何かあってもこれを傷つけることはないだろうから」

 美子は久美の体を指差し、しゃがみ込むと、まず足に触れた。

「おっと――やっぱりあったけえな」

「え!? ど、どういうことだ?」

 御頭さんが俺の肩を叩いて、首の方を指差した。恐る恐る膝立ちで近づいてみると、首の断面が見え始める。思わず手で口を押さえる。

 臭いはしないし、血の類も付いていない。

 だが、その所為で躊躇ためらい傷がはっきりと判る。無数についた浅い傷。二つある深い傷。そして断面とそこから力なく垂れさがる無数の肉のひだ。そして――

「な、なんだこれ? これ、もしかして――」

 俺の疑問はあっさりと氷解した。おばちゃんを除く全員が久美の胸を、組まれた手を見ている。それが、本当にわずかだが上下しているのだ。それに合わせて、俺が何だこれと絶句した物――断面に差し込まれたストローから、ぷーっぷーっと音がしているのだ。


 この遺体――いや、この体は呼吸している。


「成程ねえ……自殺したつもりが、父親に人質取られたようなもんか。となると――」

「い、生きてんの、これ!?」

「微妙な所ね。あの動画で言ってた通り、正に『境界線』上にいるってとこかな。頭部とか腹が無くても一定期間生きている生物っているでしょ? この子は術でそういう状態にされてるわけよ」

「……だから首が喋ったのか?」

「霊的な意味では繋がってるからね。久美は本当に自殺するつもりだったけども、クソ親父はこれ幸いと体を使って無線操縦を始めたわけだ」

 美子は御頭さんをじろりと睨んだ。

「で? そっちの『のっぴきならない状況』って奴は、これとどう繋がるわけ? そもそも久美が昨日自殺した理由ってのも繋がるの?」

 御頭さんは俺達の顔をぐるっと見回すと、ま、いいでしょうと肩を竦めた

「本来なら間賀津本人に問い質したかった所ですが……どうもここにはいないようですし」

「え? そうなの?」

 美子は俺にゆっくりと頷く。

「多分ね。迷宮で足止めしている間に逃げたと思うわ。目的が何であれ、捕まったら終わりだからね。あたしらには敵わないと見たんでしょう

 さ、とっとと言いなさいよヘビモヤシ!」

 毒づく美子に御頭さんはにっこり笑いかけた。


「いえね、現在、日本に国際的な霊的犯罪者、テロリスト、過激主義者――ま、危ない魔術師やら霊能力者、呪術者、超能力者の類が集結しておりましてね……」


 美子がばしりと自分の額を叩く。

「ちょっと! それってオークション――デモンストレーションか! ――これって大規模なテロになるじゃないの!!」

「へ? オークション? デモンストレーション?」

 俺が疑問を口にすると同時に、おばちゃんがあっと叫んで尻もちをついた。素早く俺達の方に這いよると、廊下側の襖がぴしゃりと閉まる。

 美子が縦膝になると、素早く両手を合わせた。

「三人とも! 久美の体の上に覆いかぶさって! そうすりゃ最悪死なないから! ちなみにイダケンは久美の体には触るんじゃないわよ! 何が見えるか予想がつかない!」


 だが、すでに俺は触っていた。

 膝か指先か、ともかく俺の一部から頭の中めがけて何かが駆け上がってくる。

 一瞬真っ黒い夜空が浮かび、続いて黒い隙間から見える昼間の景色。前方に見えるのは――

 あっと声をあげるよりも早く、村篠さんが俺を久美から少しだけ離してくれた。


「平気か?」

「な、なんとか……夜が――夜が見えて、あの男の子が手を差し出して――」

 御頭さんが、ほうと口をすぼめた。

「それは首を持ち去る瞬間と見ましたが、他には?」

「……駅が、昼間の駅が――」

「何処の!?」

 御頭さんが食いついてくる。美子が、バカっと叫んだ。

「言うな! 聞かれる!」


 腕が掴まれた。 

 首なしの久美の手が、俺の腕をがっしりと掴んでいる。


 途端に口が勝手に動きだした。慌てて口を押さえるも駅名が漏れる。久美の手が離れた。

「あ、ゴメ――勝手に口が――」

「くそっ、久美の体経由でここを覗いてやがったな!」

 美子が毒づくと同時にバリバリと音をあげながら襖の表面が破れ、枠がへし折れ始めた。


「あらぁ! 廊下以外の襖は向こうが何もないのねぇ!」

 おばちゃんの驚く声に、俺も目を見張る。三方の襖の後ろはただの壁なのだ。

「おうおう、丸ごと式神かよ。久美の番人ってわけだ」

 美子は何とも嬉しそうにゆっくりと手を組んだまま立ち上がる。

「おばちゃん、そっち任せても大丈夫!? ってか、任せっから!」

「ひっと使いの荒いガキよねぇ!!」

 おばちゃんは甲高い声でそう言うと、はあっ! と某国民的漫画のように合わせた両手を勢いよく前に突き出した。

「先手必勝破ぁーっ!!」

「なんだそりゃ!?」

 思わずツッコむ俺、カメラを回し続ける村篠さん。ゲラゲラ笑いながら組んだ手を外すと、高速で印を結び始める美子。


 だが――


 きゃっという悲鳴を上げ、おばちゃんが尻もちを再びついた。美子も印を結ぶ手を止めた――いや、止められた。

 紙と木が絡み合った人型が四体できつつあった。その手がおばちゃんを突き飛ばし、美子の腕を掴んだのだ。

 美子は唸り声をあげ、掴まれた右腕の肘を左手でばしりと叩く。途端に美子の腕を掴んでいた紙の手が弾け飛んだ。だが、舞い散った紙と木屑は空中で寄り集まり始める。


「仏像か?」


 村篠さんの鋭い声に、御頭さんが頷く。

「恐らくは四天王像ですかね? モデルは――東大寺のやつですか」

 成程、紙と木が寄り集まった顔は厳めしく、そして見覚えがある。

「しかし光背こうはいは無いし、持物も忠実じゃない――ガッカリですなあ」

「何を暢気な!」

 俺のツッコミが合図だったのか、それとも御頭さんのガッカリ発言が気に障ったのか、式神四天王像は俺達に襲い掛かってきた。

 美子と相対した持国天は湾曲したシミターのようなもので切りかかる。おばちゃんは増長天の槍を転がりながらかわしていた。

 俺たち三人に広目天と多聞天が襲い掛かってきた。二体は御頭さんと俺の体を久美から引きはがそうと、首根っこを掴んできた。

 村篠さんは立ち上がりざま、俺の襟をつかんだ多聞天の顔に正面蹴りを入れる。反社会勢力が好んで使うかもしれない蹴りは中々の威力だったらしく、多聞天の首を斜め後ろにねじり倒す。ふっと力が緩み、俺は畳に転がった。

 村篠さんは返す刀でカメラを持っていない方の手でパンチを繰り出した。それは御頭さんを襲っていた広目天の顔左半分をひしゃげさせる。かさかさと畳を這って俺の傍にきた御頭さん。成程ヘビモヤシ。


 だが、ホッとしたのもつかの間、多聞天の首と広目天の顔は修復し始めた。


「おい! わかってたけど物理じゃ無理だぞ! 弱点は!?」

「火よ!」

 村篠さんの叫びに打てば響くように返す美子は、持国天のシミターを手でいなしながら時折掌底を叩きこんでいる。だが、少し仰け反る程度で効果が無いらしい。おばちゃんはといえば中腰で手を前に突き出して、額に青筋を浮かべて震えている。手の先ではコマ撮りモンスターのように震えながら増長天がじわじわと槍を振り上げつつあった。

「こっちの金縛りも限界よぉ! 家に火をつけなさぁい!!」

 御頭さんが叫ぶ。

「それはダメです! 今、久美の体を損壊したら首がどうなるか判らない!」

「多分、おっちぬわよ!! あ、くそっ――」

 美子は叫びながら畳の縁に足を取られた。あっけなく尻もちをつく美子。滑らかな動きでシミターを振りかぶった持国天はそれを鋭い速さで振り下ろし――


「「「「「うおおおおおおおおおおおおっ!!?」」」」」


 皆が驚きの叫びをあげる。俺も叫んでいた。美子が尻もちをついた次の瞬間、俺は彼女の方に飛び出していた。

 調子に乗っていたのか――それとも彼女を純粋に守りたかったのか――後から考えるとそのどちらかだったとは思うのだが、とにかく俺は飛び出し、そしてシミターの刃を白刃取りしたのだ! 

 ……まあ、全然間に合わなかったので前傾姿勢だったし、刃の上の方をギリギリで挟んだのでちょっとしか止められなかったのだが……その一瞬で美子は立て直した。尻もちをついたままの姿勢でジャンプし、持国天の顔に二段蹴りをくらわした! 

 たまらず廊下の方まで後ずさる持国天。


「イダケン! サンキュー!! でもヤバいわよ!」

 美子はそう言って高速で印を結ぶと、しゃがんでと叫ぶ。俺が姿勢を低くするや、背中の上を突風のようなものがさっと通り過ぎた。おばちゃんと俺達に襲い掛かっていた三体の仏像が吹き飛ばされ畳に転がった。

「おばちゃん、平気!?」

「いや、ダメねぇ。霊力を使いすぎたわ。休まないと結界も金縛りももう使えないわよ。応援は!?」

 おばちゃんの口調がいつもり速い。御頭さんがスマホを取り出した。

「圏外ですね、応援は呼べません。重ねて言いますが火は使わないでください。町中に首があった場合とんでもないことになります」

「な、なにか手はないのかよ!? なんでもするぜ!」

 美子は俺の頭を軽く叩いた。

「さっきのは確かに凄かったけど興奮すんじゃないわよ! こういう時は冷静に――あ、そっか、形態を模写してるから仏像自体の名前を使えば解体できるんじゃ――」

 おばちゃんが首を振る。

「さっきやってみたわぁ! 『増長天』じゃ駄目だったんで他の三体でやってみたけども全部ダメぇ! 間賀津がどういう名前でこいつらを組み立てたか調べないとぉ!」


 すうっと糸に引っ張られたように四体の仏像が立ち上がる。吹き飛ばされた際に歪んだ体が修復されながら、所々にスパイクのような木片が飛び出し始めた。

「物理攻撃を無効にしやがったな。多分、体当たりしてきやがるぞ」

 村篠さんの冷静な声。どうすれば、どうすれば――


 ん? 名前? 


「……ドゥリタラーシュトラ、とか?」

 美子が、は? という顔をする。

「い、いや持国天の梵名ぼんめい。な、なんか、こういうのをやるのって、こう――中二病の香りがするから――」

「ドゥリタラーシュトラ!」

 美子の叫びに持国天は顔を僅かに震わせた。

「イダケン! 残りの名前!! 叫んで!!」


「え、あ、ヴィ、ヴィルーダカ! ヴィルーパークシャ!! ヴァイシュラヴィナ!!!」


 美子とおばちゃんがさっと立ち上がり、同じように空中を縦に四度、横に五度、手刀で切り払う。動きを止め、震えだす仏像たち。続いて二人は左足を二度踏み鳴らした。


「名を告げられしものよ! 組を解き、塵に帰せ!」


 美子の絶叫と共に仏像四体は呆気なく縦に二つに裂け、ついで横に、そして縦にと何度も裂け続け、数秒後には畳に広がるゴミの山になっていた。

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