第12話 願い


 その夜、結衣はなかなか眠れずにいた。

 水でも飲もうかと部屋から出てキッチンへ向かうとそこには流司がいた。


 「水?」

 「うん。ちょっと寝付けなくて」

 「俺腹減ったから何か食うけどお前は?」

 「じゃあ私作るよ。座ってて」


 この男が誰なのかは決められなかったけれど、泣きじゃくる様子を見てしまうと今まで触れ合って来たマルミューラドとはやはり少し違うように感じた。何となく敬語で接する事に違和感を感じ始め、友人のような口調で話すようになっていた。


 こっちの世界に来て料理なんてやっていなかったけれど、火を魔法で点ける以外は普通だ。

 結衣は昼間に作っておいたファルファッレを茹でて、味も見た目もトマトによく似た果物でソースを作った。

 けれど流司はファルファッレを知らなかったようで不思議そうに眺めている。


 「これ何?」

 「ショートパスタだよ。こっちには無いよね、多分。小麦粉で料理するっていう概念無いし」

 「あれは戦闘道具だ」

 「食べ物だってば。日本の食文化も忘れちゃったの?」


 どうやらこの世界では粉塵爆発のような用途で用いるらしい。

 小麦粉だけでなく、果実を始めとする植物の用途は食糧よりも魔法研究で使う事が多く、そういう物は食べ物には括られない。

 流司は出てきた料理をじいっと睨むように見てゆっくりと口にした。


 「美味い!」

 「だろうね。りゅーちゃんトマトソースとパスタ好きだったし」

 「パスタって何だっけ」


 流司は結衣が想像してる以上に地球の事は覚えていないようだった。

 結衣にとって目の前のこの男は棗流司でもマルミューラドでもない新しい人間のように思えていた。

 マルミューラドとは皇女として何度か会話しただけだったからこんなに砕けた態度では無かったし口調も違う。態度を崩したから棗流司に見えるかと言えば、やはりこれだけ記憶にある十歳とは姿が違うのでそうはならない。

 ならもう新しい人間と出会った気持ちでいる方がいっそ潔いのかもしれないと思っていた。


 (けどりゅーちゃんも可愛い顔してたからこの顔に育ったのは納得だな)


 結衣の記憶にある流司は目がくりくりしていて頬もふっくらとしていた。今の姿はかなりシャープだが、それでも確かに顔立ちは面影がある。

 じいっと食べている様子を見てみると、流司がちらりと結衣を見た。


 「……そんなに見られると食い辛いんだけど」

 「え!?あ、ご、ごめん!つい!」

 「いいけど。女って俺の顔好きだよな」

 「……へえ」


 本人はまるで意味が分からないというように首を傾げている。

 マルミューラドは女性にモテるという話は聞いていたけれど、それを実感させる言葉だ。

 流司はじろりと睨んでくる結衣の目線から逃げるように目をそらすと、くぐもった声でぼそりと声を漏らした。


 「……ごめん」

 「は?何が?顔が?」

 「顔?いや、ほら、結衣の顔見たら……嬉しくて……その、泣くつもりじゃなかったんだけど……」


 予想していない言葉が出て来て、結衣はぱちくりと瞬きをした。

 流司は泣いた事が相当恥ずかしかったのか、顔を真っ赤にして目を泳がせていて、結衣はつい小さく噴き出して頭を撫でてしまった。


 「何だよ。子ども扱いすんなよ」

 「昔から照れると耳たぶ弄るのよね」


 言われて自分が耳たぶを触っているのに気付き、余計恥ずかしくなったようだ。

 ああもう、と流司は誤魔化すようにファルファッレを口に放り込んで隠すように喋り始めた。


 「お前アイリスについてなんか知ってる?」

 「知らない。そういえば何で失踪したの?」

 「分からない。ある日急にいなくなったんだ。様子がおかしいような話も無かったし病気でもない。ただ消えたんだ」


 ただ消えるだけ。

 それは何だか覚えのある展開で、結衣は自分の身体を見た。


 「……UNCLAMPみたいだね」


 魔法犯罪UNCLAMP。忽然と消えるのはまさにそれだ。


 「だろうな。地球で死んでるUNCLAMPはこっちの人間だ」

 「へ!?何で!?」

 「UNCLAMPって血にゼリー状の球体が浮いてるんだろ?それ魔力じゃないのか?」

 「……確かに。でもじゃあそしたらアイリスは……」


 死んでいる可能性が高いという事だ。

 結衣はメイリンの眠ってる部屋の扉をちらりと見た。不安そうな顔をする結衣に、流司はコン、と軽く机をたたいた。


 「アイリスの事は俺がどうにかしてやるから大丈夫だ」

 「そうはいかないよ。私だって何かしたい」

 「お前がどうにかしたいなら俺がどうにかしてやるって言ってんの」

 「何で」


 何でそこまでしてくれるの、というような事を言おうとしたけれどそれは出来なかった。

 急に顔を近づけて来た流司が食い付くように唇を塞いできたからだ。


 「な、なんっ、何、何!?」

 「お前が望むなら俺が叶えてやる」


 急な出来事に結衣は顔を真っ赤にして口をぱくぱくさせたけれど、流司はぽんっと頭を軽く叩くと食器を下げて部屋へ戻って行った。


 「な、なんなの……」

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