第36話 私たちの明日が動き出す(晴日視点)

「晴日さんがついにチートを使ってしまいそうな件について!!」

「……晴日さん、もう私、文字が霞んで読めません。疲れ目のその先……ネクストレベルに来てる気がします」

「ねえねえ、桜ちゃん、聞いてた? もう私、チート使っていいかな。サイトに繋がらないんだけど」


 隼人さんが舞台に復帰して、他の劇団の舞台に出る事になった。

 これがもう、すっごくサイトに繋がらない。

 画面が真っ白で動かないんだけど、どーすればいいの?

 ねーねーどうすればいいと思う? 

 横を向いて聞いたら、桜ちゃんがキィィと叫んで私の方を見た。


「旦那の舞台なんて、旦那からチケット貰ってくださいよ!! こっちはもう文字が小さすぎて読めないって言ってるんですよ!!」

「徹夜とかするからだよー。やっぱり夜はちゃんと寝ないと?」

「くそっ……死ぬほどムカつく。まさかおにぎり屋の隼人さんが楠さんで、晴日さんが結婚するなんて……そして健康的な生活を手に入れるなんて……!」

「もう旦那さまだし、チケット貰ってもチートじゃないかな?」

「うぜええええええ」


 桜ちゃんはターーーンとエンターキーを押して机に倒れこんだ。

 勢いと共に改行しすぎてレイアウトが死ぬほど崩れた。

 ……死。

 私は机に倒れこんだ桜ちゃんに毛布をかけた。

 あとは私がやっておこう。君の魂は私が受け継ぐよ……。


 あのプロポーズから二か月、私と隼人さんは結婚して、会社とおにぎり屋の近くのマンションに新居を構えた。

 2LDKのお部屋からは大きな公園が見えて、日当たりも最高だ。

 隼人さんが「ダメ、細すぎ。もっと食べるべき」と言い始めて、私は8年間続いている悪しき習慣……2時間睡眠6時間労働を変えようともがいている。

「俺だって10年ぶりに舞台に立ってるんだ。晴日もできるはず」と「あ! そうですね!」と一瞬納得するようなことを言うが、よく考えたらあまり関係がない気がする。なんか私上手に騙されてる気がする。

 結婚してから気が付いたんだけど……隼人さんって押しが強いのでは?


 結婚式はお金かかるからしなくてよいですよ~と言ったのに「晴日の花嫁姿を見る。絶対する」と言って譲らず、結局ブラック神主の神社で挙げる事になってしまった。

 なんでえええ???? よりにもよってなんであそこ?????

 たしかにあそこは式も挙げられる小さなホールもあるし、実家から近いし、みんな来やすいけど、ブラック神主に見守られて結婚するのマジで怖いんだけど。

 でも「もう決めたから」と日取りから準備から送り状の準備まで隼人さんがテキパキこなしている。

 当日来るだけで良い花嫁とは……?

 私は隼人さんが準備した招待客リストを確認しただけだ。

 そしてそのリストは完璧だった。どうして高校時代の恩師とかまで網羅してるの……と思ったら、楓さんとLINEで繋がっているようだ。

 隼人さんと楓さんとか、私が出る幕なしだ。

 あの二人は最強主婦感ある。


 そこまでしてもらって「私は何も変わりません」ってわけにいかない。

 だからちゃんと夜ごはんを一緒に食べて(多くはそのまま再び出社するけど、24時には帰って)朝6時半に一緒に朝ごはんを食べている。

 正直8年身体にしみ込んだサイクルを変えるのは難しくて、夜中に目が覚めたりするけど、そのたびに隼人さんが優しく抱き寄せてくれて、再び眠っている。

 隼人さんに抱っこされるとすぐに眠くなって……睡眠サイクルを整えると、あの何をしても起きられない時は減ってきた。

 隼人さんは「つまらないな」と笑っていたけれど、朝ごはんや夜ごはんを一緒に食べるのは本当に幸せで、嬉しい。

 

 ゆえに私は朝8時前には出社して徹夜明けの桜ちゃんの仕事を手伝っている。

 うちの会社は基本的に2年で異動なので、桜ちゃんはもうすぐ部署変更になると思う。

 色んな雑誌を経験することで、急な欠員に対応するため、あと癒着を無くすためだ。

 私は上司から昇進試験を受けるように言われて、先日合格。

 係長になり、今の部署に残ることになった。

 理由はミサキのマネージャーとしての仕事が増えてきているからだ。

 読モや芸能人と多く接するこの部署に、私のようにドラゴンに強い人間がいるのは会社的に助かるようで、きっと数年このままだ。

 読モの管理もミサキと一緒に居られるのも楽しいから、大歓迎だ。

 ミサキも陵も、私の結婚式には絶対来ると気合いを入れている。

 結婚式は5月でまだ先なんだけど……いいえ、別になんか大ごとになりそう……とか思ってないです……。


「よし、と」


 私は原稿を書き終えた。

 それをデザイナーさんに送る。

 今日はこのまま取材と撮影と、ミサキの衣装チェック……19時には終わらせて隼人さんと出かけるのだ。

 なんと隼人さんのご両親が帰国されるので、初めて挨拶することになっている。

 はああ……美容院いく暇なかった!!








「はじめまして、晴日です」

「きゃああああ可愛い小さい! はじめまして! 隼人の母です。お父さんお父さん、可愛い子ですよ」


 指定されたのは老舗の和食屋さんだった。

 個室に通されると、もう隼人さんのお父さんとお母さんが待っていた。

 お母さんはお父さんと同じようにフランスで音楽の教師をされていると聞いた。

 髪の毛が腰近くまであり、ものすごく美人さんだ……。

 お父さんは隼人さんに似た体がものすごく大きい方だった。


「はじめまして。隼人の父です」

「はじめまして。よろしくお願いします」


 私は隼人さんのお父さんの声に驚いた。

 すっっっっごい……。隼人さんより西久保さんよりすごく『濃い声』だ。

 会えると知って色々調べてきたのだが、フランスでは有名な歌劇団に日本人で唯一出演し続けている方だった。

 映像も見て「ひええええ!!」と思ってたけど、実際の声を聞かせて頂くと「ふええええ」と悲鳴が出そうになる。

 それにお父さんなだけあって、系統が隼人さんと同じで素晴らしい声……。

 

「隼人が世話になったようだ。これからも頼む」

「はい!」


 私は背筋を伸ばした。

 目を細めて笑う所が、隼人さんに似ていて……年齢を重ねたらこういう風になるんだあ……と思った。

 横で一緒に年を重ねられたら幸せに違いない。

 あ、私もう結婚したから重ねられるんだ。

 すっごく幸せだ……。

 お母さんがスススと近づいてきて口を開く。ふわりと高貴な香りがする。


「あんな風に偉そうにしてますけどね、隼人が結婚するって聞いた時に窓全開にして乾杯の歌を歌い始めちゃて大変だったのよ」

「ん」


 お母さんがコソコソと耳打ちしてくれたのを、お父さんが咳払い一つで止める。

 オペラ全然詳しくないから、あとで調べてみようと思う。

 でも乾杯ってついてるからきっと喜んでくれたのだろう。


「私たち、一年のほとんどを海外で過ごしてるから、隼人の事はおばあちゃんに任せっきりで……」


 お母さんはうつむいて言葉を濁す。

 事故の事だろう。房江さんは母方の祖母らしい。

 私は口を開く。


「この前一緒に隼人さんの舞台を見に行ったんです。房江さん一年ぶりに髪の毛カットして、オシャレされたんですよ」

「まあ、すてき。今日私も行ってきたんだけど、寝てて会えなかったわ……」


 お母さんは私が見せた写真を嬉しそうに見た。

 そこには隼人さんと劇団の人たち、それに私と房江さんが写っている写真だ。

 この前塩野さんの舞台を見に行ったのだ。

 房江さんは目を輝かせて舞台を見ていて、言ったのだ。

「とっても素敵な俳優さん……楠さんって方のファンになったわ」って。

 私は泣けて仕方なくて写真顔はマックスレベルにブサイクだけど、本当に良かった。


 お母さんたちは明日にはアメリカに行くのだと言い、私の手を取った。

「結婚式に出られなくてごめんなさい。また来年来るときお話しましょうね。あ、LINE教えてください?」

 私とお母さんは気が合いそうだ。

 連絡先を交換して、二人は戻って行った。







「……疲れた」


 隼人さんは家に帰ってきて、ソファに座り込んだ。

 どんな時もわりと余裕があるように見せる隼人さんがこんなに疲れているのは初めて見たかも知れない。

 なんなら紅の後も少し仮眠して運転して帰ったくらい体力があるのに。

 でも久しぶりに会う肉親というのは、気を使うものだろう。

 私はソファに乗り、よじよじと隼人さんにのぼる。

 言葉は悪いが、体格差がありすぎて、抱きつこうとするとのぼることになる。

 隼人さんは私の背中を優しく抱き寄せた。


「おつかれさまでした、隼人さん」

「……もう結婚して二か月、出会って一年以上一緒にいるのに、どうして隼人『さん』なんだ」

「……年上ですし?」

「晴日」

 隼人さんが私の両方の頬を優しく包んで、耳元にキスをする。

 ずるい……。

 そして私の目を覗き込んで「言って?」と目を覗き込む。

「は……は…………はや………………たん……」

「??」

「隼人さんは、はやたん!!!」

 適当に言い逃れして、私は逃げ出そうとした。 

 しかし逃げきれるはずもなく、私はソファに押し倒される。

 隼人さんは顔をクシャクシャにして笑っている。

 私はその笑顔が素敵で、両方の頬を優しく包んで下からキスをした。


「隼人が好きです。だーいすき」

「!!」


 そう言ったら隼人さんが全体重を私に乗せて潰れた。

 おっも! でっか!! くるしっ!!!

 隼人さんはすぐに体勢を戻して、私を抱き寄せる。

 顔を見ると、恥ずかしそうに目をそらした。

 旦那さま、可愛すぎる……!!

 私は再びよじよじと隼人さんにのぼって言った。


「私のことは、はるたんでもいいですよ?」

「……そんなこと言えるか」

「どうぞ、言ってみてください」

「言えるか!」


 私たちはソファでゴロゴロして笑いあった。

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