仁香の日課

新奈那珂

第1話 新幹線

 目を覚ましたら、浜松駅まで来ていた。

 早いな。そりゃ、新幹線なのだから当たり前か。


 なるべくゆっくり東京について欲しいから。私は各駅停車の電車に乗って旅をしたのに。


 テーブルの上には指定席の切符がおいてある。新大阪発、東京行き。

 だけど東京から先の行き先はまだ決めていない。

 東京駅についたらどこに行こうか。

 東北へ向かおうか。それとも、高崎へ行こうか。明日はどうしようか。それすらも決めていない。


 そもそもどうして自分は、どうして今こうして新幹線に乗っているのだろうか。何の目的があって東京に向かおうとしているのか。

 そんなことは自分ですら分からない。


 ぐるり、自分の横を見る。

 通路を挟んだ席の向こうには、口を開けて寝ているサラリーマンの男性がいる。

 確か、新大阪出発時点ではキーボードをタカタカ。打刻をしていた。こんな新幹線の旅の途中でもお仕事とはご苦労さまですと思った。

 いや、もしかしたらそのサラリーマンにとっての新幹線というのは、白馬の馬車とかそんなメルヘンなものではなく、地獄へ誘う牛車のようなものなのかもしれない。


 そして仕事が終わったそのサラリーマンは口をあけて気持ちよさそうである。あまりにも気持ち良さそうなので、その大きく開けた口に硬いフランスパンをぶち込んでやりたくなった。


 その前の席にはカップルが2人。

 確か米原駅から乗ってきたのだっけ。が座っていた。

 

 米原駅から乗ってきた時の印象があまりにも強かったので覚えている。男の方はピアスを開けて、髪が前髪にまでかかるぐらいの長髪。私にはワカメをそのまま前髪に垂らしているのかと思った。

 女性は小学生の頃、ダンスの授業でよく使ったポンポンを頭に被ったかのような金色の髪。死体かと思うほど真っ白な顔。そのせいで目立つ墨汁で書いた濃いまつ毛。随分と派手な格好であった。派手な格好であるからこそ、米原から乗ってきた時の衝撃がかなりのものであった。


 他にも数人ほど乗っていた。

 それに私は驚いた。


 私の乗っているのは平日15時発のこだま号である。それなのに30%の席は埋まっていた。

 これならのぞみ号は一体どうなっているのだろうか。


 そういえば、新大阪駅の待合室は自分が椅子に座れないほど混雑をしていた。それならかなりの人が東京へ移動をしているだろう。


 不思議だ。そんな新大阪から東京に移動する用事などあるのだろうか。

 私みたいに何となくこだま号に乗っている人は一体何人いるのだろうか。

 私みたいに居場所がない人は何人いるのだろうか。


 ボンヤリと窓の外を見る。

 そこには沢山の家が流れていく。つまりそれだけの人が住んでいるということ。

 それだけの人が居場所があるということ。


 隣のサラリーマンも、左前の派手なカップルも、他の乗客も帰る場所がある。

 それじゃ、私の帰る場所はどこだろうか?


 窓に映るもう1人の自分に問う。

 もう1人の自分はずっと、ずっと奥の景色をみていた。


 頼むから答えてくれ。もう1人の自分。

 

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