第13話 お兄様がすねる

「お兄様」

「……」

「お兄様」

「何?  今忙しいからゆっくりお茶を飲んで待っていてよ」

 一緒にお茶をしようと誘ったのは兄様なのに、私が部屋に来てからもずっとお父様から任されている仕事を続けている。

 春バラ茶会から帰って来てすでに1週間、子供じみた態度でツンケンしているのだ。

 よっぽどクレイドのプロポーズがお気に召さなかったらしい。

 大丈夫ですよ。

 私の一番の推しはお兄様ですから。



「あの第五王子様は数年後毒殺されてしまうんですよ。それがわかっていて放っておけないでしょ」

 それに好きか嫌いかは関係なく、貴族の娘に生まれたからには、いずれ家の利益になる人間と結婚しなくちゃならないのだ。

 それは跡取りのお兄様も同じだ。


「そうか。それは残念だね。でも、王族なんてそんなもんだ。今ローズが助けてあげても、自力で何とかできない奴はすぐまた危険な目にあって死ぬ」

「それはそうですが彼はまだ14歳ですよ、誰かに守られていい年齢です」


「だからといって婚約して結婚してやる必要はないだろ。昔はお兄様と結婚するって言ってたじゃないか。ちょっと目を離したすきに悪い虫がついて」

 上目遣いに、キュッと尖った口で睨まれても、可愛いしか出てこないんですけど。この人一体いくつまでショタキャラなんだろう。

 それに本気ですねているのがわかるので、なおさらたちが悪い。


「確かに、昔はそう言っていました。でも私も大人になったのです。今は大好きな人と結婚する予定ですから」

 兄様をメロメロにする作戦の一つで、「お兄様と結婚する」は常套句じょうとうくとしてことあるごとに言っていたけど。そんな昔のことを今でも持ち出してくるなんて成長しなさすぎというか、メロメロ作戦成功しすぎ。


「あいつが大好きなのか? くそっ。すぐにこの世から葬ってやる」

「あいつって、クレイド様のことですか? いくらお兄様でも言葉が過ぎますよ。それに結婚じゃなくて婚約です。いろいろ都合がいいので。クレイド様が自立するまでの便宜上ですから」

「本当だね。僕のことが一番大好きってことで」

「ええ、大好きですよ。家族として。お忘れかもしれませんが、この国では兄妹の結婚は認められていません」


「ふん、昔は可愛かったのにな」

「今もかわいいですよ」

「当たり前だ。とにかく、14歳で政略でも婚約とか結婚を考えるのは早すぎだし、お父様と僕が認める相手じゃないとローズはお嫁に出さないから」

「じゃあ、好きな人ができたらお母様に言います」

「ローズ!」

 兄様はウルウルと目じりに涙をためた。

「ああ、もう。その顔やめて、私が悪者みたいじゃない」


「何度も言いますが、本気で結婚したいわけじゃないです。第五王子が暗殺されなければ手段は何でもいいんですから。いっそのこと、罠にはめてサージェ様とフェリシア様を失脚させるか……もっと確実に王妃様を消す?」

 私は、不機嫌にガシャンと持っていたカップをソーサに戻した。

 いつまでも駄々っ子に付き合っていられない。

 そもそも、推しは遠くからでるから尊いのだ。推しと結婚したい訳じゃない。


 兄様は「はぁ」とため息をつきペンを置いて私が座っている執務室のソファーまで優雅に歩いて来ると向かいに座った。

 私の拗ねた顔をしげしげと眺めた後、もう一つため息をついて腕組みをしたまま目をつぶる。


 わざとらしいため息に反論しようものなら、長々とまた泣き言を聞かなければならない。今日はもう愚痴を聞く気分ではないので、固まったように動かなくなったカイル兄様の長いまつ毛を見ながら、気分を変えるために私は次に起こるイベントのことを考えることにした。


 本当なら断罪後のイベントは、皇太子となったサージェ様と婚約者となったフェリシア様の婚約式だが、そう簡単に進ませない。


 公爵家出入りの商人に茶会での出来事を聞かせ噂を流させた。兄様が会場にいる貴族に口止めしてくれたおかげで、誰も事実を確認できない。噂は尾ひれがつき瞬く間に、サージェ様とフェリシア様の評判が落ちていく。


 いまだ、王妃様も婚約に反対しているようなので、挽回にはかなりの時間が掛かるだろう。



 少しは、エレノア様の気晴らしになっただろうか?


 *


 春バラ茶会から数日たち、自分でも意外だが、私はまだエレノア様のことを引きずっていた。

 冷静になって考えると、断罪イベント自体を阻止することはいくらでもできたはずだと、ふとした瞬間頭をよぎる。


 エレノア様はいろんなことをしでかしており婚約破棄されても仕方ない。

 小説の中では絶対に必要なシーンで、内々に済ますことを少しも考えなかった。

 そして、私が何より断罪イベントを鑑賞したかったから……。


 希望通り、鑑賞できて満足なはずなのに、ちっとも楽しくなかった。

 あの時のエレノア様の顔がちらつく。


 小説では主人公さえハッピーエンドになればいい、悪役令嬢がどんなに不幸でも読者はストーリーを盛り上げるエピソードとしか認識しない。

 しかし、ここは現実。自分達の都合を押し付けたり、愛を貫く為に人を不幸にし、晒し者にするなんて人として間違っている。


 そうわかっていたはずなのに、ストーリーから離れて手を差し伸べるのを迷ってしまった。

 私自身悪役令嬢から逃げようともがいているのに。

 反省しよう。

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