10:間賀津

間賀津武文まがつたけふみ、四十七歳。間賀津――やっぱり、あの『まがつ』か! ふーん……」

 合流した御頭さんが持参した紙束をめくりながら、美子は渋い顔をすると俺の肩をバンと叩いた。

「なに? なんかめんどいこと書いてあったのかよ?」

「いや、ちょっとした昔話を思い出してね……ねえ、おばちゃん?」

 美子にふられたおばちゃんは口をすぼめて目を細めた。

「あんたが思ってる通りならぁ、こいつを叩けば終わりかしらねぇ?」

 え? と俺は美子とおばちゃん、そして御頭さんの顔を順繰りに観る。

「この人が今回の騒動の原因なんですか? 確定で?」


 御頭さんが頷く。

「イダケン君が見た光景に合致する事件が、昨日起きてましてね、そこから辿りましたから確定かと」

 美子は鼻を鳴らした。

「……職業は小説家? ん? 著作は二十代の頃に出した一作のみ? 現在の収入源は不明って、なによこれ!? もしかして親に食わせてもらってるとか!?」

 美子の喚きを御頭さんはどこ吹く風といった感じで流す。

「時代って奴ですよ。パラサイト陰陽師――いいじゃないですか! これだけで本が一冊書けそうですよ! もしかしたら実践しつつ取材しているのかも」

 陰陽師? という俺の呟きを美子は無視して、不機嫌そうな顔で、不機嫌そうな声を出した。

「はいはい、そーいうのはいいから。で、ホントの所は?」

 御頭さんは俺に肩を竦めて見せた。

「イダケン君、なんとか彼女のご機嫌を取ってくれませんか?」

「無理っすね。で、実際の所はどうなんですか?」

「はあ、こんな短時間で染まっちゃいましたか! 

 間賀津家は親族、両親、嫁、全て死去しております。つまり遺産を食いつぶしているのでしょう」

 おばちゃんがコンビニで買ったカフェラテをぐびりと飲む。

「それでぇ、『首』との関係はぁ?」

 美子が紙束をパンと叩く。

「娘の久美ね。イダケンの幻視は、昨日の朝見つかった久美の死体の状況と合致してるわ」

 俺は嘔吐きそうになりながら頷く。

「た、確かに動画の中で、ちらっと久美って名前をだしてたな……ってことは、あの男の子が彼女を殺して――」

 さっきまで何度も見ていた光景がまたも蘇る。悲鳴、怒号、引きちぎられる首。


 御頭さんが足を組み替えた。

「いや、そこは見解が割れてますね。司法解剖の結果だと『自分でつけた傷』と、その後『外部からつけられた傷』があるんですな」

「はい? ……それって、つまり自殺か他殺か不明、と?」

 というよりは、と美子が車の天井にパンチする。

「自分で掻き切って、介錯をやらせたってところじゃないかな。ヤバい代物である首を持ち去らせるために……。

 つまり久美は自分が邪眼持ちであることは意識していたわけだ。で、人知れず首を処分してくれって頼んだってとこ?」

「でも、あの男の子は処分しなかった……」

「まあ、処分『できなかった』んでしょ。疑似生命体として覚醒して喋りだしちゃっただろうしね」

「そ、そりゃ、無理だな……」


 しかし! と美子は俺に指を突き付ける。

「ここはロマンチックな方をとっときましょ!」

「ろ、ロマンチック? なんだそれ?」

「御頭! そのロマンチストの氏素性は!?」

「ついに呼び捨てですか。

 彼の名前は波灘一郎なみなだいちろう。動画の顔から割り出しました。久美の同級生で昨日から連絡が取れなくなっていますね。両親は久美と同じく他界しており遠縁の人間が形ばかりの保護者となって一人暮らしをしています。ま、この遠縁の人間も高齢なうえに痴呆症でして……」


 両親が――


 俺の顔を見て美子が苦い顔をする。

「天涯孤独、あんたと同じってわけね。どうりで初心者にしちゃ見えすぎると思ったわ」

「……もしかして、俺とこの一郎君のあれやこれやが、その――シンクロ的な?」

「一部分がね。あんたの同情から始まる能力がこういう風に発露するとわね……それにしても読めすぎる。

 あんた、もしかして小説とか書いてない? そういう人って色々な滓や欠片から疑似人格を組み立てたりできて同調しやすいのよね」

 俺は目を泳がせる。

「な、なんのことやら」

 美子がマジかよ、と頭を掻く。

「くそっ、やっぱりあのババアの託宣通りに動いて――ま、言っても仕方ない」

 美子は俺の肩をばんばんと叩く。

「さ! マドモアゼルは気分を変えて、久美の学生生活を読むことに――おっと……」

 美子がしかめっ面になると、俺に紙束を渡してよこした。

「あんたも読んどきなさい。彼女は学校でモテモテだったらしいわ」

 俺は学校での聞き込み結果に目を通す。

「へえ、長身で成績優秀、運動神経抜群で――『あの目で見つめられるとクラクラしてくる』って女子生徒が言ってるのか!? イケメン女子か! ……これも邪眼の力なのか?」

「そんなとこよ。体質か、習得したのか、故意か無意識かは判らないけれども彼女は目から力を放出してるわけよ。よくあんでしょ、吸血鬼の魅了とか。あれも弱めの邪眼なの」

 ああ、と俺は頷くとページをめくる。同級生、下級生、上級生に教師陣に他校の生徒。果ては会社員と、彼女は性別年齢関係なく魅了しまくっていたらしい。

「……御頭さん、これ俺達が連絡してから集めたんですか? ちょっと多い気が――」

 御頭さんがにやりと笑う。美子が、まったくと溜息をついた。

「多分葬式会場よ。今現在、彼女の関係者が集まっている場所っていったらそこ以外ないでしょ?」

「おいおいおいおい……なんちゅーえげつない事を……」

「我々は効率優先ですので。それに葬儀に来ていた人たち、夢から覚めたって顔してましたよ。だから楽に情報を引き出せましたね」

「……それは、彼女が死んだから?」

 美子は違うわよ、と首を振る。

「恐らく定期的に彼女に会いたくなる中毒から解放されたってところよ。彼女の魅了が強力だったら今頃全員自殺してるわよ」

「……ということは、この男の子、一郎君も魅了されて邪眼中毒に――」

 美子はニヤリと笑った。

「だからロマンチックに行こうって。ほら、ここに書いてあるでしょう?」

 美子の指した場所には、久美が誰とも肉体関係には至ってなかったと書いてある。

「はい? 魅了するだけ魅了して? いや、俺はてっきり――」

「援交しまくりのビッチだと思ってたんでしょ? どうも違うみたいよ。この一郎君ってのも、童貞みたいだし……あんた、あの動画見て忘我もしくは催眠状態に見えた?」


 俺は動画を思い出す。

 テーブルに慎重に置かれた生首と楽しそうに話す男子高校生。


「うん」

「ですよね~。でも、ここは、こう純愛をさぁ!」

「いや、言いたいことは判るが絵面が強烈すぎて何の説得力もねえから」

 とはいえ、二人が純愛の果てに逃避行をしているというのは動画の内容と一致する。

「……しかし、ちょっと会わなくなったら中毒から解放されるってのは……この間賀津久美って子の邪眼、なんか弱い気が……」

 おばちゃんが、それよと俺の肩を叩く。美子よりも力が強い。

「殺すでもなくぅ、石のようにするわけでもない。生前は魅了程度でそれ以上の事をやったって過去は今のところ出てきてないんでしょ?」

 御頭さんが頷く。おばちゃんが目頭を揉んだ。

「ということはぁ、久美って子は首だけになって、覚醒したかリミッターが外れたかで、急激に邪眼使いとして成長していると普通は考えるべきよねぇ?」

 そうでしょうね、と御頭さんはまたも同意する。

「今や立派な兵器ですね。しかも最悪な事に、携帯している一郎は久美を愛している」

「あらぁ? あんたが愛なんて単語を使うわけぇ?」

 おばちゃんがにやりと笑う。だが御頭さんは溜息をついた。

「……これはまだ裏付けが取れていないのですが、波灘一郎の両親は、彼が幼少の頃、祟りにあって死んだらしいのです。正確に言うなら、ある日町内の一角、十六人が全員死んでいた。だが、そこで一郎だけが衰弱した状態で発見された……」

 村篠さんが凄い勢いで振り返った。

「おい! そのガキは俺と同じか!?」

 美子は苦い顔をしながら、そういうことか、と呟く。

「そこに『魅かれた』のか」

 俺は膝を打った。

「つ、つまり、村篠さんと同じく呪いや幻覚が効かない体質で――久美の魅了が効かなかった……ああ! そういや動画の中で言ってたな!」


 ――そうだなあ……例えば他の男の子は私が頼みごとをすると何でも聞いてくれたでしょ? でも君は聞いてくれなかったでしょ? ほら、掃除当番とか代わってくれなかったりしたじゃない――

 ――あー……あれは見たいアニメがあってさ――


 自分と能力に関係なく話してくれる相手。動画の端々から考えるに、久美は自分の能力を嫌っていたようだ。なら、一郎に魅かれていったのは、ちょっと理解できる。

「……あれ? なら、間賀津に操られることもないんじゃ――」

「そこのヘビモヤシが『衰弱した状態で発見』って言ったでしょ? つまり、彼は中途半端か、成長途中の反能力者なのよ。

 で、間賀津は多分、久美を経由して彼を催眠状態にしてるってわけ。呪いや幻術が中々効かないのなら、長い時間をかけて少しずつ久美経由で催眠をかける。いざ本番となったら、久美の邪眼の力を上乗せして強引にトランス状態にするわけよ。

 まあ、それでも短時間しか操れないとは思うんだけども、邪眼の発動は一瞬で済むからね」

 美子は厄介ね、と頭を掻きながら続ける。

「二人が好き合ってれば、好き合ってるほど成功するのよね、これ。一郎が生首に対して気味悪く思ってないのも、もしかしたら――」

「……いや、それはロマンチックに行こうってお前が言ったんだろ?」

 俺はいたたまれなくなって、そう力なく言った。

 美子も悲しそうな顔をした。

「まあ、そうよね……。

 で、ヘビモヤシ、あんたが扱ってる『のっぴきならない事件』ってのは? これに、どう繋がるわけ? なんであの二人は逃げてるわけ? 動画の中でロマンチックが『とんでもない事をしようとしている』って言ってたけど?」

 美子の質問に御頭さんはううんと天井を仰ぐ。

「まあ、お話しても良いんですけど、結構な国家的な危機と言いますか、国際的な問題と言いますか……」

「あ、じゃあ、聞かなくていいや」

 けろっと美子はそう言うと、俺に肩を竦めてみせる。

「え? いや、それでいいのか、おい!」

 美子は膝を抱え 口を尖らせて体を揺すっている。そんな漫画みたいな拗ねかた……。


「えっと……御頭さん、二人はまだ見つからないんすか?」

「機動捜査隊と私の部下、約三百人が探しています。数時間以内には見つかりますよ。ですが――」

 御頭さんは俺に笑いかける。

「イダケン君が追跡してみるってのはどうですかね? 霊的尾行ってやつですよ。もしかしたらすぐに――」

 美子が俺の前に膝を抱えたまま転がってくる。

「絶対にダメよ! 被害者の記憶追跡であれだけの衝撃を受けたのよ!? 本体の残滓への接触の仕方を間違えたら死ぬわ! 最悪、精神崩壊! あんた、まさかそれでもやるなんて言わないでしょ!?」


 美子の言葉に、俺は何も言い出せなかった。

 『やらない』ともだ。


 御頭さんは心配性だなあと笑った。

「なにも起きない可能性もあるじゃないですか? まあ無理強いはしませんよ。やりたくなったらいつでも言ってくださいね、イダケン君」

 飄々としたその態度に、美子はクソ野郎と叫び、俺の腿に頭をドカッと乗せてきた。

「ストレス! イダケン! マッサージ! フェイシャル! なるはや!! なるやさ!!!」

 俺はアイアイと言いながら美子にアイアンクローをかます。ぎゃあああっと悲鳴を上げてブリッジをしようとする美子に俺はナイスマッスルとぼそりと呟いた。予想通り美子はぐはっと吹き出してゲラゲラ笑いだす。

「やめーや! モリモリネタはやめーや!!」

 便乗して、おばちゃんが袖をまくり上げると力瘤を作る。美子のゲラが加速する。

「こうやってぇ、この子は消費した霊力とかを陽の気を使って回復してるわけぇ。ただ単にブリッジが欲しいだけじゃないのよぉ」

 おばちゃんはそう言いながら、両腕に力瘤を作った。美子はヒーヒー笑っている。ホントにそうなのかと俺がジト目になる中、車は大通りから細い道に入った。


「あと五分で間賀津邸です。葬儀会場はここから五キロ離れた場所なんですが、見張りの者が言うには武文氏は二十分前に葬儀会場を後にして自宅に戻ったそうです」

 御頭さんの言葉に美子は、がばりと体を起こす。

「よーし、充電完了。イダケン、地図ソフト立ち上げて。間賀津の住所入れてみて」

 俺は言われたとおりにして、ぎょっとした。線画では空白地しか表示されず、衛星写真モードに切り替えると、真っ黒に塗りつぶされている。

「なんじゃこりゃ? 写真掲載不許可ってやつか? 初めて見たな」

「問題は理由ね。御頭さあん、知ってるう?」

 御頭さんは、さあ? と肩を竦めた。

「もう着きましたので直接聞いてみては?」

 車が止まった。御頭さんはにこにこしながらシートベルトを外し始めた。美子が顔を強張らせた。

「……一応聞いとくけど、あんたも行くの?」

「ええ、行きますよ。彼とは少しお話したいこともありますし。勿論マドモアゼルは私を守ってくれますよね?」


 美子は実に味わい深い笑みを俺に向けた。

「イダケン、絶っっっ対に私の傍を離れるんじゃないわよ! 絶対よ! でなければお前は死ぬ」

 美子が首をぎーっと掻き切る仕草をした。

「は!? ど、どゆこと?」

 すぐにわかるわよ、と美子は車から飛び出した。

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