第3話 断罪を物陰から鑑賞中です

 ゲッ、まじ!

 殿下の言葉で、皆一斉にこちらを振り返る。

 私は咄嗟に隠れたので、誰にも見つかってはいない……はず。


「そうですか、何か手違いがあったようですわね。あとで王妃様のお庭に運ぶように言いつけておきましょう」

 手違いというか、公爵家でこの端っこの位置。絶対に故意でしょ。


「手違いなどではない、だから君の席も彼の横だ」

 彼といわれたのは見たことのない。背が高くてがっしりとした体格のいかにも騎士といった青年だった。顔は悪くはないが、日に焼けてどこかあか抜けない印象だ。

 この人モブだね。


「なぜ私が、殿下と同じテーブルではないのです?」

 やっと、自分がないがしろにされているという事がわかったのか、エレノア様は、持っていた扇を閉じてパシンと自分の手を叩いた。

 それでなくても鋭い目つきが、吊り上がった眉のせいでなおさらきつい顔つきになっている。


「なぜ? これはおかしなことを言う。母上に贈られる薔薇の色を当てることを本気で余興だと思っているものはこの会場で誰一人いない。何せ不正解なら招待状はないんだからな」

 薔薇の色を予測すると令息はすぐさま殿下に簡書を出し、招待状が返ってくれば正解だ。もちろん、正解した順を考慮し席順が決められる。


「そんなこと、わたくしだって知っております。でも、令嬢の場合は婚約者がいればそんなもの必要ないはず」

「確かに、お前は今のところ私の婚約者だが、それが王妃に逆らっていいという事になるのか?」

「何をおっしゃいますの? わたくしが王妃様に逆らうわけがございませんでしょ」

「では何故この場に赤いドレスなど着て来たのだ?」


「まあ、サージェ様。レディのドレスをつくるには時間がかかりますの。赤薔薇は私が一番好きな色。王妃様もきっと私のようだとお許しくださるでしょう」

「………」

 何とも言えない空気が会場を漂っているが、エレノア様は全く気に留めていないようだった。


 令嬢の場合は、席は身分によって決められるので、薔薇の色を正解しさえすればいい。最も重要なことは王妃様が身に着ける薔薇の色以外でドレスを作るという事だけだ。


 さすがですエレノア様。私は心の中で拍手を送った。


「ククククク、エレノア。厚顔無恥とは君のことを言うんだね。知らないなら教えてあげよう。昔は王妃が髪に挿す薔薇と同じ色のドレスを着ることは名誉でもあった」

「やはりそうですね。私も王妃様と御一緒なんて光栄ですわ」


「だが、ある年王妃が身につけた薔薇と同じ色のドレスを着た令嬢は一人しかいなかった。その令嬢は王の目に留まり側室となったのちに王妃を毒殺する。それ以来、この春バラ茶会では、王妃と同じ薔薇を髪に挿すのも同じ色のドレスを着るのもタブーとされているんだ」


「そんなこと知りませんでした」





 私は小説を読んで知っていましたよ。でも、それは本当に昔々の話で、今の王妃様でさえ知らないかもしれないくらい昔のこと。兄様に確認したけど、そんな話は聞いたことがないと言ってたし。

 これは殿下がヒロインちゃんと茶会を楽しむために、邪魔なエレノア様を自分のテーブルから遠ざけるため、わざと今年の薔薇の色を教えなかったエピソードだ。

 読んでいる時は気づかなかったけど、目の前で見ると結構殿下って嫌な奴だったのね。

 王子様キャラが嫌な奴って予想以上にがっかりかも。


「公爵家の令嬢が知らない? そんなことあるのかな?」

 殿下はニヤリと意地悪そうな顔をしてツカツカとさっきエレノア様に指さしたテーブルの席の前で立ち止まり、椅子を引いた。

 いやいや、その顔まるで悪役だよ!


「私も鬼じゃない、今日はこの席にずっとおとなしく座っていなさい。そうすれば、王妃が来ても君に目を止めることはないだろう」


「そんな、殿下わたくしにずっとこんな末席に座っていろと!」


「私は今すぐ君が帰ってくれてもどちらでもいいよ。ただ、これ以上の我儘はもう我慢ができない」


 あ、この流れ、あのセリフを言うのね。

 ちょっと期待通りのワクワクなシーンではないけれど、ここは絶対に見逃せない。固唾を飲んで見守っていると、後ろから咎めるように声が掛けられる。


「そこで何をしている」

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