ライバルの出現と冬

その名はやっちゃん


 今日も騒がしい。

 女の子は、真っ赤なウールのセーターを着ていた。首からは、青いチェックのえりつきシャツがのぞいていた。下は真っ黄色のロングスカート。色の統一感がまるでない。

「はじめまして、やっちゃんと呼んでください」

 女の子は、ぺこりと頭をさげた。まばらな拍手。わたしはうでを組んだまま動かなかった。歓迎なんかできない。だから、拍手なんかしてあげない。先生は、じっとわたしのほうを見つめていた。

 女の子の名前は、山田まあや。最初と最後に『や』がつくから『やっちゃん』。すんなりと、そう親しげに呼んであげるわけにはいかない。

 やっちゃんは、よっぽど茶道に感激したらしい。ほんとうに、お稽古に参加することになった。しかも、わたしと同じ土曜日に。そんでもって、来年、一華庵でお点前がしたいと言う。うれしいはずがない。

「若い子が来てくれてうれしいわ。それじゃあ、順番に自己紹介しましょうか。

 私が、この山本社中を率いている山本タエ子です。やっちゃん、よろしくね」

「あの、しゃちゅうってなんですか?」

「私がひらいている茶道の教室を、そう呼ぶの。今日からあなたも山本社中の一員よ。いろんなことを、ひとつずつ勉強しましょう」

「はい! よろしくお願いします!」

 ぱっと握手を求めるやっちゃん。先生も笑って手を差しだした。やっちゃんは、となりに移動する。古株の中井さんだ。

「私は中井雅恵です。この前は、お茶会に来てくれてどうもありがとう」

「よろしくお願いします! おしゃべり、おもしろかったです」

「半東(はんとう)っていってね、正客さんとおしゃべりしたり、お茶をお出ししたりするのが仕事なのよ。お点前さんよりも、よくモノを知っておかないといけない大役なの」

「なるほど。お点前さんより半東さんのほうが大変なんですね」

 やっちゃんは、中井さんとも握手する。そのとなりは綺羅(きら)さんだ。

「アタシとは、はじめましてだよね。長嶋綺羅です。ふだんは部活に顔を出しているから、茶道にはあんまり来られないけど。なかよくしてね」

「はい! お願いします」

 ふたりはにこやかに笑って握手を交わす。

 綺羅さんはキャンプ部に入っているらしい。茶道をサボるほど、熱心にやるべき部活とは思えない。ただ単に茶道のやる気がないのだろう。

 最後は、いよいよわたし。

「……寒河江(さがえ)サチ、です」

 無愛想になるのは許してほしい。さしだされた右手も、そっぽを向いて拒否した。タエ子先生の目がするどくなる。

「みんなからは、さっちゃんって呼ばれているのよ」

 さがえさち。苗字も名前もはじまりが『さ』からはじまるからさっちゃんだ。

「じゃあ、さっちゃん先輩と呼ばせていただきます! よろしくお願いします!」

 やっちゃんは、いきおいよく頭を下げた。握手できなくても気にしないようだ。やっちゃんの態度に、先生の目はやわらかなものにもどった。

「土曜日組はこんなところね。毎週午後二時から、お稽古をはじめます。用事で来られない日は、ほかの日でも対応するから連絡してね」

「はい!」

「それじゃあ、お稽古はじめましょう。みんな、扇子(せんす)を出して」

 ひざの前に扇子をおく。茶道の必須アイテム。ごあいさつの時は、かならず扇子をつかう。

「この扇子はね、境界なの」

「境界?」

「そう。扇子を前におくのはね、自分と相手の一線は越えませんってこと。つまり、無礼はいたしませんって意味よ」

「うーん?」

「やっちゃんには、まだむずかしいかもね。今は、みんなのまねっこするといいわ。それでは、よろしくお願いいたします」

「よろしくお願いいたします」

「やっちゃんは、わたしと足の運び方とお菓子やお茶のいただき方を勉強しましょう。綺羅さんはお点前の準備ね。せっかくだから、やっちゃんにいただいてもらいましょう。お薄にしてね。中井さん、ご指導おねがいします」

「はい」

 指名された綺羅さんと中井さんは水屋へ消えていく。名前を呼ばれなかったわたしは、座ったまま。先生は、こちらに厳しい目を向けて、すぐにそらした。さっきのやっちゃんに対する態度に、腹を立てているのは分かっている。

 だからといって謝る気はおきなかった。そもそも、やっちゃんが悪いのだ。茶道をしたことがないくせに、一華庵でお点前をしたいだなんて。

 あのお茶会は特別で、ずっと山本社中が切り盛りしてきたもの。これまでは、先生が半東、中井さんがお点前をつとめてきた。

「もうぼちぼち引退しようと思っていてね。中井さん、さっちゃん、今年からよろしくお願いしますね」

 今年、先生はそう言ったのだ。山本社中で二番手、そしてご自身も生徒を持っている中井さんが半東に指名されるのは当然で。わたしがお点前に指名されるのも、当然だった。

 生徒の中で、わたしがいちばんうまいのだから。

 おばあさまもママも茶道教室をひらいているような、代々茶道を教えている家系に生まれた。物心つく前から、茶杓(ちゃしゃく)をにぎり茶筅(ちゃせん)を振ってきた。だから、お点前がうまいし、大事な茶会に指名されるのも当然なのだ。

 近い将来、わたしも茶道の先生になるつもりだ。

 そう簡単に、その座を奪えると思わないでほしい。

 にらむようにやっちゃんを見る。やっちゃんは、そろりそろりと畳の上を歩いていた。

「畳縁は踏んではいけませんよ」

 やっちゃんはあわてて右足を上げた。

「入る時は左足から」

 右足をひっこめて左足をだす。

「半畳を三歩で歩きます。はい、いち、に、さん……。やっちゃん、ロボットじゃないのだから、右足と右手を一緒に出さないの」

 指導している先生は楽しそうだ。居づらくなって、わたしは水屋のほうへ逃げた。

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