9. 覚えてますか

 私は、清村くんが他のかわいい女優さんに挿れたり出したりしているところをまばたきもせず見ていたら、いつのまにか目から滝のように涙が出ていて、下げられた。結局私は時間を止められて固まったまま、鼻に鉛筆を入れられたり変なおじさんのようなポーズを取らされたりしただけで終わりだった。もう帰っていいよと言われたので、このまま撮影を見ていたかったけど、邪魔になるのも申し訳なく、ビルの外で清村くんを待つことにした。

 私はあの衝撃の一報を受けてから、清村くんの動画をずっと探していたけれど、見つからなかった。半年以上経ってから、高校生役の大勢の中の一人に彼がいるのを見つけたのだ。私はその動画を作っている会社を調べて、電話して、出演について詳しく聞きたいと言ったら、日時を指定されてその会社に行くことになった。受付で名前を言うと、アンケートに記入させられて小さな部屋で待っていたら、いつのまにか面接のような形になっていて、いきなりの展開に震えた。けども私はずっと考えていたのだ清村くんの出てるAVに私も出ることを。初めての撮影の日に清村くんがいてくれてよかった、ほんとに幸運だったと思う。

「清村くん!!…で合ってますか…?」

 どれくらい待ったかわからない。寒くて何度も撮影してる部屋の前まで戻ったりまた外へ出たりしながら待ち伏せて、数人の人が先に帰っていくのを見送ってから、やっと出てきた清村くんに私は全力で勇気を奮い立たせて声をかけた。今日一日でどれだけ震えたかわからない。処女なのに処女を隠して学園モノAVの大勢の中の一人として参加して清村くんの裸を見て下手な演技と絡みを見て泣いて…。でもここまで来たら話しかけないと帰れない。

「え…誰…でしたっけ…?」

 清村くんは振り返ったけど私の顔をほとんど見ないで答えた。あれ?

「あの、わたし…たちばな学習塾で一緒だった遠藤蝶子えんどうちょうこといいます。清村章太郎くんですか?」

「えっと。そうです。ごめんなさい…名前覚えてなくて…」

 そういう清村くんは手を口に当てていて、私の方もチラチラとは見るけど、目を合わせてくれない。

「そうですよね、ごめんなさい。あの、よく隣の席になったりしてて、私はすごく覚えてて…」

「あー…なんとなくー…?」

 清村くんは気まずそうな顔をしているように見える。

「えと、今日は…?」

 私があの場所にいたことも気づいてないみたいだった。私はすぐ下げられたし清村くんとはなんの絡みもなかったし、それは仕方ない。それならそれで好都合と

「たまたま!通りかかって…」

 と、噓をつく。

「そうなんですね。えーと、すごい、よく覚えててくれましたね。えーと…では…」

 清村くんは、すごく気まずそうにそそくさとお辞儀をすると私とほとんど目を合わせないまま歩いて去っていった。私も、清村くんと反対側に向かって歩いて歩いてその辺を適当にただただ歩き回ってから目についた地下鉄の駅に入って、来た電車に乗った。

 思ってたのと違った…。清村くんは挙動不審だったし、私のことも覚えてなかった。私はアダルトビデオの会社に行くと、今日の撮影で泣いてしまってほとんど出てないことともう辞めたいことを伝えた。こういうことはわりとよくあるようで、今日の出演料はナシということで違約金などもなく辞めて良いことになった。元々私は期待されているような女優枠ではなかったこともあると思うが、この会社はわりと大きくて、丁度アダルト以外の産業にも手を出しはじめたところで、クリーンなイメージをつけたくて必死な時期だったらしい。ほっとして新幹線で家に帰る。でもなんだかぐるぐる内臓が気持ち悪くて、新幹線で初めて酔った。ミネラルウォーターをがぶがぶ飲んで、何度もトイレに行って、やっと降りる駅についた。


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