優しい先輩との甘い朝

 ――翌朝。



「……くろがねくん。……くろがねくんってば」



 耳元で誰かが囁いている。

 甘くてとろけるような声。こんな幸せボイスASMRのアラームを設定した覚えはないのだが――って、ちが~う! この声は先輩だ!



「うわッ! 先輩の顔近ッ!!」



 耳元に先輩の顔があった。

 吐息が掛かる距離だぞ、これ。

 ほぼ目の前に桜色の唇。


 こうして近くで見ても先輩、目元とか鼻が凄く整っている。俺には勿体ないくらいの美人だ。



「おはよう、鐵くん」

「お、おはようございます……」



 俺を“ご主人様”と呼ばないという事は、いつもの先輩モードだ。しかも、よく見れば学校の制服じゃないか。



「朝食を用意しておいたの。一緒に食べましょ」

「先輩が作ってくれたんですね。本当に申し訳ないです」

「ううん、いいの。わたし、好きな人のお世話するのが夢だったから、今叶っていて幸せなの」



 す、好きな人って……もしかしたら、俺なんだよな。恥ずかしくて確認できないけど!



 テーブルに向かうと、そこには立派なタマゴサンドがあった。こんなのコンビニで買った覚えがないな。



「これって……」

「手作りだよ。鐵くんの為に作ったの」

「ええっ! これ先輩の手料理……すげぇ」



 店で売っているような完璧なタマゴサンドだ。良い匂いだし、香ばしい。俺は腹が減っていてもう我慢できなかった。


 手を伸ばし、タマゴサンドを貪る。



「……うまっ! なんだこの絶妙な味付け。まるで俺の舌を理解しているかのような……完璧な塩梅。先輩、料理美味すぎでしょ!」


「えへへ……褒めれると照れるし。も~、鐵くんの事もっと好きになっちゃうじゃん!」


 身体をくねらせる先輩。

 うわぁ、あんな顔を真っ赤にして可愛いなぁ、この人。ぜひ、俺のお嫁さんに……いや、メイドになって欲しい。


 ――あ、なってるか。



 そんな楽しい朝食を終え、登校。


 まさか、先輩と一緒に嵐山高校へ向かう日が来ようとはな。しかも、肩を並べて登校。周りから見れば、あれ、あの二人……付き合っているんじゃ? なんて思われる距離感である。



「先輩、こんなに近いと誤解されますよ?」

「いいんじゃない。わたしは別に困らないし」



 先輩が良いなら良いけど。

 そうして雑談を交えて校門前。


 通り過ぎて行こうとすると、そこまで待っていた女子が突然、俺に向かって話しかけてきた。



「待って。あなた『くろがね 紗幸さゆき』くんよね?」

「君は?」

「あたしは『篠原しのはら まゆ』よ。鐵くん、あなたとは幼馴染だったんだけど、覚えてない?」



 えっ……幼馴染?

 俺にいたっけ、幼馴染。

 覚えちゃいない。


 というか、こんなスタイル抜群の美少女幼馴染とか忘れるはずがないのだが……思い出せないと言う事は、人違いかも。



「ごめん。多分違う人じゃないかな」

「そんな事ない! あたしは覚えているもの」


「悪い。遅刻するから、俺は先輩といく」

「せ、先輩?」


「桜坂先輩さ。さあ行きましょうか、先輩」



 特段気にも留めず、俺は先を行く。

 だって遅刻するし!



 ◆



 教室に入る前、先輩と別れた。

 その際、先輩は俺の頭を撫でてくれた。



「またね、ご主人様♡」

「……先輩、はいっ」



 俺はなんて最高の先輩と出逢えたんだ。

 先輩がいれば俺は他は何もいらない。

 そのはずだったのだが……。



 ホームルームが始まって、事態は急変した。担任と共に現れる女生徒。今朝、校門前で話しかけてきた少女だった。



 あぁっ!!



「――転校生を紹介する。彼女は『篠原しのはら まゆ』。今日から同じクラスだ」



 わぁぁっと騒ぎ立てるクラスメイト。俺もびっくりしたけど、それは別ベクトルでだ。自称・幼馴染の篠原は、俺をジッと見つめていた――。

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