第3話 理想のパートナー

「でもさ、いま晩婚だって言うじゃん」

「おう」

「おれらまだ二十五じゃん? あと五年は猶予あると思わん?」


 ビールを空にした阿島あしまが、リンゴのチューハイに手を伸ばした。


「そりゃそうだけどさ。阿島、お前さ、三十になっていきなり彼女が出来て、しかもそれが結婚したいくらいの女で――なんて奇跡起こると思うか?」

「……ないな」

「だろ? いま彼女が出来たとしても、だ。まずはその子と本当に結婚したいかの見定めなんかも重要になってくるわけだろ」

「何、語るじゃん」

ちげぇよ。橋田がさ、先月離婚したらしくて」

「は? 離婚ってお前、結婚したの一昨年だぞ!?」

「そうなんだよ。ほら、こう言っちゃなんだけど、デキ婚だったじゃんか。橋田的にはまだ結婚するかどうか迷ってたのに、デキちゃって」

「デキちゃっても何も、出来るようなことしてんだから当然だろ」

「そうなんだけどな」


 ただまぁ、橋田の場合、嘘かホントか避妊具に穴を開けられていたらしいが。


「とにかくだ。三十で結婚するなら、もうそろそろ彼女を作って、同棲するなり何なりして家事能力とか、金銭感覚とか、価値観とか、そういうのを見定めないといけないわけよ」

「家事能力ったって、このご時世、女性だけにさせるわけにもさ」

「んなのわかってるっての。だけど共働きでその辺を分担するにしても、ある程度の能力は必要だろ?」

「それはまぁそうだな」


 とまぁ偉そうに講釈たれたわけだが、これはそのまま自分にも当てはまる話だったりする。


 まずそもそも、俺のことを好きになってくれる稀有な女性を探すことから始まり、さらにその子が家事の分担を快く引き受けてくれるか、よほどぶっ飛んだ金銭感覚を持っていないかなどを見定めなくてはならない。共働きならまだ良いが、専業主婦を希望されるとなると、俺の給料ならかなりやりくりを頑張ってもらわねばならない。


 その他にも子どもは何人ほしいか、マイホームはどうするかのすり合わせなどなど、挙げたらきりはないのだが、事前に話し合っておくに越したことはない。


 と、そこまで考えて――、


「めんどくせぇ」


 ついぽつりと本音が漏れた。


「うん? 何が?」

「いや、いま阿島に偉そうなこと言ったけどさ、それってまんま俺にも言えるわけよ」

「そりゃそうだ」

「いま考えてみたら、なんかすげぇめんどくて。相手見つけるのだけでも大変なのにさ、そこからあれこれとか」

「かといっていきなり結婚するのもリスキーなんだろ?」

「橋田が言うにはな。そりゃあうまくいくパターンもあるんだろうけど」


 だけど、せっかく結婚したのに、二年で離婚なんてしたくない。橋田には悪いが。


「一緒にいて落ち着く人で」


 ぽつ、と阿島が語り始めた。


「笑いのツボが一緒だと良いよな」

「わかる。片方だけ爆笑してて、もう片方が冷めてるとかな、いたたまれないわ」

「あとおれは、いちいち細かい記念日を祝うとかも苦手だな。結婚記念日くらいならまだしも」

「確かにな。俺もそうかも」

「おれは料理は好きだけど、掃除関係が苦手だから、その辺を担当してくれる人が良いなぁ」

「阿島の料理美味いもんな。俺は逆。料理は無理だけどむしろ掃除関係は任せとけって感じ」

「高月、仕事が丁寧なんだよなぁ。水回りいつもきれいで助かるよ」

「へへっ」


 あれ、と思った。

 それは阿島の方もらしく、何かに気付いたような顔をして固まっている。


「なぁ、もしかしてさ」

「もしかして、なぁ」

「いま高月も同じこと考えてる?」

「たぶんだけど、そうなんじゃないかなって」

「ちょ、せーので言ってみない?」

「わかった。せーの」


「おれ達、結婚しないか?」

「いっそ俺と結婚してくれ!」

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