(7)星川大吉は星になりたい
「どうしたら僕はミルキーさんみたいに光り輝く『星』になれますかね……」
「なんだい藪から棒に」
僕はこれまで思い悩んでいたことをミルキーさんに語って聞かせた。将来の不安、僕はこのままずるずるとこの町に居着いていいのだろうか、と。
「足の故障、か」
「ええ、それを機に全てがガタついてしまったんです。自信を無くした僕は一般企業に就職しても大した実績上げられなくて……おまけに不眠症になってしまって、気がつけば部屋に篭るようになってました。2年前の東日本大震災をきっかけに関東からこの地に越して来たわけです。祖父母の手伝いをしてみないかと」
ミルキーさんが車窓から町並みを眺めて浅く息を吐いた。
「東日本大震災か、あれは凄かったな。その時俺は東京のビル内にいたんだが、今まで経験したことの無い揺れにビルが倒壊して瓦礫の下敷きになる自分の姿を想像して身震いした。この町にも震災の被害があったんだろう? 津波は到達していないようだが」
「この町は山に囲まれてますからね。山向こうの南三陸は津波による被害が酷くて今も復興工事が続いてますよ。ここから車で30分くらい、行ってみますか?」
「いや、いい……」
ミルキーさんは押し黙ってしまったが、しばらくして再び口を開いた。
「俺はこの世界を一つの物語のように思っている。人にはそれぞれ役割があって、その役を演じることによって世界は回っている」
「物語?」
「大吉君が言う『光り輝く星』とはどういうことか、それは、俺は物語において周囲の登場人物に何を提示できるのかということを考える。それが周囲を照らす『光』となるんだ」
「……」
「例えば、あそこに見える診療所。医師が働いているのだろう。寛木町の住人の健康面を支える役割。俺は漫画を書いて皆に楽しんで読んでもらう役割。満月荘の老夫婦の場合、星川秀夫さんは民宿を経営して町に訪れる客人の羽休め場所を提供する役割。みすずさんは料理を作ってこの町の特産品を世に広める役割がある。だが、君はどうだ」
「……」
「何も無くて言えないか。光り輝くというのはそういうことさ。君もこの物語上で何を提示できるのかを考えたらどうだ」
ミルキーさんの言う、「この世界は一つの物語論」に妙に納得するところがあった。
僕のかつての「光」について考えた。
幼い頃、キノコのお化けに追われても逃げ切れるように毎日走る練習をしていたことを思い出す。日々の鍛錬のおかげで自分の脚力に自信がついて小学校の徒競走とシャトルラン、中学と高校の陸上競技で好成績を残せた。
周囲の人々の待望の眼差し浴びるのも悪くないが、頑張りを一番に見てほしかったのは僕の弟だ。僕の姿勢を手本にしている節があった。それが僕の光だったものだ。
弟は後を追うように大地を蹴って走り出し、足を故障して停滞してしまった僕を追い抜いてしまった。彼は今、世界に通用する国内有数のランナーとして活躍しているのだ。
弟に尊敬されない兄となってしまった僕はこの先一生光り輝く星にはなれないのかもしれない。そう考えて、少しばかり寂しい気持ちになった。
「僕の光は……」
○
「昔話、と聞いたがそれらしい記述はどこにもないじゃないか。紅色の魚は一体どこからやって来たんだい」
僕とミルキーさんは町内にある寛木図書館に訪れた。古本の匂いがツンと立ち込める館内でこの町の史書『寛木町史』を書架から手に取りページをめくってみたものの「紅色の魚」に関する記述は一切見当たらなかった。
この町の成り立ち、風土、産業、民俗生活。書架にあった他の市町村の史書と見比べてもあまり際立ったことが書かれていない。
ただ、史書とは関係ないが奇妙な本を偶然見つけた。
館内の隅っこに「廃棄、持ち帰り可」と書かれたガムテープが貼られたダンボールが置かれていて、その中に日焼けして色がくすんだ書物が入れられていた。恐らく長年誰にも読まれず、蔵書整理の際に不要になったものだろうと思われる。
普段なら気付かずに素通りしていただろうが、「魚」という言葉を意識して行動していたのでダンボールに入れられていた2冊の本のタイトルが目に入り、釘付けになった。
『
「なんだい幻燈魚って。知ってるか、大吉君」
「いえ、聞いたこともないですね……」
持ち帰ってもいいとのことだったので、そのダンボールから2冊の本を手に取って、僕らは次の目的地である渡里神社に向かった。
この町で一番古い歴史を持つ建物だ。何かしら「魚」に関する手掛かりを得られると良いのだが……。
○
2つの本に一通り目を通した後に僕らは渡里神社の駐車場から下車して、少し離れた境内に向かって歩き出した。
正月の初詣の時なら境内へ続く道や砂利が敷き詰められた広々とした駐車場には周囲を見渡せないほど人が溢れ返るのだが有事でもないので人の気配が全く無い。
渡里神社の鳥居が遠くからでも見えたし、しんと静まり返って小鳥の鳴き声と遠くを走る車の音しか聞こえなかった。
参道から表門を通過して境内を歩いていく。拝殿に置かれている賽銭箱にお金を放って、静かな境内にガランガランと鈴の音を響き渡らせる。
「お参りするなんて久しぶりだ。ここは
「七福神の?」
「そうだ。今まで知らなかったのかい、大吉君」
「……気にしたことありませんし」
手を合わせた時にふと視界に入ったものがあった。拝殿の
「幻燈魚……なのか?」
事前に「幻燈魚保存会」の冊子を読んでいたからか、僕は自然とその名を口にしてしまっていた。
ミルキーさんが神社の関係者と話がしてみたいというので、僕は住職が住んでいる民家に案内した。
事前に連絡をしていないので会ってくれるか不安だったが、住職は僕達を心良く迎えてくれた。
「おお、大吉君じゃないか」
「満月荘の祈祷の際、お世話になりました」
「ささ、遠慮なく入ってください。茶を出しましょう」
茶の間に通された僕達は住職に幻燈魚やこの町の至る所に残されている魚の装飾について訊ねてみたのだが、期待するような回答は得られなかった。
「それは、いつの間にか定着していた」
この町に住む住人は皆口々にそう言う他ないのである。
○
『カウネとフルムーン 第2章 終』
○
【漫画家の名前の由来】
寛木町散策を終えた車内での出来事。
「ミルキー・ウェイ・キャンディって漫画を描く際のペンネームじゃないですか。本名はなんていうんです?」と、僕は訊ねた。
「言いたくないね。パッとしない名前だから」
「佐藤とか鈴木、田中」
「言わんたら言わん」
「ハハハ」
僕は思わず笑みを溢す。宿泊客とはいえ歳の近い他人にこれほど心を打ち解けたのは久しぶりのことだった。
「天の川と飴、何処からそんなペンネーム思いついたんです? 本屋でミルキーさんの本見つけた時、作者女性だと思ってたのに」
「……編集者に作者名を本名にするかペンネームにするかを指摘されて悩んでた時にメロンちゃんが点けっぱなしにしてたテレビを見てたらなんとなく思いついたんだ」
「へえ」
「ただそれがどんな番組だったのかは覚えてないよ。まあまあ気に入ってるがね」
「ふーん、そうなんですね」
「君は本当に縁起の良さそうな名前をしているな、星川大吉君」
「よく言われます」
背後からクスクスと可愛らしい笑い声が聞こえる。
バックミラーで誰もいないはずの後部座席に目を向けるといつの間にかそこにメロンちゃんが座っていて、僕達の他愛もない話を聞いてニコニコと微笑んでいた。
「メロンちゃん、いつからそこに」と、僕とミルキーさんが発した言葉が重なった。
○
『きら☆きら』
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます