第34話 沙羅の贈物

「楽しい時間はあっという間。でも不思議と寂しくないわ」


沙羅さんは正面の海を見たまま、呟く。


「え?」


「時計を気にしている陽司くんは寂しいけれど、私を大切にしてくれているからだから大丈夫だわ」


ニコっと俺を見て笑う。


「そっか、バレちゃったか。もう戻らないとね。時間に遅れて気まずくなったらさ、次が誘いにくくなるからね」


俺は手のひらで沙羅さんの頬を包むように撫でた。

気持ち良さそうに俺の手のひらに頬を預けていた沙羅さんは一言、そうね、と言ってバッグから何かを取り出した。


「私からあなたへ。陽司くんに受け取って欲しいです」


俺の手のひらにのせる。

沙羅さんからのプレゼントは初めてだ、何だろう ─────、って、これは。


「これ、鍵って、もしかして・・・」


「はい。私の鍵を陽司くんに持っていて欲しいの」


えっとね、こっちの黒いのが玄関入ったコンシュルジュさんの所の鍵で、こっちの銀が部屋の鍵ね。

こっちのリモコンみたいのは車の鍵よ、と説明する。


3本まとめて昨日買ったソラカラちゃんのキーホルダーに繋がれている。


にこにこ笑顔の沙羅だけれど、あらん限りの勇気を振り絞ったんだろう。

もしも昨夜、二人の気持ちが重ならなかったらこれは黙って持ち帰るつもりだったんだろう。


無邪気に笑うソラカラちゃんを見ていたら、ここに来るまで決意が固まりきらずにいた沙羅の揺れる思いが透けて見えて香月は瞼が熱くなり言葉が詰まった。


「・・・・・・ありがとう、沙羅さん」


「え?えっ、どうしよう。私ったらつまらない物を渡してしまったみたい。

呆れた?重かった?あの、ごめんなさい─── あら、ら?」


沙羅さんこそ涙が零れそうになって鍵を取り返そうとする。


もう、もう、俺はどうやってこの人の健気な愛情にこたえようか。

俺はあなたの気持ちに応えてあげられているかな・・・。


俺は防波堤の上で沙羅さんをしっかり抱きしめた。心をこめて。


「ありがとう、俺、嬉しくて泣くよ」


ほっとした声で小さく、「私も嬉しい」と俺の背中に回った手のあたたかさに本当に涙が滲んだ。


泣き笑いの俺たち。

手を繋いで、さぁ、帰ろう。

俺たちのホームへ。



次話は「GoHOME GoGINZA」です。

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