チャプター1-3

 大陸横断列車の駅を横目に見ながら、アルスハイム工房から反対の区域へと抜けた。大通りさえ抜けてしまえば、賑やかさも落ち着いてくる。

 大通りから一本奥の道に入り、そこから右へ、左へと角を曲がれば、そこには猫の形をした看板が出ている店がある。

 『黒猫の住処』と書かれている。

 レンガ造りの壁には、ちらほらとツタが這っている。レスリーは黒い扉を開けて、中に入る。店内に入って目に入るのは、その商品の数だ。壁際の棚はもちろん、平台の上のケース、さらには天井からも商品が陳列されている。その商品の森の奥にカウンターがある。そこには退屈げに座る女性がいた。

「マリス様、おはようございます」

 静かな店内にアストルムの澄んだ声が響いた。

 その声に物憂げにしていた女性――マリス・ペリドットがこちらに視線を向けた。

「あら、いらっしゃい。アストルムと、えーっと」

 レスリーの名前を思い出せないのか、マリスはこめかみを押え、こちらを指差すが続く言葉が出てこないでいた。

「レスリー・プリムローズです。アルスハイム工房の新人魔導技士です」

「あー、そうそう。レスリーね。ごめんなさいね、名前を覚えるのが苦手でね」

 マリスは紫色の髪を三つ編みにしており、その褐色の肌とどこかゆったりとした仕草や艶のある声は、同性のレスリーでも思わずドキリとする色気がある。

 マリス・ペリドットは、ミシュルにいる二人の魔法使いのうちの一人だ。彼女が素材屋である『黒猫の住処』を営んでいるのは、めんどくさいことをせずに日々の生活費を稼ぐためだとフィルから聞いたことがある。

 そもそも魔法使いはイディニアから特定の地位と特権が付与されている。人智を超える奇蹟を行使できる存在である魔法使いを、どの国も自国に留めるために破格の条件を提示しているとレスリーも知っている。それによって得られるお金でも十分生活できる。ただ、地位と特権と引き換えに、イディニアからの要請に対して応じる義務も発生するらしい。

「気にしないでください。まだマリスさんに会うの、二回目ですから。よろしくお願いします」

「ええ。それでこんな朝早くからなんて、工房の素材ね?」

「そうなんです」

 ええっと……と、フィルから頼まれていたものをメモしていた紙を取り出して、読み上げていく。

 それを聞きながらマリスは、アストルムとレスリーに商品の場所を教えたり、店の奥から商品を持ってくる。

「これで全部かしら?」

 気が付けば大きい紙袋三つ分ぐらいの量になっていた。アストルムと一緒に来たのは正解だった。袋の中身とメモをチェックして、買い忘れがないかを確認する。

 問題ない、大丈夫そうだ。

「そうですね。ありがとうございます」

「それはよかったわ。あれとこれと、それで……合計15万Jジュエルね」

「はい、こちらに」

 アストルムから代金を受け取ると、マリスは笑顔を浮かべた。

「確かに。まいどー」

 レスリーとアストルムは、袋詰めされた商品をよいしょっと抱える。抱えた袋から魔石が擦れる音がする。

 袋から一つ魔石を取り出して、それを不思議そうに眺める。

 魔石はさまざまサイズがあるが、今回購入したのは硬貨ほどの大きさのものだ。光に翳せば、向こう側が透けて見える。手にしている魔石は水の魔法が封じ込められているため、水色の輝きを放っている。

「これに魔法が封じ込められているんですね……不思議」

 レスリーが零した疑問に、マリスが答えた。

「魔石鉱山から採取できるものが大半だけどね。――魔法の物質化は、魔法使いそれぞれでやり方は違うのよ。魔力でまっさらな魔石を作ってそこに術式を刻む人、魔法を吸収する魔法を魔石に掛けて封じる人、いろいろいるのよ」

「へえー、マリスさんはどうしてるんですか?」

「それは秘密よ」

 と、マリスはお茶目に片眼を瞑った。

「またなにかあったら、来なさい。大抵のモノは用意してあげるし、アーティファクトに使う魔法理論の相談も歓迎よ」

「ありがとうございます!」

「もちろん有料よ」

「ですよね……ハハハ」

「初回は無料にしてあげるから気楽にね。――あとアストルム」

 マリスは優しげな視線をアストルムに向けた。

「なにかあったら来なさいよ。アナタになにかあったら、アルスハイム翁に顔向けできないんだから」

「わかっています。なにかの時にはよろしくお願いします」

「ええ、わかってるわ」

 アストルムの返答に、マリスは苦笑して、手を振った。

 二人のやりとりを聞いて、交互に見る。

「なになに、アストルムさんとマリスさんはどういう関係? というかアルスハイム翁って? あ、フィルさんのおじいさん?」

「レスリーには関係がないことよ」

 興味が湧いたが、マリスの言葉にそれ以上の追求をやめた。興味が先行して首を突っ込むことがあるが、それを良くない場面があることも理解しているため、素直に身を引くことも大事だ。

 レスリーが店を出ようとしたところで、もう一度マリスが声を掛けてきた。

「そうだ。たまにはフィルに顔を出せっていっておいて。買い出しにもこなくなって、全く」

「はい、伝えておきます!」

 レスリーは振り返って、マリスに大きく手を振った。

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