6:追い詰められて

「今向かっております場所以外、周辺の救急病棟等に同様の症状の患者が多数担ぎ込まれています」

「数は?」

「現時点で確認された数は合計七十八人。下は三歳、上は七十七歳」

 美子は耳をごしごしと擦る。

「性別はどっちが多いの?」

 一番後ろに座っている御頭おんずさんは打てば響くように答えた。

「半々です。女性が四十人とやや多いですね」

 車が走り出してから三十分。猛スピードで山を降りた俺達は一路市街地へ向かっていた。

「最初に報告された時刻は?」

「救急外来の記録では午前十一時二分。身内の証言では倒れた時刻は全員大体十時半かと」

 美子の隣に座っていた俺は、後ろを見た。御頭さんは体を折り曲げシートにもたれている。相変わらず両手には何も持っていない。今の答えは全て丸暗記しているという事だ。

「で、その不可解な症状ってのは?」

「詳細は病院で聞いてください」

「あんたの印象を聞いているのよ」

 美子は不機嫌そうな顔のまま後ろを見た。

「御頭大先生の意見はどうなのってね」

 御頭さんは薄く笑って、首を振った。

「素人の印象を言っても始まりません。先程述べたのが全てですよ。昏睡状態の人が大勢出ております」


 御頭と名乗るこの人物は、政府の関係者と美子が言った以上の情報は俺に語ろうとはしなかった。その代わりと言ったら変だが、俺のプロフィールは一通り知っているらしい。

「履歴書は読ませていただきましたので、自己紹介は結構です。琴吹さん、彼の能力は判ったんですか?」

 美子は苦い顔をしていたが、ややあって口を開いた。

「まあ、サイコメトリーの一種よ。実戦で役に立つかどうかは不明ね」

「それを判断するのは私です」

 ぴしゃりと言い切った御頭を美子は睨みつける。

「それに本人の承諾をまだ得てないわ」

「本人の意思は関係ありません」

「はあ!?」

 美子の顔が一気に凶悪な相を浮かべる。御頭さんはそれを無視して続けた。

「本日、某所で原因不明の昏睡症状を示す患者が発生しました」

 御頭さんはそれだけ言って、言葉を切る。たまらず俺が疑問をぶつけた。

「……それが俺たち――マド寿美に関係あるんすか?」

 俺の疑問に美子が低い声で答える。

「さっき廃墟で言った政府関係の仕事の一環なのよ。どうせ一通り検査しても原因不明なうえに、症状が全く同じ人が大量に出たってとこでしょ」

 御頭さんが、ご名答とそっけなく言う。

「そういう場合、医学的なアプローチもしつつ、霊的なアプローチもやるわけでして……」

 御頭さんの笑顔に、俺は半歩下がって美子の方を向いた。どうも、この笑顔は見ていたくない。

「……で、マド寿美はそういう場合に、仕事を受けてるってことか?」

「まあ、そうね。でもね、いざって時に自分達の尻に火がつかないための民間任せの責任逃れってのが実態よ! クッソよね~」

「人員を揃えたいのですが、予算が降りないんですよ」

 御頭さんはまたもそっけなく言う。

「その割にはあのババアを飼ってるじゃん!」

「あのかたは、創始者です。飼ってるなんてとんでもない!」

「だったら、もうちょっと応援とか呼びなさいよ! 毎度毎度あたしらだけで――」

「今回は託宣がありましたので機動捜査隊等が三百名ほど待機しております」

「霊的な応援よ! 他のユニットもいるでしょ!? ゴミ屋とかは!?」

 ゴミ屋? と俺の目が丸くなる。美子が額に立て皺のままで答える。

「ゴミ屋は、ヤバい物品を回収したり保管したりする連中よ。呪いが解けない絵とかそこらに置いとくわけにもいかないでしょ? 

 そういうのは特殊管理産業廃棄物、『特産廃』って呼ばれてるわけ」


 御頭さんが肩を竦めた。

「今回は特産廃は現時点で絡んでおりませんので、ゴミ屋さん達には依頼はしておりませんし、同様の理由で公機捜特、公安の特産廃回収班も動いておりません。

 また、他の有能な霊能力者には状況に応じて助力を乞う可能性もありますが、複数で事態に当たることが状況を悪化させる場合もありますので、現時点では最も信頼のおける皆さんのみでやっていただきます」

 美子がうがーっと頭を掻きむしる。

「んじゃ、地域限定のやつは!?」

 なにそれ? と俺が口にする前に、美子が凄い勢いで俺の方を向いた。

「地域限定霊能力者っていうのが世の中に入るのよ! そいつらはその土地から霊力を授かってて、その土地限定なら、とんでもない力を発揮するの!」

 御頭さんが肩を竦めた。

「ですが、どこの場所にでもいるというわけではなくてですね、今回もその地域にはおりませんね。

 更に我々、今、別の案件も抱えておりまして、そちらが『のっぴきならない状況』なんですね。ですので、これ以上の応援は期待なさらない方がよろしいかと。

 というわけですよ、飯館君。君がやらなければ大勢が不幸になる。まさか逃げませんよね?」


 俺は茫然とした。


 生まれて初めて脅迫を受けたからだ。

「い、いや、そんな言い方ってないでしょう!?」

「もう少し強く言います。あなたが参加し無ければ、大勢が死ぬ。逃げるな」

 俺は言葉が出なかった。美子が激昂する。

「このヘビモヤシ! 糞役人! まだそうと決まったわけじゃないでしょう!!?」

「あのかたの託宣では、状況は大勢が死ぬか生きるかの分かれ道に立っているそうです」

 俺は美子を見た。

「と、とんでもないことが起きるって、そういうことなのか!?」

 美子は頭をうがががっと搔き毟りまくった。

「は、はげるぞ!」

 ご心配どうもありがとう! と美子はブンブンと大袈裟に俺と握手した。

「あー、まったくもう!

 あたしだって何が起きるかまでは判らなかったのよ! ったく、どうすりゃいいのよ!? ぶっちゃけ、あんたがいないと人が死ぬかもしれない! でも、あんたは関われば危険が降りかかる。言っとくけどさっきの比じゃないわよ!?」


 俺は、いやあと頭を抱えた。

「それは……でも……イエスって言わなきゃダメなやつじゃん」

 御頭さんが取ってつけたように言った。

「今回の謝礼は大いにはずみますよ」

 美子が、きええええっと漫画でしかお目にかからないような甲高い声を出した。

「金の問題じゃねえつってんだよ、この針金野郎! 大体、さっきの映像の評価は出たのかよ!? あれを決めるのは御頭とかいう人じゃありませんでしたっけ!!?」

「評価は出しました。すでに口座に振り込んでありますので、ご確認ください」

 村篠さんがハンドルを握ったまま、片手でスマホを操作し始める。

「あーっと、確認。いつもより多いな」

「公務員の前で交通違反はよろしくないですね」

 御頭さんの言葉に村篠さんは中指を立てた。

「それで、御頭さぁん。師匠はなんて言ってるの? 確定なのぉ?」

 おばちゃんがいつものペースでのんびりと聞く。

「お察しの通り、託宣でくだされた凶事が始まったそうです。ここから先の世界の運命は不確定とのことです」


 つまり、と御頭さんは細長い人差し指を俺に突き付けた。

「勝機はあるという事です」

 スパッと言い切ると御頭さんは窓の方に顔を向けた。それ以上聞くなってことだろう。ぐぎぎぎっと歯ぎしりをする美子。俺は雰囲気を変えようと無理やり口を開いた。

「ま、まあ、落ち着こうじゃないか……ええっと、仮に参加するとしたら俺は何をやるの?」

 美子が声を潜める。

「あんたは――リーディングよ。昏睡の原因を探るために色々と情報を残り滓から読んでもらうかもしれない。言っとくけど、体と精神にかかる負担はさっきの比じゃないわよ!」

 俺は溜息をついた。

「さっきよりも酷いのかよ……もしかして、こう――死んだりするとか?」

「それならいいわよ。最悪から二番目は発狂ね。最悪は――まあ、いいや。で、どうなのよ、奥さん? やる気?」

 ちなみに俺も釣られて声を潜めている。

「誰が奥さんだよ! 

 まあ…………やるよ。帰りたいけどね。

 ほんっっっとに帰りたいけどね。ああ言われたら帰れねえだろ?」

「わかる! ああいう言い方は無いわよね……まあ、ともかく感謝するわ。あんがとね」

 美子は俺に頭を下げた。

「いや、そういうのいいって。てか、いざとなったら俺逃げるかもしれねえし」

「それでいいわよ。いきなり命かけます! って宣言したら頭おかしい人じゃん!?」

「だよな!? ……てか、声を潜める意味なくね? 他の人に丸聞こえじゃん? まさか、ここも――」

 運転席と助手席の間に取り付けられたカメラは録画中を示す赤ランプがついていた。

「え!? 今までのも全部録画中かよ!?」

「色んな意味で映像は残しといた方が良いのよ。そう、誰に責任があるのかを明確にしなくちゃいけない場合もあるしね」

 美子は振り返って御頭さんを睨む。御頭さんは相変わらず窓の外を見ている。俺は苦い顔をした。

「うわあ……ヤな話だなぁ……」

 美子がふっと肩の力を抜いた。

「……まあ、面白い素材だったらブリッジ、つまり『つなぎ』に使えるかもしれないしね。勿論、御頭さんはモザイク処理だけどね!」

「使えるかどうかは私が判断しますので、捕らぬ狸の皮算用はしないようにお願いします」

 御頭さんに水を差され、美子はまたも激昂しそうになったが、なんとか耐えた。代わりに目を細め、顎を突き出し、中々の変顔を俺に向け口惜しさとむかつき具合を表現した。

「…………いやあ、ぶっさいくだなぁ……」

 俺は絞り出すように感想を述べた。

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