マンデラーの恋人 ~世界線を越えて~

永盛愛美

第1話 二人の出逢い

 「ねえ、パパとママは、どうやって知り合ったの?」


 とうとう、我が子からこの質問がなされてしまった。

 両親である松崎綾人まつざきあやとと、莉花りかは互いに顔を見合わせた。


 TVを見ながら夕食後のひとときを過ごしていた。

 長女は小学三年生、長男は二歳になったばかり。

TV番組は、タレントの過去の初恋話や出逢いのエピソードを流していた。

 長女はそろそろ初恋を知るお年頃なのか?自分たちの小学生時代はどうだったか?

 ……その前に、この二人には、自分たちが出逢う以前の出逢い、という出来事があった。そんなお伽話の様な話など、事実を話しても……誰が信じてくれるだろうか。


 無邪気な顔をして、両親の顔を見比べている娘に、彼らはお互いの顔を見つつ、苦笑いをしてしまうのであった。


 「ねえ、最初はどこであったの」

 

 困った顔をした母親に目配せして、気を利かせた父親は無難な回答を選んだ。

 「パパとママは、大学が一緒だったんだよ。そこで知り合ったんだ」


 正しくは、彼らが出逢う前に、彼らと二人がネットのSNSを通じて知り合っていた。決して現在の彼ら、ではない。


 なのに、彼らもまたであるのだ。

 不思議なえにしで出逢えた奇跡。いつか、真実を子供たちに伝える事が叶うのか……?


 「ふーん。同じ学校だったんだ……同級生、ってやつだね?」

 「理真りま、もしかして、学校で好きな子でも出来たの?」


 母親としては、このような家族団らんの時間にセンシティブな内容を問いたくはないが、莉花はこれ以上娘に興味を持たれまいと先手必勝とばかりに切り返した。


 「えっ?パパは初耳だけど!」

 父親には、少々痛い質問であったらしく、綾人は持っていたマグカップをテーブルの上にガチャン!と派手な音を立てて置き、身を長女の方へと乗り出した。

 「えっ!ち、違うよ!たかし君はそんなんじゃないから!」


 「……たかし君……?」

 そういえば、集団登校の高学年の地区班長さんが、確かそんなような名前だったかな、と莉花は頭を撚った。

 「違うもん!関係ないからね!」

 頬を染めて、テーブルの上に広げていた宿題らしいワークブックと教科書をパタンと閉じると


 「もう、お部屋でやる!ママ、ココアをちょうだいね!ミルク多めで!」

 と言い捨てて、リビングから逃げ出して行った。


 「パパ、何を固まってるの?」 

傍らでうつらうつらしていた理真の弟の真人まさとは、姉の大きな声にも驚かずに夢うつつの様子で、莉花はほっ、とした。もう少しですやすやと眠ってくれそうである。


 後はどうやってベッドまで運ぼうか、毎日がスリルと実験と学習の繰り返しであった。


 固まっていた綾人は、そんな我が子の顔をそうっと覗きこんで、眠っている時が天使とは良く言ったよな、と日常のけたたましさを微塵も思わせない寝姿の長男を見て、癒された。


 「パパ……?」

 真人を起こさない様に小さな声で話しかけると、綾人は莉花に視線を戻し、同じく小声で呟いた。


 「……俺たち、マンデラーだよな?」

 「えっ?何を今さら言ってるの?」

 長女に好きな子が出来たかもしれないことが、父親にとっては複雑な心境だとは思うが、自分たちがマンデラーだということと、何の関係があるのだろう。


 莉花は、いつになく真剣な眼差しの夫の表情に戸惑った。


 娘にミルク多めのココアをリクエストされていることを忘れそうである。


 「……なんかさ、俺たち、色々あったじゃん……出逢った時も付き合い始めた時も結婚してからも」


 「あー……あったね。うん。子供たちが生まれたら、少しは落ち着いたんじゃない?」

 

 「……もしさ、もしもだけど。この子たちも俺たちと同じマンデラーだったら……どうする?」

 

 「……!」

 莉花は息を飲んだ。

 彼女のそれまでの記憶が数珠つなぎの様にスルスルと頭の中に流れて来たのだった。


 この二人が自分たちの様にマンデラーだったら……?

 

 結婚当初は危惧していた。子供が生まれて、自分たちと同じマンデラーだったらどうしよう?と。

 いざ、生まれてしまうと、子育ての忙しさやら家事や仕事に追われて、ひたすら走り回って這いずり回った日々であった為に、すっかり自分たちがマンデラ-であったことなど、忘却の彼方に押し流してしまっていた。



 「ねえ、パパとママは、どうやって知り合ったの?」


 理真にその質問を投げかけられて、二人はいきなり記憶の蓋を開けられたのである。


 「莉花、お前さ、いつAYAのこと、知ったか、覚えてるか?」


 AYA、とは、綾人がネット上のSNSで使っていたユーザーネームである。


 「もちろん、覚えてるわよ……忘れられないよ。あんなこと、絶対に信じられなかったもの。AYAだって、そうでしょう?のこと、最初に知った日のこと……覚えているでしょう?」


 かりん、とは、莉花が使っていたユーザーネームである。


 約十八年くらい前に、彼らであって自分たちではない……AYAとかりんは、既にネット上のSNSで知り合っていたのであった。



 これは、世界線を越えた……AYAの物語である。






 

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