第9話 不遇の王子と銀の騎士 ✳︎

「挨拶が遅れて申し訳ありません」

 会場を移動するため、動き回っていたメイド達を指示していた女官長がうやうやしく頭を下げた。

 藍色のお仕着せも、彼女の地位が高いことを示していてとても上等そうだ。

 顔に刻まれた皺は、声から受ける印象より年齢が上であることを感じさせる。


 さっきまで私たちなど目に入っていないように無関心を装っていたのに、キラキラが私の腕を掴んだのを見て、知らんぷりを決め込んでいられなくなったのだろう。


「何かご要望はございますか? 急遽会場を移動することになりましたので、落ち着ける場所に席をご用意致しましょうか?」

 彼女の仕切るこの会場で、これ以上の厄介ごとを起こしたくないのが見え見えだし、言葉はお伺いを立てているように聞こえるが、邪魔だから移動してください。という圧が感じられる。


 しかも、私達2人に向けられた言葉のようで、彼女の目線から私が答えるだろうと思っているようだった。

 明らかに第五王子の方が私より身元もはっきりして身分も高いのに彼にはその権限がないとでも言っているような態度に、ちょっとカチンとくる。

 こんなとこサッサと移動したかったが、キラキラの権力が頼りにならない以上、私の指示で部屋を用意することになる。それは不法侵入の私には非常にまずい。


「お兄様にここで待つように言われたので、大丈夫です」

 こういう時は虎の威を借るのが一番。


「かしこまりました。何かございましたら申し付け下さい」

「では一つだけ、あそこに待機している銀の騎士様を呼んでいただけますか?」

「銀の騎士様ですか?」

 今度はあからさまに片方の眉が上がる。


 彼は若干20歳にしてこの国の英雄。

 フローズン辺境伯の息子である。バーンズ領の北にはスクワッズ山脈があり、長い間、隣国にそこに眠る鉱山資源を詐取されていたが武力制圧に成功したのだ。次の建国際には領主の定まっていないスクワッズ山脈を受け賜ると噂されている。さらに今は唯一の「銀の騎士」の称号を持っている。

 社交界デビューもしていないひよっこが呼びつけていい相手ではないのは言うまでもない。


「お嬢様、騎士様とはお知合いですか?」

「あなたにそれを教える必要があるかしら?」

 私は、ちょっと上から目線で女官長に答えた。

 カイル兄様の腹黒さを見たばかりである、強く出れば従うはず。


「でも、しかし……」とブツブツ言いながらも、反論が見つからなかったようで「では、少々お待ちを」としぶしぶ騎士の所に歩いて行った。


「あいつと知り合いか?」

「いいえ、初めて会うけど」

 彼は1巻ではモブ同然の扱いだけれど、2巻では主要人物の一人になる。


「大丈夫」

 クレイドが毒殺されるまでには、まだ時間がある。助けると決めたからには有力な味方は多い方がいい。

 今日銀の騎士と接点を持つことができればラッキーだ。このチャンスを逃す手はない。


 *



「クレイド殿下、お目にかかれて光栄です」

 胸に手を当て、騎士の礼をとる彼にクレイドは無表情に頷いただけだった。彼の正体を知っているので、2人の対面にはちょっとドキドキしてしまう。


「ローズ・アルデンヌです。様にお会いできて嬉しいです。」

「ごあいさつ申し上げます。ローズ様」

 私は、きちんと椅子から立ち上がり手を差し出す。


 銀の騎士は流れるように優雅に私の手をとり口付けした。

 私の身長が低いので、跪いてこうべを垂れる姿はまるで忠誠を誓われているように見えただろう。

 エモいシーンに見えるの間違いなし。スチルに残したいわぁ。



 少し青みがかった銀髪が目の前でふわりと揺れて、ワシャワシャと両手で撫で回したらどんなに気持ちいいだろうと想像してしまい、頭から目が離せなかった。


「おい」

 クレイドが不機嫌そうに私に声をかける。

 ごめんごめん、見とれてる場合じゃなかった。


「今日はお二人でお茶会ですか?」

 そんなわけがないでしょう。

 どう見ても私たちは場違いだ。

 嫌味なのか、興味がないのか……様子見なのか今の段階では判断できないが「騎士様もどうぞ」と私は素知らぬ顔で席を進めた。


「いいえ、私は職務中ですのでこれで失礼します」

「待ってください。様にお願いがあるのです」

「ジルバではございません。どうか私のことはフローズン卿とお呼びください」

 チェッ。誰も名前で呼んだのに無反応か。

 こんな小娘のお誘いには乗ってくれないという事ですね。


「お願いとはどのような御用でしょうか。できることといえば剣術くらいです。無作法な私よりもお兄様にお願いされた方がよろしいのでは?」

 愛想笑いの一つも見せない、完璧な塩対応だ。


「いいえこれは、フローズン卿にしか頼めないお願いです。どうかクレイド様の為に金竜を探して欲しいのです」

「……」

「!」

 ドカンと爆弾発言したつもりだったんだけど、フローズン卿の鉄壁の仮面はがれ落ちることはない。一方でクレイドは飲んでいた紅茶が気管に入ってしまったようで、ゲホゲホとむせている。

 うん、このくらいの反応を返してくれると嬉しいよ。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る