第6話 花束の真実


「こんな堂々と書いてあるなんて……」


 私は『黄色天狗=美空社・小清水晴日さん』と書かれた紙をみてため息をついた。

 気が付かれてないと思ってウキウキしてた姿を見られてたなんて恥ずかしすぎる!!

 今度機会があったら、ちゃんと聞こう。

 隼人さんのことが気になるんです、お花をプレゼントしてるのは彼女ですかって。

 ……そんなの告白じゃね? どうして花を買っていることを知ってるんだ? と、思うよね? 怖いから部屋から出て行ってくれって言われるのでは? 

 よっしゃ、夜後ろをついていってどこに行くか調べよ。

 ……マジ物のストーカーじゃね? 今すぐ部屋から出て行ってくれって言われるのでは?

 ダメだ。中途半端なことを言うと自らのストーカーを暴露することになって追放されてしまう。ストーキングしてたせいで知っていることが多くて、むしろ踏み出せない。


 あああああ……よし、靴飛ばししよ。


 私は思考を捨てた。

 というか、優しくてカッコ良いから近くで見たいし、なにより声が聞きたいだけなのだ。別に付き合いたいとか、そんなんじゃ……ないもん!

 断じて違う! そう考えないと心が死ぬ!!


 天狗を脱ぎ捨てて逃げてきたのは、神社の近くにある公園だ。

 銀杏の木があるので毎年桜ちゃんと拾いに来ているんだけど、大きなブランコがある。

 目の前は広場なので、たまにきて桜ちゃんと靴飛ばし対決している。

 私は靴飛ばしが好きだ。うまく飛んでいくとスッキリする。

 子どもかよ?! というツッコミは無用。

 だって実家にいる楓さんの子どもたち二人と一緒にやってることだからね、私がどーのこーのじゃない、子どもと遊んでるんです、現役で!

「よしっ!」

 気合いを入れてブランコを漕ぎ始める。一番後ろに立って、足を空に向かって思いっきり伸ばす。重力に逆らって身体がふわりと浮く。もう正直この時点で最高に楽しい。

 パラパラ雨が降り始めた最悪の天気で、公園には誰もいない。

 思いっきり靴を投げ飛ばすと、かなり遠くまで飛んだ。あの木の向こうまでいくのは割と良いぞ。

 やっぱり底が重い靴はよく飛ぶ。けんけんして靴を拾いに行ったら、丁度小学生がきた。

 あれ、この子……お祭りの時に私を蹴とばした子では?

 男の子はけんけんして移動している私を見て「ははっ」とバカにするように笑った。


「大人なのに靴飛ばししてんの?」

「フォフォフォフォフォフォ、天狗に殴られたケツは痛むかね?」

「あっ、お前さっきの黄色か!」


 叫ぶ男の子を無視して靴をはき、もう一度ブランコに向かう。

 すると男の子も私の隣で靴飛ばしを始めた。

 はっきりいって私毎週靴飛ばししてるプロフェッショナル靴飛ばしニストだけど、大丈夫? 勝てる?

 戦い始めたが、何度投げて戦っても私の圧勝だった。

 

「フォフォフォフォフォフォ、一度も勝ててないみたいだのぅ」

「ちょっとマジでクソ強くない?!」


 後半になると男の子はめっちゃ笑顔になって私に挑むようになってきた。

 そして興奮しすぎて靴を前じゃなくて、後ろに吹っ飛ばした。

 かかと踏んだ状態で足を振り上げてると、後ろに飛んでいくの超あるあるだ。

 靴は後方にある老人介護施設・桃源とうげんに入ってしまった。

 

「ちょっと!」

 笑い転げる私の横で男の子はけんけんしながら、

「大丈夫。ていうか、もともと桃源行く予定だったから。お姉さんもおいでよ。お菓子もらえるぜ」

「え? 入っていいの?」

「へーきへーき。ばあちゃんたちが遊んでるだけだから」


 すっかり仲良くなってしまった男の子……名前は亮介りょうすけくんというらしく、私を連れて裏口から老人介護施設に入って行った。

 ずっと裏側に大きめのマンションがあるな~と思っていたけど、最近施設だと知った。

 近所を付き添われてお散歩しているご老人に何度も会ったのだ。

 特別養護老人ホームで、ショートステイやデイサービスを行っているようだ。

 というか本当に関係者ではない私が勝手に入って大丈夫なのだろうか?

 入るとエプロンをきた職員さんに話しかけられた。

 手に亮介くんの靴を持っている。


「天狗祭り終わったの? この靴亮介くんのでしょ? 多喜子さんが絶対そうだって笑ってたわ」

「新田さん、こんにちわ! 靴飛ばししてたら飛んでいったの。ゲームしてる?」

「してるわよ。あら、こちらの方は……?」

「黄色天狗で靴飛ばしの天才、ねえ一緒にゲームしよ。ここゲームし放題なんだぜ」

「入っても大丈夫なんですか?」

 と聞いたら、マスクと消毒さえして貰えれば大丈夫ですよと軽い答え。

 そんなもんなのか? 私は手を念入りに洗い、マスクをして亮介くんと二階へ向かった。

 二階のある部屋を見て私は絶句した。


「ええ? ここ老人ホームだよね?」

「ゲームって脳に良いんだって。FPS出来る? 今からおじいちゃんたちとキル・ザ・ワールドするんだけど」

「ええええ……?」


 私が知っている老人介護施設ってのは、広い食堂でおばあちゃんたちが編み物してるイメージなんだけど、それは完全に覆された。

 亮介くんが連れてきてくれた部屋はゲーミングPCが10台ほど並んでいて、そこに数人のご老人が熱心にコントローラーやキーボードを叩いている。

 新田さん曰く、最近の研究ではボケ防止とリハビリにはゲームは良いらしく、暇も潰せるので積極的に導入しているようだ。

 そしてしているゲームが『キル・ザ・ワールド』……義弟の怜二がめっちゃハマってるので一緒にやったことあるけど、城を占拠しつつ銃で戦うFPSゲームだ。

 画面を見てると車いすのおじいちゃんたちがキーボードとマウスを上手に使って、荒野を走り回っている。

 結局グループ戦に入れてもらってプレイしたけど、考えなさすぎてすぐに前線に躍り出て即死、亮介くんにも「もっと考えて!」とキレられてしまった。

 あまりゲームは得意じゃない。

 ふてくされて少し離れた椅子で休憩していたら、前の席に座っていたおばあちゃんが入り口に向かって手を振った。


「あら、美和子さん、こんにちは」


 なんだか聞いたことがある名前に私は振り向いた。

 美和子さんと呼ばれている方……顔に見覚えが……あっ、おにぎり屋さんのレジと飲兵衛でたまに見かける方だ!

 美和子さんも私に気がついて「あらあら、貴女……」と近づいてきた。


「いつも飲兵衛で酔いつぶれてる……」

「すいません、そうです!」


 あの居酒屋は居心地が良くて、二階に漫画喫茶があるので、いつも行っている。悪いと思いつつお腹いっぱいになると眠ってしまうのだ。

 美和子さんは「いいのよ~。いつも来てくれてありがとうねえ~」と笑いながら横に座った。

 話を聞くと、美和子さんは劇団に所属している舞台専門の女優さんで、隼人さんとは昔からの知り合いらしい。

 ご結婚されていて美和子さんのおじいちゃんが入居しているので頻繁にきているようだ。


「旦那は売れないバンドマンで、私は演劇でしょ? 二人とも普通のお勤めできないの。だから隼人くんの所で都合よく働かせてもらって、あとは飲兵衛にいるの」

「飲兵衛さん、ご飯が本当に美味しくて最高です! あのおにぎり、隼人さんのお店の物だったんですね、気が付きませんでした」

「そうなのよ、いつも仕入れててね。晴日さん……店の二階に間借りされてるって聞きました。隼人くんのこと、よろしくお願いしますね」

「えっ、いえいえあの、私のほうが世話になってて……!」


 私は恥ずかしさでもう挙動不審だ。

 美和子さんは「そういえば」と笑いながらお茶を一口飲んで、少し離れたソファーを見た。


「ここには隼人くんのおばあちゃんも入居してるのよ」


 そこには真っ白な髪の毛で背中を丸めているおばあちゃんが座っていた。

 そのおばあちゃんの頬に大きな傷がある……それは隼人さんと同じような傷だった。美和子さんが紹介してくれる。


「隼人くんのおばあちゃんの房江さん。認知症でここにいるの。おばあちゃん、紹介するわね、晴日さん」

 美和子さんが房江さんに紹介してくれたので、私は膝を折って少し小さくなって挨拶した。

 房江さんは「はいはいどうも」と静かに頷いてくれた。

 近くでお話すると、手にも隼人さんと同じような傷が見えた。

 二人一緒に居たときに、こうなる何かがあったのだろうか……分からない。

 

「さてと、お知り合いになった記念に一緒にキル・ザ・ワールドしない?」

「美和姉きたーーー!!」

 

 亮介くんは楽しそうに椅子に座った。

 きたーーーと言われるだけあって、美和子さんは鬼のようにゲームが上手かった。

 笑顔でヘッドショット連発して、皆に指示を出して進んで行く。

 そして私は下手なのに自己判断で飛び出して崖から落ちて死んで、美和子さんと亮介くんにめっちゃ怒られた。

 もうや~めた!


 ふりむくと、房江さんがゲーム室のソファーで眠っていた。

 風邪をひいてしまうのでは……と気になって、近くにあった毛布をかけようと近づいた。

 その手元……文庫本が落ちそうになっていたので、机におく。

 挟んであったしおりのリボンに見覚えがあった……それはあの花屋さんのリボンだった。そしてしおりは写真で……写っている花の色に私は見覚えがあった。

 気が付いた新田さんが来て口を開く。


「隼人くんがね、いつも花束を持ってきてくれるのよ。房江さんはいつも写真に撮ってしおりにしてるの。綺麗よねえ」

「……そうですね」

「もうね、症状が進んでて隼人くんのことも覚えてないんだけど、隼人くんはいつも持ってきてくれるのよ」


 私はしおりを優しく本に戻した。

 お花を贈っていた相手は、おばあちゃんだったんだ。

 彼女かもと騒いでいた昨日の私を殴りたい。

 近づけは近づくほど、隼人さんのカケラが見えてきて、もっと知りたくなる。

 もっともっと隼人さんのことを知りたい、話したい。

 貴方に近づきたい。

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