後輩思いのメイド先輩

 篠原は、カードゲームはやった事がないらしく完全な初心者だった。ルールを説明したが、たった数十分で理解できるものでもない。



「む、難しいですね」

「そっかー…ジャケットモンスターはまた今度にしよっか」



 がくっと項垂れる先輩。

 そりゃそうだ。


 ここは俺が一肌脱ぐか。



「先輩、篠原が頭から煙を出しています。なので、トランプとかにしておきましょうよ。俺も参加できますし――そうですね、シンプルにババ抜きとかどうです?」


「なるほどね、さすが鐵くん。それ名案だわ! 篠原もそれでいい?」

「ババ抜きなら出来ますよ」

「なら決定ね」



 ――こうしてトランプのババ抜きが始まった。その結果、表情の読み合いだったり、心理戦まで始まり……慣れていない篠原が敗北した。



「ジョ、ジョーカー……負けました」



 顔面をブルーにして泣きそうになる篠原。惨敗である。



「まあなんだ、篠原。これはボードゲーム部の洗礼だと思ってくれ。今日からよろしくな」

「う、うん……。でも、面白かったしまた色々やりたいな」



 鞄を手に取る篠原は立ち上がった。



「もう帰るの?」

「はい、部長。あたしは門限があるので……紗幸くん、部長、ありがとうございました。また明日も来ます」



 爽やかな笑顔で部室を立ち去る篠原。なんだか、幸せそうな顔をしていたな。あんな風に心の底から楽しかったと思えて貰えたのなら、連れてきて良かったな。



「鐵くん、篠原さんっていい子ね」

「多分あいつは純粋なんだと思うんです。というか、アイドルですからね。先輩の憧れじゃないっすか」


「あぁっ!」



 机を叩いて急に立ち上がる先輩は、がくがく震えていた。まるで何かを忘れていたみたいに……って、もしかして。



「先輩……まさか」

「そうよ。篠原さんは、わたしの憧れ。ウィンターダフネのリーダーよ! サイン貰うの忘れたー!!」


「ですよねー。分かりました、明日も連れて来ますから」

「ほんとー! ありがとう、鐵くん。だから好きー!」



 真正面から『好き』とストレートに言われ、俺は顔が沸騰する。……先輩ってば、笑顔でそんな告白を……気づいていないようだけど!



「せ、先輩……俺たちも帰りましょう」

「うんうん♪」



 ◆



 学校を出て同じ通学路を歩いていく。

 帰りも同じ道を先輩と一緒に歩ける幸せ。最高の時間だ。しかも、今は同居さえしている。この美人で巨乳で優しい先輩が。



 でも……。


 こんな幸せいいのか、俺は。



 元々部活の先輩後輩という関係であり、メイド喫茶には偶然行ったら先輩が働いていて……うっかり『注文』した結果だった。先輩はどんな風に思っているのだろう。



「あの、先輩」

「言いたい事はなんとなく分かるよ」

「え……」


「鐵くんって悩んでいる時に腕を組んで上を見る癖があるよね」



 言われてみればそうかも。

 いや、事実そうだった。



「俺の言いたい事分かるんですか」


「うん。これでもカウンセラーとか心理学を勉強中でね。読心術とかオカルト的なのも趣味で……だから、ボードゲームもその一環というか、うん、鐵くんの気持ちは分かる。その答えだけど、わたしは鐵くんのメイドであり続けたい。傍にいさせて欲しいな」


「先輩……どうして俺なんかを」


「今までは君が唯一の部員であり、大切な後輩だから。あ、もう家の前だね……ここから先は『ご主人様』ですね」



 唐突に口調を変える先輩。

 そうだな、この先からは先輩は俺のメイドだ。紛うことなき俺だけのメイド。

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