第五話 噛みつき姫の真実探し

5-1 噛みつき姫の真実探し

 コウカ・クラマーズ。クラマーズ伯爵家の第一子であり、次期当主候補。

 イツカの兄である彼は、イツカが生まれる前から呪詛や穢れ、呪術の研究を行っていた生粋の研究者だ。

 イリガミ様のお眼鏡にはかなわなかったが、その分自由に動くことができる彼は、母が憑きもの筋である事実を知ってから呪詛や穢れ、呪術の研究を積極的に行うようになった。


 小さい頃からそれらの存在に関する研究を行っていただけあり、知識が非常に豊富。イツカもイリガミ様と正しく寄り添っていくため、そしてクラマーズ家の一員としてしっかり働けるように呪詛や穢れの知識をつけてきたが、コウカにはまだまだ追いつけない。

 そんな彼であれば、イリガミ様とよく似た存在について知っているに違いない――そう考えて連絡をとったのはいいのだが。


「イツカ。正座」

「……はい」


 駆けつけてきてくれたコウカを前に、イツカはすっかり身を小さくしていた。

 場所はネッセルローデ邸にある応接室。来客があった際に使用される応接室の中は、おしゃれなローテーブルに高級そうなソファーが二つ向かい合うように設置されており、落ち着いた印象がある部屋にまとめられている。窓際には美しい花が活けられた花瓶が配置されており、堅苦しそうな印象を和らげていた。


 そんな部屋の中、イツカは靴を足元に綺麗に揃え、ソファーの上で正座をしていた。

 お茶とお茶菓子を持ってきてくれたタニアがおろおろとする中、イツカの目の前にいる青年は深く息を吐きだした。


「大体の事情はわかった。お前が頷いた理由もわかった。けど、お前……お前なぁ……」


 夜の色を宿したイツカの髪とは対照的な、太陽の色を宿した髪の青年である。

 イツカの目が海の青であるならば、青年の目は大地の赤。フレーデガルにも似た色合いを持つ彼こそがイツカの兄にしてクラマーズ家が誇る呪術研究者――コウカ・クラマーズだ。


「いや……あの……本当、お兄様の言いつけを破ってしまったのは申し訳なく思っており……」


 全ての起こりは今から数時間前のこと。

 ローレリーヌのお見舞いという名の様子見を終えたイツカは、自室に戻って早速コウカに連絡をとった。

 調査へ赴く際、クラマーズ家はいつも連絡用の魔法道具を持って現場へ向かうことが決まっている。イツカもその決まりに従い、離れていてもすぐに連絡を取り合える魔法道具を荷物の中に忍ばせていた。


 水晶玉のような形をしたその魔法道具を専用の台に置き、魔力を流し込む。イツカが流し込んだ魔力に反応し、水晶玉の内部が光り輝いて立体映像が浮かび上がった。

 立体映像に浮かび上がったのは、イツカが幼い頃からずっと目にしてきた姿。大事な家族の一員であるコウカの姿だ。


『イツカ? どうした、何かあったのか?』

「突然連絡をしてすみません、お兄様。少しご相談したいことがありまして」


 最初にそういってから、イツカはコウカへ今回の件を話した。


 夜会でフレーデガルと出会ったこと。そのとき、彼からイリガミ様のお眼鏡にかなうほど強い呪詛や穢れの気配を感じたこと。

 後日、フレーデガルから調査の依頼を受け、婚約者候補としてネッセルローデ領で調査を行うことになって現在滞在中であること。

 彼の屋敷の中で見つけた呪詛がイツカのよく知っているタイプとは少々変わっているように感じること。

 そして、調査の中で呪詛の悪影響を強く受けている使用人がいることを知り、様子を見に行ったら彼女の部屋で呪術に関する本を見つけたこと。

 ……退室する直前、憑き物とよく似て異なる何かに襲われたこと。


 こうして口に出してみると、ネッセルローデ領へ来てからずいぶんといろんなことが起きている。

 イツカの話に黙って耳を傾けていたコウカが、ゆっくりと口を開いた。


『確かに気になるな。特によく知ってる呪詛のタイプと違う点と、憑き物に似た何かに襲われたという点。身体に何か異常は出てないか?』

「イリガミ様が守ってくださったので問題ありません。今のところ体調も良好なままです」

『それは何より。けど、念の為にお前の様子も確認しておきたいからそっちに向かう。ちょうどネッセルローデ領近くの領地まで来ていたところだ』

「本当!? ありがとうございます、お兄様!」


 魔法道具越しに返ってきたコウカの言葉を耳にし、イツカは目を輝かせた。

 コウカが持つ呪詛や穢れの察知能力は、イツカよりもはるかに優れている。より微細な気配まで感じ取れる彼の協力を得られるのであれば、より詳細な情報を手に入れられるかもしれない。

 弾んだ気持ちで感謝の言葉を述べ、コウカへ満面の笑みを見せる。

 コウカもまた、イツカの笑みにつられるかのように表情を綻ばせていたが――次の瞬間、その柔らかな表情のまま、彼はイツカを凍りつかせる一言を口にした。


『ところで、ネッセルローデ侯爵様と出会ったきっかけになったその夜会でお前、僕の言いつけを破ったみたいだな?』


 びしり。穏やかだった空気が一瞬で凍りつく。

 笑みを浮かべたままイツカの動きが止まり、背中を冷や汗が伝っていった。


「……なんでそう思ったんですか? お兄様。わたし、お兄様の言いつけをよく守ってましたよ?」


 フレーデガルとの出会いを説明する際、どのような出会い方をしたのかは詳細に話していなかったのに。

 表面上は笑顔のまま、けれど静かに冷や汗を流しながらイツカは首を傾げる。

 なんとか隠し通せないかと思考を巡らせる妹の目の前で、兄は柔らかい表情のままゆっくりと答えを口にした。


『僕が向かった領地を治めてらっしゃる伯爵様の下には一人ご令嬢がいらっしゃってだな? なんでも、お前とネッセルローデ侯爵様がきっかけになった夜会に参加されていたらしい』


 あっもうこれは駄目だ。

 思わず真顔になってしまったイツカの隣で、ずっと黙っていたイリガミ様が吹き出す気配がした。


『そこでお前がネッセルローデ侯爵様に斜め上の声をかけた瞬間を目にされていたらしい。何か言い訳はあるか?』

「……ありません……」


 完璧な目撃者がいる状態で隠そうとしても隠せるわけがない。

 諦めてそっと顔を覆ったイツカの傍で、いよいよイリガミ様が笑い転げた。

 コウカとその令嬢の間でどのような言葉が交わされたのかわからないが、あの瞬間を目撃していたのであればクラマーズと聞いた瞬間に思い出したのだろう。そして、コウカに妹がいるかという話題を振ったと予想できた。

 諦めて自白したイツカへ、コウカは笑みを深めて言葉を重ねた。


『僕が到着したら覚悟しておくように』

「……はい……」


 ――そして、今に至るというわけだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る