第三話 ヒーローは永遠に

 当初の予定通り、ディアのみを連れだす約束を取り付けた王妃は今回の依頼の報酬は騎士団経由で支払われると伝え、次の要件を話す。


「今日ももう少し付き合ってもらうわよ」

「明日のために身体を休めたいのですが……」


 恐らくこれだろうと目星がついている彼は何が何でも断りたい。というのも、王妃が十歳の頃剣士のジュニア大会にて優勝したディアのファンであることは既出だが、その後特に情報のなかった彼が騎士団に入団し、それもあまり仕事のない遠征団に所属しているのだから最高位に位置する人間が私利私欲のために呼びだすまでは早かった。


 気付いたのが約一年前で、それから適当な雑務を頼み始めたのがその十日後、さすがに数が多いと贔屓していると角が立ってしまうため、月に一回というようにしてきた。だが、人は欲をそう簡単に押さえ付けられるほど優秀ではない。半年を過ぎた頃には月に二回になり、酷い時は二ヶ月で五回ということもあった。


 肝心なその内容だが、まずは基本として数日で済むような任務を与える。その報告を大隊長であるディアが行うことを当然知っている王妃は直々に聞くことを要望するわけだ。


 本来はそのような重要性の低いものは騎士団の事務に報告をしてあとは勝手に上へ話が行くのだが、それだと王妃が彼と顔を合わせることも言葉を交わすこともできないから直々の命令によって重要性を高めていく。


 騎士団と言えどあくまでも国に雇われている身、雇用主の妻の頼みを無下にすることなどできるはずもなく、毎度のことディアは駆り出されてしまう。

 そうして任務をこなし続け、四回目のときだった。報告を終えた後、王妃に付いてこいと言われてとある部屋に案内されたのは。


「すこしでいいから見せてほしいの」


 そう、今と同じように言葉をかけられ、ディアからすればどこで手に入れたのか見当もつかないほど十歳の頃愛用していたレイピアと似たものを渡された。

 これで何をしろと言うのかと困った彼に王妃は技を見せてほしいと言う。それは当時、大会のなかで繰り出した数多の戦術のことである。


 やはりこの武器の一般的な戦い方は突きだ。例に漏れず、彼も素早さを活かした一瞬の隙を突くスタイルだったのだが、その一瞬を見抜く能力が優れており、試合を見ている者からすれば何が起こったのか理解するより前に相手に一撃をお見舞いしているように映っていた。

 それはトリッキーな戦術のように思えて理解の及ばない者を魅了する。だが、上級者相手にはそもそも隙を見つける前に押され距離が空くことが多いため弱く、それが理由で今は両手剣をメイン武器として使用しているのは彼だけの秘密だ。


 それはともかくとして、そうやって王妃に何度も当時の動きを見せてきたディアは今日も同じことだろうと確信して断ろうと決めているわけだが……。


「明日の仕事終わりではいけませんか?」

「いつパーティーが終わるのか、その後どのような展開が待っているのかまだわからないから必ず見せることができるという保証はないでしょう。だからダメ。いいからついてきて」

「わかりました……」


 どうせこうなるだろうとわかってはいたがそれでも娘たちに会う時間は遅れるし、身体は疲れるしで大きなため息を心のなかでつく。


 相手が王妃ほどの影響力のある人物でなければ簡単に避けることは可能だ。ただ、生憎にも唯一困難なのではと思えるほどワガママな存在に捕まっているのだから逃げ道など無い。


「それじゃあ、いきましょう」


 ルンルン気分な王妃と重い腰を上げてその後を追うディアの表情は対称的であった。



 ◇◇◇◇◇◇



 二人がいた部屋から王女が説教を受けていた小部屋に入ると洋服タンスがあり、その裏に扉が隠されている。これは目的地である場所に向かうため幾度か表の廊下から向かっていたのだが、目撃数が多くなっていくと如何せん悪い噂が流れる場合があるということを考慮して王妃が作らせた裏道だ。


 そこまでする熱意のある姿を見れば、王妃が熱狂的なファンだということはよくわかるだろう。


「この時間はライリア含め、娘たちや他の子どもたちは使っていないから安心して」


「それはもう把握してますよ。そのために報告する時間までも決めているのでしょう」

「まあ、たしかに貴方の言う通りよ。だって、誰にも邪魔されたくないんだもの」


「歳を重ねたオッサンの動きなんてしれたものですけどね」

「いいのいいの」


 ディアはこの関係性を始めて約一年となる。とはいっても、未だに何故自分にファンなる存在がいるのかよく分かっていない。なぜなら、まずレイピア自体多くは護身用として家庭で用いられており、加えて女性でも使用できるよう軽くつくられているため、男性のなかでレイピアを使うというのはダサいとすら認識されてしまうから。


 事実、彼が大会にて注目を買ったのはそういった認識がまだ蔓延っていたせいでもある。そんななか優勝した彼のおかげか時代の進歩による意識の良化かはわからないが、現在はそんなことはない。


 とにかく大会の地方予選から観客に笑われることもあった彼にとって、勇ましく心強い騎士のイメージとはかけ離れている自分を好む理由が思い浮かばないというのが現状の見解といったところ。


「そういえば、ご両親は今も健康に過ごされているのかしら?」

「えっ、ああ、はい。父は歩兵をとうの昔に引退して母と共に私の故郷でもあるソルリック地区で定食屋を営んでおります。それはもう元気に」

「そう。それなら良かったわ」


 どうして急に俺の両親のことを気遣ってくださったんだとディアは前を行く王妃を見つめて不思議に思った。しかし、実のところ、これが王妃がなによりディアを推している理由である。


 彼の生まれたソルリック地区は辺境にある田舎。人口こそそれなりにはいるが、多くが酪農や農業といった職を手にしているようなところだ。そんな地区出身で騎士団のなかで最も位の低い職とされる歩兵の父を持つ少年が大会に出場したどころか優勝まで掻っ攫っていくなど前代未聞の出来事であった。


 それもそのはず、国内最大の当大会には国内を六つに区切り設けられた地方大会とその上位入賞者三名が出場可能な本戦がある。ただ残念なことに当時は本戦に集められた十八名の他、有力貴族の坊ちゃまらがシードという形で本戦より参戦していたために計三十名での大会となってしまっていた。当然今ではその制度は廃止されているが。


 とにかくその狭き門を潜り抜け本戦に出場しただけでも価値はあるというもの。ただ、本戦出場メンバーの中では圧倒的に地位が低く、使用されている武器はレイピア。それでは人気など出るわけがない。

 そんななか彼と同じく十歳だった王妃は父である当時の国王に連れられて初めて本戦のみを観戦しに来ていたが、周囲の貴族らが彼のことを小馬鹿にするような発言をしていたために、人の努力を踏みにじるようなことが許せず、口には出さずとも心のなかでディアのことを誰よりも応援していた。


 そうして始まった大会は彼の見事な快進撃に目を奪われる結果となる。初戦、二回戦と騎士団に稽古をつけられているはずのお坊ちゃまらを一蹴し、日頃貴族に対して鬱憤の溜まっている庶民らのボルテージは上がっていくばかり。


 それに比べ王妃の周囲の熱は下がっていき、自身の息子がまさか馬鹿にした少年にぼこぼこにされるとは思ってもおらず、すぐに退散したのが王妃にとって何より面白くて仕方がなかった。


 特に初戦で敗北を喫した大剣使いの親はディアに対し身分を弁えるべきだなどと発言していたために恥辱の限りだっただろう。

 観客の勢いに飲まれず、むしろ力に変えるようにそれから準々決勝、準決勝を快勝していく彼の姿は特に当時の貴族らの振る舞いに子供ながら嫌気が差していた王妃にとってまるでヒーローのように輝いて見えていた。


 この世界にもまだ彼のように諦めず立ち向かう者がいるのかと期待させられてしまうほどに。

 その後はこれまで幾度か出てきたように国内一という称号を手に入れたのだ。観客は拍手喝采、まさか辺境の、騎士団を多く排出しているわけでもない地域出身の人間でしかもメイン武器が大抵の家庭において押し入れのなかに仕舞われてしまうようなレイピアなのだから、驚きの連続が更なる興奮を生むのは必然である。

 そこに先述した苛立ちを含んでいた王妃は一生忘れられない記憶となっていったのだった。

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