第34話 意識し始めた二人

 サークルの先輩たちだけではなく、同じ講義を取っている者たちからも二人は恋人同士だと誤解されていた。

 知り合って一ヶ月も経たない内にお互いを「莉花」「綾」と呼び合い、その上相手のスケジュールならば全て把握しているという。過去の話までを熟知までとは言えないが、ある程度は知っている。

 周囲は「普通じゃない」と口々に噂を立てた。

 当人たちにとっては、真剣にこれから先、どんな世界線が待ち構えているのか、このまま安定した生活が送れるのか、それにはどんな行動を取ればいいのか、どんな精神状態でいる必要があるのか……まだまだ分からないことだらけの中で、奇跡的な確率でリアル世界で知り合えた同胞に真剣に向き合っていただったのである。


 「ねえ……綾は、私のことをどんな風に聞いてた?」

 綾人のバイトが入っていなかったので、日曜日の朝早くから二人はファミレスで食事がてら報告会をしていた。朝食を摂り、コーヒーを飲んでいる間に時刻はランチタイムになっていた。 

 もちろん注文を済ませて、運ばれて来るのを待っているところである。        傍目から見れば、デート中と見えなくもない。

 「え、どんな?て……どんな?」

 「だから……私の性格とか、容姿に関することとか……?」

 「そんな話、していたかなあ?莉花は俺のこと、聞いてたんだ?」

 SNS上でやり取りされた情報しか手掛かりは無い。しかも、は自らのではなくて、初代たちの情報である。

 「うん……初代のAYAだけどね。少しは聞いたかな。最初はフォロワーのみんながAYAのこと、女の子だと思っていたんだって」

 「あ、それ、俺も聞いた!ネカマかよ、と思ったら、そうではなかったみたいで安心したけどさ。ハハハ!自分じゃない自分のこと聞いてこっ恥ずかしかったなあ」

 「そうだよね……私はかりんはぽやーんとしている感じ、って言われた。え、私はしっかり者ってこっちでは言われているのに、って」

 「なるほど。そんなような話だったらば聞いたな。かりん、てユーザーネームは、莉花が生まれる前にお母さんのお腹の中で亡くなってしまったお姉さんに付けるはずだった名前だ、と誰かが言ってたな」

 莉花はコーヒーを飲もうとカップを持ち上げたが、すぐに戻した。

 「えっ?何、それ!私は初耳よ!」

 「は違うの?」

 「うん……。中学生の頃、自分の名前を逆読みするのが友達の間で流行ってたの。私はかり、になるから、て呼ぶね、って言われて……愛着があったから、それを使った」

 「名前を逆読み?」

 「うん。みさとだったらとさみとか、あやとだったらとやあだから……とーあくらいに呼んだかな。マイブームだった。仲間内だけだったけど」

 綾人は腕を組んで頷きながら、そうか、と独りごちた。

 「ユーザーネームひとつ採っても、世界線が異なれば付けた背景が違うもんなんだな。俺の場合はリア友や家族に《あや》と呼ばれていたから使ったんだ。それから兄貴にネット上の俺のことを知らせたくなくて。もしかしたら、初代のAYAは男だと知らせたくなくて、使ったのかもなあ……」

 その時、二人の料理が運ばれて来た。


 「お待たせ致しました。日替わりランチと本日のスープと、こだわりのスープパスタとミニサダでございます。宜しかったでしょうか?」


 二人は瞬時に固まってしまった。

 そんな注文はしていない。

 それよりも、そのようなメニューがあっただろうか……?

 莉花も綾人も互いの目を見て、察したようだ。

 「……はい……」

 「それでは、こちらに明細を置かせて頂きます。ごゆっくりお召し上がりくださいませ」

 そう言って、スタッフはテーブルを去って行った。

 二人は急いでメニューを開いて確かめる。

 つい先ほど見たばかりのメニュー一覧だ。目を通したばかりである。

 「ねえ……日曜で日替わりランチ、って?普通、有る?あまり聞かない、って!あ、こっちに日曜日限定って有る!」

 「だって、俺が頼んだのは日曜日限定お手頃中華セットだぞ?莉花だって、スープパスタじゃなくて、野菜たっぷりパスタだったろう?他のテーブル席の注文と間違えたんじゃ……」

 「ちょ、ちょ、っと、これ……」

しっかりと二人がメニューがカロリー表示や成分表示までと共に載っていた。

二人はメニュー表を見ながら、サアっと青ざめた顔になっていく。

 「……え……さっきはこの辺にパスタメニューが有ったはず……ランチタイムだけじゃないよな?ここ、ランチタイムだけのメニューが別になかったもんな……」

 「私……こんなメニュー表初めて見た……」

 運ばれて来た料理がメニューに載っているはずが無い。何故ならば、莉花が高校時代にバイトをしていたフランチャイズのファミレスなのである。

 大学に入る直前までシフトが入っていた。入学後に辞めていたが、季節商品ならば入れ替わりは有り得るが、大きなメニュー改正は、このフランチャイズ店の場合は店内改装と共にリニューアルされると店長やエリアマネージャーから聞いた記憶があった。

 二人が頼んだ料理は莉花が全く聞いたことのない、見たことのない商品名であった。

 大学に入ってから三ヶ月も経っていない。もちろん改装工事も行われてなどいない。更には、このメニュー表のくたびれている形跡は、どう説明するのだろう……?

 二人は冷えていく料理を前にメニュー表を開きながら、動けずにいた。

 「……お料理……冷めちゃうね……」

 「……あ、うん……食べてみるか?」

 「……うん……」

 やや冷め気味なランチを食べながら、二人は一言も言葉を発することは無かった。

 美味しい、不味いの一言も無かった。

 何故ならば、二人は料理を味わうどころではなかったからである。

 


 ランチを食べ終わり、そそくさと会計を済ませて逃げるかの如く店から出たのは言うまでもない。

 その店には二度と足を運ばなかった。


 のちに、このアクシデントは二人から《ファミレス料理激変事件》と命名された。

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