第7話 不遇の王子はキラキラでした

「さあ、見世物も終わったみたいだし、ゆっくりと話をしようか」

「えーと、お話ですか?」

 私には一ミリたりともお話したいことはないけれど。

 助けを求める様に兄様に片手で小さく手招きして合図を送るが、どうやらエレノア様に付き添うようで、口パクで「そこにいて」と言い残して行ってしまう。

 もしかして薔薇の生垣が邪魔で私の後ろのキラキラに気づかなかったの?


「待っていろだってさ、そこに座ろう」

 キラキラはニコリともせずに誰も手を付けないままのお茶会のテーブルを指した。


 え! 

 あんな四方から目立つところで二人きり? 

 それはイヤ。

 ブンブンと首を振ったけれど、眉間に刻まれた皺と無言の圧力を感じ、言葉にして拒否できない。

 こいつ見た目キラキラのくせに圧が暗い。


 片手を捕まれ引きずられるようにしてテーブルに座っても、見張の兵士も会場を片付けようとする使用人も誰一人私たちに声をかける人物はいない。

 それはそうだ、今まさに真っ黒な断罪劇の主役を演じたカイル兄様と同じゆるふわの真っ赤な髪に、双子かと思うほどそっくりな容姿なのだ。誰もが関わりたくないと思っているはずである。

 そしてキラキラの容姿からも間違いようもなく、この人物は小説の不幸担当のモブキャラ王子だ。



「好きなものを食え」

 まるで自分主催のお茶会だとでも言いそうなくらい横柄な態度にムッとしたが、心当たりの人物だと面倒なので、返事をせずに令嬢スマイルを返すだけにした。

 招待もされていない茶会の料理を平気でつまめるほど図太くはないので目の前のキラキラをじっくり観察する。


 キラキラは自らティーポットを持つと慣れた手つきで二つお茶を淹れ、私の視線など気にとめずに、綺麗な所作でカップを持つと一口お茶を飲んだ。


 黄金色の瞳は無表情でなんの期待も写していないくせに、無駄にオーラがキラキラで素肌は陶器でできた人形のように綺麗だった。

 この顔、完璧に推せる!

 しかも、このツンな態度、間違いなく恋愛対象にはデレでしょう。


 イイ。


 もう少し育てば尊いのは確実。

 推せる。


 しかし、しかしである。この少年、第五王子クレイド様だ。


「薔薇の乙女に花冠を」では不遇の王子として出て来る。生まれてすぐに母を亡くし、後ろ盾であるはずの母の実家は子爵家で、しかも第二王子派。


 本当なら王位継承争いに無関係の立ち位置で、のんびりと暮らせる。

 それが、王家特有の金色の瞳をただ一人だけ持って生まれたせいで、正妃ほか側室からも疎まれ常に暗殺の危機に直面することになった。


 誰も味方のいない中、自ら暗殺者を返り討ちにしてきたという強者だが、私が学園に入学してすぐに毒殺されていたはずで、文字通り彼の命は風前の灯火なのだ。


 二次元ならともかく現実で推しに死なれるとか、生きていける気がしない。

 よって却下。

 かかわらないこと決定。



 それにしても嫌だな、なんでこんな所で会っちゃったんだろう。会った事がなければ小説の中のモブに過ぎないのに、こんなふうにお茶まで淹れてもらっては知り合いになってしまう。

 私は目の前に置かれたカップから立ち上る湯気をじっと見つめた。

 このままお茶を飲まなければ無関係の他人のままでいられるだろうか?


 くだらない事を考えていると、ゆっくりと沈黙の時間が過ぎ去っていき、不思議なことにその時間がそれほど居心地悪くないと思えてくる。

 沈黙が苦痛じゃないなんて、意外に相性がいいのかも……。

 相手もそう思てくれていれば、もしかして何故ここにいたか、どうやって入り込んだのか追及されずに済むかもしれない。


「どうして飲まないんだ。毒など入っていないぞ。冷めたから淹れなおしてほしいのか?」

「とんでもありません。い、いただきます」

 王子自ら淹れてくれたのだ、やっぱり飲まないわけにはいかないらしい。私は「ふー」と息を吐き両手でカップを持つといっきにそれを飲み干した。実は喉が渇いていたのだ。


「甘い」

 そうつぶやいてそっとカップを置くと、キラキラの口の端がかすかに上がったような気がした。

 うぅ、やめて。そのフラグがたちそうな尊いデレ。

 気のせい、気のせい。

 今、私は尊い笑みなんかみていない。



「それで、どうやってここに入り込んだんだ?」

 やっぱり聞くのね。

 しかも、いじけモードのツンで!

 心なしか、声に棘がなくなって、迷子の猫にでも話しかけているようよ。

 どうしよう。

 思いっきりお顔を覗き込んで、おでこをコッツンしたい。


 駄目駄目、それやったら変態確定だから。

 心を強く持て!



 私は深呼吸をひとつして「お兄様について来ました」とすまして答えた。


「さっきお前の兄がどうやって入ったか聞いていただろ」

 チェ、そこからもう見られてたのか。


「そうです。カイル兄様について来ましたが、入れてもらえなかったのでお父様に頼んで入れてもらいました」

 なんたってこの国の公爵であり宰相だ。娘一人茶会に出席させても文句は言われない、はず。王宮のどこにいるか知らないけれど、確認しに行くなんてできないだろうし。


「宰相が権力の乱用をするとは思わなかったな」

 しっぽを掴んだぞとても言いたそうに、楽しそうに嫌味を言う。


 うぅぅ。

 これ以上ツン攻めしないで……。

 キラキラとは関わらない。キラキラとは関わらない。と私は心の中で唱えた。


 不遇の立場で孤立していても、私が宰相の娘だって気づいてたんだ。もちろん私のことなんか知らないはずだから、第一王子の取り巻きの兄様を知っているんだろう。

 なんとか、この場から立ち去りたいが、いまだ兄様は戻ってこない。

 このままじゃ私、このキラキラを推しちゃいそうだわ。





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