第34話 ポセイドン様に鏡を返しに行きます

ノア様に黙って海に行ってから、1週間が過ぎた。この1週間、本当に辛かった。やっぱり部屋から出られないと言うのは、苦痛以外何者でもない。


何度か窓から脱出しようとしては、なぜかノア様に見つかっては怒られるのだ。挙句の果てには、窓から逃げられない様、ベニヤ板を打ち付けられる始末。本当に、そこまでしなくてもいいのに…


そんな辛い日々を耐え抜き、やっと今日は部屋から出して貰えるのだ。嬉しくてつい朝早くから、部屋の前でノア様が来るのを待つ。


ガチャリ

と部屋の鍵を開ける音が聞こえた。嬉しくて、そのままノア様に飛びついた。


「おはよう、ステファニー。今日は随分と早起きなんだね」


「おはようございます、ノア様。もちろんです、だって今日は、部屋から出られる日でしょう?さあ、早速朝ご飯を食べたら、海に行きましょう」


まとわりつく私を抱きかかえ、ソファニー座ったノア様。一体どうしたのかしら?


「ステファニー、実は今日、ポセイドンに真実の鏡を返しに行こうと思っているんだ。あの鏡はとても便利だけれど、このまま僕達が持っていてはいけない気がする」


確かにあの鏡はポセイドン様から断罪する為に借りたもの。全てが終わった今、ポセイドン様に返すのが普通よね。


「分かりましたわ。それでは、早く朝食を食べて返しに行きましょう」


2人で手を繋いで食堂へと向かう。ノア様の本当のお母様、王妃様が戻って来てから、極力皆で食事を摂る様にしている。今日も4人で朝食を食べた後、水に濡れてもいいワンピースに着替えて海に向かった。


2人で馬車に乗り込み、海を目指す。ふと上を見上げると、青空広がっていた。そう言えばポセイドン様に初めて会いに行った日は、今にも嵐が来そうなくらい分厚い雲で覆われていたわね。


あの時は本当に必死だったな。そんな事を考えていると


「ステファニー、こっちを向いて」


急にノア様が話しかけて来た。くるりとノア様の方を向くと、そのまま唇を塞がれる。長い長い口付け。相変わらず鼻で息をする事を忘れる私は


「ハーハー」


と息切れを起こすのだ。


「鼻で息をするんだよって、何度言ったらわかるのかな…いい加減学習しようよ」


呆れ顔のノア様。そんな事を言われても、つい忘れてしまうのだ。


「もしかして、口付けの回数が少ないのが問題なのかな。そう言えば、最近忙しくてあまり口付けをしていなかったな。よし、これからは朝昼晩、毎回口付けをしよう」


大きな声で宣言するノア様。別に宣言する程の事ではないと思うが、まあいいか。そんな話をしているうちに、あっという間に海に着いてしまった。護衛騎士たちを岸に残し、2人で海に潜る。


私たちの姿を見つけたキキやリンリン、オクトたちがやって来た。


“ノア、久ぶり。ステファニーも、随分海に来なかったわね”


「皆、元気そうでよかったよ。そう言えば、しばらく王都の海で暮らすんだってね。これからもよろしくね。今日からは毎日海に来る予定だから」


“それ本当?嬉しいわ。また皆で泳げるのね。ねえ、早速王都の海を案内したいのだけれど”


「ごめん、リンリン。今からポセイドンにこの鏡を返しに行く予定なんだ」


“ポセイドン様に?気を付けて行って来てね”


そう言うと、さっさとどこかに行ってしまったリンリン達。ちょっとくらいついて来てくれてもいいのに、薄情ね。


「さあ、そろそろ行こうか。きっと今回も、この真珠がポセイドンの元まで案内してくれるはずだよ」


なぜか物凄いポジティブ思考のノア様。早速2人で手を繋いで、どんどん海の底へと進んでいく。しばらく進むと、目の前には立派な宮殿が見えて来た。あら?もっと奥だった気がするのだけれど…


ノア様も同じ事を思ったのか


「随分とあっさり着いたね」


そう言って苦笑いをしていた。宮殿に入るや否や


”ステファニー、ノア、よく来てくれたわね。さあ、中に入って”


出迎えてくれたのは、アムピトリーテ様だ。すっかり元気になった様で、この前会った時よりもずっと顔色がいい。アムピトリーテ様に案内され中を進んでいくと、奥にはポセイドン様が待っていた。


“よく来たな、ノア、ステファニー”


「ポセイドン、あなたのお陰で、無事王妃とモリージョ公爵を断罪する事が出来ました。ありがとうございます。これ、お借りした真実の鏡です」


ポセイドン様に鏡を返したノア様。


“わざわざ返しに来るなんて、律儀な男だ。それにしても、この鏡があれば今後何かあった時も簡単に解決できるぞ。持っていてはどうだ?”


「いいえ、もうその鏡は必要ありません。これからは自分の目でしっかり見極め、ステファニーと共により良い国を作っていきます。それでも、どうしてもまた鏡が必要になった時は、また鏡を借りに来ても良いでしょうか?」


“ああ、もちろんだ。でも今のお前たちなら、もう鏡を借りに来る事は無さそうだな…”


そう言うと、なぜか寂しそうに笑ったポセイドン様。


“ステファニー、それにノア、またいつでも遊びに来てね。私たちにとって、あなた達は私たちの子供みたいなものなの”


そう言って私とノア様を包み込むように抱きしめてくれたのは、アムピトリーテ様だ。相変わらず優しくて美しい。


「ありがとうございます。また必ず遊びに来ますわ」


“ええ、待っているわね”


「それじゃあ、僕達はこれで」


「ポセイドン様、アムピトリーテ様、本当に色々とありがとうございました」


“必ずまた遊びに来い。待っているからな”


“あなた達なら、より良い国を築いてくれるでしょう。私たちはあなた達の幸せを、海の底から祈っていますからね”


アムピトリーテ様の肩を抱き、私たちに手を振るポセイドン様。今まで見た事がないほど、穏やかな表情だ。きっとあれが彼の本来の姿なのかもしれない。


彼らの姿を見たら、改めて海を守って行かないと、そう強く思った。きっとノア様も、私と同じ事を考えている事だろう。


ポセイドン様、アムピトリーテ様、あなた達の期待を裏切らない様、ノア様と共に海も国も守っていきます。心の中でそっと呟いたステファニーであった。




※次回最終話です。

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