悪役令嬢に転生しました

第17話 カイルとローズ 悪だくみ

「ローズ」


 すっかり、物思いにふけっていた私に復活したらしい兄様がお菓子を差し出しながら私を呼んだ。


「僕はあとしばらくはローズに子供のままでいてほしんだ」

 何を突然?


「私は十分子供ですけど」

「そう言うところだよ。僕の言いたいことがわかっているだろ、同じ年頃の令嬢とお茶会したり、ドレスや宝石をねだったり、公爵令嬢の君ならななんだって手に入れられる。王妃の失脚を画策し、後継者争いに口を挟むような危険なことは僕に任せて欲しい」


 ふーん、駄々っ子のように拗ねてたくせに急に大人びた顔で心配してくれる兄様はやっぱり妹に激甘だ。


「心配をかけてごめんなさい」

 これでも兄様よりずっと経験豊富でチートなのだが、今日は子供のふりをして謝ってあげよう。


 *


「ところで、王妃とサージェ様はどうするおつもりですか?」


 兄様の眉がぴくりと上がる。

 子供らしく、と言った舌の根も乾かないうちにまた首を突っ込んで……という顔だ。


 あれ以来、二人の悪いうわさは市井にも知れ渡るようになっていた。

 私も少しばかり、商人を使ってうわさを流したけれど、今はその比じゃない。賄賂や横領、暴力沙汰まで王族の品位を疑われても仕方のないうわさが、まことしやかに流されている。

 たぶん、お父様の仕業ね。


 これではフェリシアと婚約発表どころではないだろう。前世で推しだった二人が没落するのはちょっとかわいそうだけど、ここは小説の中ではない。国民を蔑ろにし、私腹を肥やすのを許すわけにはいかない。

 推しだったからこそ悪いことを正し、いずれまっとうに生きて欲しい。


「罠にはめるっていうのは冗談としても、お二方を失脚させるのは簡単でしょう?」

「まあ、そうなんだけど、今はちょっと待ってくれるかな。王妃とつながりのあるマクサ侯爵のことを父上が内偵してるが、なにぶん証拠がまだ出そろっていない」

 仕事の早いお父様が手こずっているのなら、よほど上手に証拠となるようなものを隠しているのかしら。


「サージェだけ失脚しても、今の悪事じゃせいぜいが王位継承権の剥奪はくだつだ。息の根を止めないかぎりあの王妃が黙っているとは思えないからね」


「うーん、第一王子が失脚すれば、王妃様がクレイドに毒を盛る理由がなくなるんじゃないかと思ったんだけど。やっぱりクレイドを銀の騎士様に送り届けるしかないのかな」

 さてどう動くか……。


 クレイドの名前を聞いて、兄様の顔がいっきに曇る。


「彼のことは今まで聞いたことがなかったけれど、なにか思い出したのかい?」

「いいえ、彼は立派なモブです。先日も言いましたがそのうち毒殺されます」

「どうしても、放っておけない?」

「はい。もう約束してしまいましたから」

 それに、推し認定したし。


「はぁ……」

 兄様は長い長いため息をつくと「仕方ないな」とつぶやいて、もう一つ短いため息をついた。


「婚約の話はなしだ。それなら協力してもいい」

「本当ですか! お兄様が味方なら心強いです」

 覚醒かくせいした彼が、アルデンヌ公爵家の味方になれば万が一シナリオ通りに進んでも、うちが没落することはないだろう。


「で、なんでクレイド殿下をフローズン卿に引き合わせたんだ?」

「お兄様、ここだけの話クレイドには秘密裏ひみつりにあの金の瞳を覚醒してもらおうと思っているのです」


 *


 私が手短に銀狼と金竜の話をすると、兄様は珍しく目を見開いて驚いている。

 いつも何かを企んでいる顔はどこか冷めていて、笑顔すら陰謀に満ちているのに驚いた顔は思いのほか歳相応に見えた。


「ローズ、なんでこんな重要なことを今まで教えてくれなかったんだい?」

 正気に戻ったお兄様がちょっと怒ったように口を曲げる。

 今さらそんな顔をしてもダメです。


 驚いた顔があまりにかわいくて、心の中でフリフリのドレスを着せると、兄様に伝わったようでツンと、おでこをつつかれた。


「だって、彼はモブなんです。会うこともないと思っていたし、金竜なんてファンタジー感を盛り上げる要素の一つでしかないんですよ」

「意味が分からん」

「竜のいる世界が好きって読者がいっぱいいるんです」

「へー」

 と、お兄様はどうでもいいのか、投げやりに相槌を打つ。

 理解しようとするのやめましたね。

 まあ、いいでしょう。


「それで、クレイド殿下の力は具体的に何なんだ?」

「わかりません」

 私の返事が気に入らないようで、お兄様の眉間のしわがすごいことになった。


「だって、覚醒する前に毒殺されましたし」

「そうか……。これはお父様に報告案件だな。どちらにしろどんな力なのか探らないと。覚醒させるのはそれからだ」


「えー」

 調べ物は不得意なんだけど。


「それよりも、フローズン卿に協力を頼んだ方が早いのでは?」

「ローズ。王家の覚醒はここ数百年実現していない。夢物語と一緒だ。それでも現王はクレイドのことを疎ましく思い冷遇している。覚醒の可能性があることが知られれば、王妃ではなく国王の暗殺部隊にすぐにでも始末されかねない」

 そんなに?



「とにかくローズは、しばらく大人しくしていること。気づいてないかもしれないけど、サージェを完全に失脚させたり、クレイドを覚醒させたりして一番困るのはローズだからね?」

「私?」

 別にまったく困ることは思い浮かばないけれど?


「まあ、僕に任せておけばいいよ」

「いったい何でですか? ここまで言ったんだから教えてください。気になります」

 兄様は、フフフと挑発するように笑うとテラスに視線を移し、真っ青に広がる空を見つめた。


「お兄様?」


「ローズ、君の告白を聞いて明日でちょうど4年になるね」


 何を急に?


 その言葉に私と同じ真っ赤な髪の端正な横顔を見上げた。

 キラキラ光る赤い宝石のような瞳は、アルデンヌ領地から見たあの時の空を思い出しているのだろうか。




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