5-7 噛みつき姫の真実探し

「ベデリアさん、さっきお願いしたこと、すぐにしてもらっても大丈夫ですか?」

「もちろんでございます。すぐにご用意しますね」


 先ほど口にしたことを即座に変更しても、嫌な顔をせずに頷いてくれるベデリアには感謝の思いしかない。

 後日、彼女にも何らかのお礼をしたい――心の中で何がいいか考えながら、イツカも小さく頷き返して口を開いた。


「はい、お願いします。えっと、場所は……」


 ちらりと傍にいるフレーデガルへ目を向ける。

 フレーデガルも同様にイツカへ視線を向けたのち、すぐにベデリアを見て口を開いた。


「庭にあるガゼボまで持ってきてほしい。あの場所なら息抜きにもちょうどいい」


 ということは、以前フレーデガルと偶然会った場所だ。

 イツカの脳裏につい最近目にしたばかりの景色がよみがえる。色とりどりの花々、その中に用意されたガゼボ――ガゼボには立ち寄っていないが、庭園の景色はローレリーヌのところへ行くときに目にしたばかりだ。

 結構気に入っている場所のため、あそこでまたフレーデガルと会話ができると考えるだけで自然と胸が踊る。

 口元が緩みそうになるのを一生懸命抑えながら、イツカも小さく頷いた。


「さっき言っていたみたいに、とっておきのお茶とお茶菓子をお願い」

「かしこまりました」


 最後にそういって、ベデリアが深々と頭を下げる。

 その後、素早くイツカとフレーデガルに背中を向けて玄関ホールを去っていった。きっと、キッチンを担当しているメイドたちに指示を出しにいったのだろう。

 ベデリアの足音がどんどん遠ざかっていき、最後には何も聞こえなくなる。二人きりになった玄関ホールで、フレーデガルがイツカへ片手を差し出した。


「では、ベデリアが到着する前に私たちも向かいましょうか。あのように頼んでおいて、私たちがまだ到着していなかったら驚くでしょうから」

「ベデリアさんが驚くところも、ちょっとだけ見てみたい気もしますけれど……ふふ、わかりました」


 差し出されたフレーデガルの手にそっと自身の手を重ね、優しい力で握る。

 そのまま彼に手を引かれ、ともに庭園のガゼボへ移動しようと足を踏み出した。

 ぐらり。


(……え?)


 足元がふらつき、天地がひっくり返る。

 フレーデガルが巻き込まれてしまうと考えて咄嗟に繋がれた手を離そうとするが、間に合わない。

 巻き込んでしまう――と思ったが、何か柔らかいものに受け止められ、イツカが玄関ホールの床に転倒することはなかった。


「イツカ様、大丈夫ですか!?」


 フレーデガルが心配そうな顔でこちらを覗き込んできている。

 彼の頭の後ろに少し見慣れてきた玄関ホールの天井が見える。

 先ほどまで目にしていた光景と大きく異なるその景色を見つめ、フレーデガルに受け止められたのだと少々遅れて理解することができた。


「フレーデガル、様」


 大丈夫だと返事をしたいが、嘘だとしても平気だというには無理がある。

 世界がぐるぐると巡っているかのような感覚で、天地がひっくり返ったかのようだ。目眩というにはひどく、まともに立っているのも難しい。

 それに加え、身体がひどく痛む。特に手は――否、フレーデガルと繋いでいた腕全体が焼けるような痛みを放っている。

 それだけでなく、片足全体にも同じような痛みが飛んでいた。

 この痛みには覚えがある――覚えがありすぎるほどに。


(あ、駄目、だ。これは)


 早く、早く笑って、平気だとフレーデガルに伝えて、彼を安心させてあげたいのに。

 ぐらぐらと視界が揺れ、イツカの瞼が己の意志と反してゆっくり下りていく。

 それでも己の身に起きていることを少しでも把握しなければという思いで、だんだん狭くなっていく視界の中、自分自身の腕を確認する。


 フレーデガルと繋がれていた手だけでなく、腕全体を包み込んでいる黒い靄。


 腕から全身を包もうとするかのように這い上がってきているそれを視認した直後、イツカの視界は真っ黒に塗りつぶされた。


「イツカ様!!」


 完全に意識を手放す直前、心配と焦りを織り交ぜた声で名前を呼ぶフレーデガルの声が聞こえたような気がした。  

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