さくら




 五分五分だと。

 微笑を浮かべた。

 離れるのも、離れないのも。

 助けるのも、助けないのも。

 気の向くままに。











 依頼人と一緒に花を摘んできてください。

 自宅から歩くこと、三十分。

 茅葺屋根に瑞々しい竹の壁が特徴の、瀧雲の診療所兼自宅に着くやそう言われた凛香の前には、瀧雲とツインテールにたれ目、紺色のワンピースを着た少女がいた。

 患者と一緒に花摘みなんて初めてだと思いながら、凛香は腰を下ろして少女に目線を合わせて名前を聞いた。


高尾八恵華たかおやえか

「俺の名前は緑山凛香。俺は凛香って呼んでほしいけど、好きに呼んでくれ」

「じゃあ。凛香って呼ぶから、私は八恵華って呼んで」

「ああ。八恵華。今日はよろしくな」

「うん」

「で。後ろにいるのは、梨響、ジイ、壮史。見学者だ」


 凛香は立ち上がって姿が見えるように横向きになりながら、それぞれの片肩を軽く叩いて紹介した。


「見学者」


 八恵華は自分と同じ背丈である少年の壮史を、ジイと梨響よりも多く時間を取って見つめたが、それも僅かな間。再び近づいて目線を合わせてくれた凛香に、さくらの花を摘みに行きたいと告げた。






「毎年ね。お父さんとお母さんとお花見してたの。お父さんはお酒を飲みながら静かに歌を聞かせてくれたし、お母さんはシートの上に舞い込んださくらの花びらでネックレスや花かんむりを作ってくれた。とても楽しかったの。でも」


 八恵華はさくらの花びらと共に土を蹴って、さくらを見上げた。

 どこどこまでも続いていそうな、それこそ永遠と幻想を閉じ込めたさくら並木にも、当然終わりはある。


「お母さんが出て行ってから、眠れなくなって。お父さんは仕事で忙しいのに、私を心配してお医者さんを探してくれて。眠らなきゃ。眠らなきゃって。身体に一生懸命言ってるのに。聞いてくれなくて」

「八恵華はどの海藻を選んだんだ?」

「浅いの」


 患者が好きな花と共に選ぶ海藻の深さ。

 浅いのは、寝ている間、ずっと夢を見続ける。

 真ん中は、寝ている間、夢を見たり見なかったりを繰り返す。

 深いのは、寝ている間、ずっと夢を見続けない。

 夢は幸福なものだけ。

 起きたくないと思わせてしまいそうな心地よさはけれど、そっと優しく現実へと誘ってくれる。

 起きる為の、夢。


「怖がらなくて大丈夫だ」


 八恵華と手を繋いで、ゆったりと歩く凛香。

 八恵華の小さくて、やわくて、ほんの少し熱い手の僅かな振動をそのままに、足を止めると言っては、八恵華が立ち止まるのを待って自分も立ち止まり、手を伸ばして、そっとさくらの花に触れた。


「瀧雲師匠の安眠薬香が見せてくれる夢は絶対に悲しい思いをさせない。起きた時に、ぽっかり穴が開いたりなんて絶対にしない。優しくて、少しくすぐったくて、温かい気持ちが残る」


 一度飛び跳ねるような手の振動のあと、また、僅かな振動が続いた。

 凛香は続いたままにできるように、隙間を狭めはしなかった。


「………うん」

「よし。一輪だけ摘もう。八恵華はどれがいい?」

「………近くで見たいから、持ち上げて」

「おう」






「………俺が持ち上げてやろーか」


 凛香と八恵華の後について行っていた壮史とジイの、さらに少し後ろからついて行っていた梨響。ひょいっと距離を縮めて壮史に囁いてやれば、思い切り向う脛を蹴られてしまい、思わず呻いてしまったのであった。












(2022.1.27)


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