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「ちっ……どうなっても知らねぇぞ」


構える俺。

結界の外から騒つく声が聞こえるが、知らん。


「迷いは消えたようだね、良い顔だ。なら、僕も君の意に沿って、さっさと終わらせよう。踊りの指導もあるしね」

「コロコロ方針変えやがって……テメェが俺を終わらせるだぁ?」

「そろそろ僕も『反撃』するって言ってんだよ」


目を細める知朱。

口は笑ってるが、今日初めて見た本気(マジ)な目だ。


「やめとく? 足、震えてるけど」


言われてすぐ、自らの脚を殴る。


「気にすんな、武者震いだ」


月兎はもう撃てねぇ。

そもそもブチ込んだ結果効きやしねぇ。

俺の一族の最強の技だってのに。

だからって……戦えねぇ理由にはならねぇ。


「ハァ。君に喧嘩を教えた人物は余程根性論がお好きなようだ」

「へっ、絡新の歩兵は後ろに下がれないんでね。というか、誰も相手から逃げる立ち回りを教えてくれなかったぜ」

「不親切で前時代的だなぁ。──ま、安心して。僕が治める絡新は、もっとスマートで汗臭くない方針にするから」


クイクイッ

誘うように手を仰ぐ知朱。

もう小手先の技なんざ要らねぇ。

月兎が通らねえってんなら、新しい技でも作れ。

もっと鋭く! もっと暴力的に!

一族の先を行け!


ドンッッッ!!!


スタートはバッチリ。

アイツが瞬きで目を瞑った瞬間。

飛ぶように跳躍し、一瞬で距離を詰め、

宙でクルリ、体を縦回転させ、

その勢いを、膂力を、妖力を、

アイツが目を開く前に、


全て──振り下ろすカカトの先に注ぎ込め!


「【落月(らくげつ)】!!!」


生涯で一番の手(足)ごたえ。

叩き込まれた対象は一瞬で爆散し、遅れて、隕石が落ちたような轟音が響き渡る。

『普通の相手』なら終わっている流れ。


だが、知朱は俺の目の前で目を瞑ったまま笑っている。


当たり前のように、アイツは無傷。

ヤツのそばの地面だけが、俺の技で大きく抉れた。

断言出来る。

アイツはその場を一歩も動いちゃいねぇ。

なら……動いたのは『俺』か!?

馬鹿な! 俺があのタイミングで外すなんて!


グイッ!


ッ!?

体が……知朱に向かって引っ張られる!?

なんだ!?

コイツ、引き寄せる能力が何かを……!

その時、ふと、キラリと光に反射する何か。


……糸か!


蜘蛛の糸!

野郎! こんな時に蜘蛛っぽい技を!

元々操れたのか!? また無意識にか!?

どちらにしろ、コレが、俺が攻撃を外した理由。

コイツは、どのタイミングでも糸を俺に付けられた。

何度も接触しているから。

何なら、遠距離から俺に気付かせず飛ばす事も可能だったろう。

コレが、そこらの蜘蛛妖怪の糸だったなら、難無く引きちぎれた。


だが、現実は【絡新の蜘蛛の糸】。


名刀のように鋭く、空気のようにちぎれず、水の様に透明で、あの世とこの世を行き来出来るほどに伸縮自在。


──引っ張られる俺。


抵抗は……出来なかった。

疲労のせいなのか、糸の拘束のせいなのか、糸に脱力の能力があるのか、その『右手』を見てしまったせいなのか。

コレが、『蜘蛛の巣』に絡まった蝶の気分か。

お袋に目を付けられたヤツらも、最期はこんな気持ちだったのかもしれない。


キィィィ──

アレほどの守りを見せた妖力が、知朱の右手に……耳鳴りがするほど一点に集約している。


『それ』は、ただの『突き』。


だが、妖であるならば、皆、本能的に恐れる絡新の『最強の矛』。

俺は、それを一度、目の前で見た事がある。


とある仕事の時だ。


その時の俺は、桃源楼スタッフとなってまだ間も無く、張り切っていた。

調子に乗っていた。

何でも出来ると思い込んだ結果、格上の相手に殺されそうになった。


そんな時、お袋が助けに来てくれて……俺が全然歯が立たなかった敵を、埃でも払うように一瞬で屠った。


『全盛期などとうの昔』なんて言ってたが、今でも恐怖の象徴たる妖軍団の統領。

俺はそんなお袋に憧れて──そして、その孫に今、殺されようとしている。


『技』に名前はない。

絡新にとっちゃただの喧嘩技。

だが……空間すら穿つそれは、周囲から、畏怖の念を込めてこう呼ばれる。


【入道蜘蛛(にゅうどうぐも)】──と。

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