冷酷皇帝は人質王女を溺愛中 なぜかぬいぐるみになって抱かれています

奏 舞音/ビーズログ文庫

プロローグ 冷酷皇帝との結婚



 (お父様が初めてあたえてくれたお役目だもの。和平のためにぎわがあってはいけないわ)



 一歩、一歩、慣れないドレスのすそまないようしんちょうに、フェルリナは大聖堂を歩いていく。

 純白のウエディングドレスにえる、ローズピンクのかみらして。

 そして、まっすぐにびた道の先には、初めて顔を合わせる男がいた。


 れいこくうわさされる、ガルアドていこくこうていヴァルト゠シア゠ガルアド。


 戦場で白銀の髪に血を浴びる姿はかいぶつのようにおそろしく、だれもがきょうで動けなくなるという。

 自分に逆らう者は親兄弟だろうとようしゃなく手にかけ、じんに命をうばう冷酷皇帝。

 今まさに、フェルリナはそんな冷酷皇帝のはなよめになろうとしていた。


 そう。参列者の誰一人ひとりとして笑っておらず、重苦しい空気に包まれているが、これはけっこんしきだ。

 愛する二人を結ぶものではなく、国と国とを結ぶ政略結婚。

 それも、つい最近まで命のやり取りをしていた敵国同士の。


ふるえては、


 きんちょうで震える体を𠮟しっして、フェルリナは足を前へと進める。



 二年前―― セリスれき一六八一年、ルビクス王国とガルアド帝国の戦争がぼっぱつした。

 約一年におよぶ戦争に勝利したのは、ガルアド帝国。

 ところがガルアド帝国は、ルビクス王国を支配せず和平の道を選んだ。ルビクス王国から王女をとつがせることを条件として。

 そして選ばれたのが、ルビクス王国の第三王女フェルリナだった。


 元敵国から嫁いでくる王女に、人々の視線がするどさる。

 その中には国王である父の代わりに参列している兄王子ロイスの姿もあったが、彼の視線はフェルリナにとってはどの視線よりも痛かった。

 まるで欠点を探すように、一挙手一投足をかんされているようで。


 ようやくフェルリナはヴァルトのとなりへたどり着き、ぐっと唇を引き結んで顔を上げる。

 そして、初めて二人の目が合った。

 そのしゅんかん、フェルリナはハッと息をのむ。



(……なんて、きれいなの)



 深い夜のように静かで、美しいダークブルーのひとみから目がはなせない。

 白銀の髪にダークブルーの瞳を持つヴァルトは、怪物というより神話に出てくる神々のように整った顔立ちをしていた。


 まるで固まったように動かないフェルリナにヴァルトがげんそうに首をかしげた時、司祭がこほん、とせきばらいをする。

 そうだ、今は結婚式の最中だった。

 あわててフェルリナは前を向く。


(いけない、お兄様も見ているのに。失態があってはいけないわ。だけど……)


 自身を奮い立たせる一方、フェルリナは心が揺さぶられていることにまどっていた。

 なら、噂に聞いていた冷酷皇帝の姿と目の前の現実は異なっていたから。


 噂はちょうされたものだったのだろうか。いやしかし、国王である父はヴァルトと顔を合わせている。

 冷酷皇帝であることがちがいないからこそ、他の王女ではなくフェルリナをひとじちとして選んだはず。


 何が正しいのか分からず、フェルリナは混乱する。

 それにどうしてか、彼のことが気になってしまう。



「ガルアド帝国皇帝ヴァルト゠シア゠ガルアドとルビクス王国第三王女フェルリナ゠ルビクスの結婚をここに認めます」



 簡略化された司祭の言葉をもって、セリス暦一六八三年、和平のための結婚は成立した。




 ろうえんのない形式だけの結婚式だったため、ルビクス王国側の参列者は早々に帰国していった。

 去り際、兄王子のロイスは声をかけてくることはなかったが、その目は冷たく、「二度とルビクス王国へもどってくるな」と言っているようだった。

 それでも、無事に結婚式を終えたことにあんする。

 そしてフェルリナは隣に立つ夫に初めて声をかけた。


「あの、陛下……」


 しかしとつぜん彼のまとう空気は冷たくなる。その視線は人を射殺せそうなほどに鋭い。

 フェルリナは身がすくみ、続く言葉が出ない。

 何も言わなくなったフェルリナから目をらし、



こうの地位は形だけだ。人質としての自覚を持って過ごすがよい」



 と、ヴァルトはそれだけ言って背を向けた。

 去っていく背を見つめるフェルリナの瞳から、ぽろぽろとなみだこぼちていく。

 ヴァルトは、ふうとして過ごすことなどいっさい考えていない。

 いくら政略結婚であっても夫婦は夫婦だと、フェルリナは期待してしまっていた。

 冷酷皇帝の噂とは異なる姿も見て、ほんの少しだけ。

 しかし、その希望はくだかれ、はっきりと「人質」だと自身の立場を思い知らされてしまった。


(わたし、これからどうすればいいの……?)


 周りを見回すも、誰ももうそこにはいない。

 見知らぬ元敵国で、たよれる者もなく、ただ一人。


 震える体をきしめるのは、自分自身のうでしかなかった。


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