第10話 同じ地平に立っていても対等ではない

 一人で対応するには手に余ると、江洲楓は思い始めていた。

 事件性があるのだったら、とうに捜索願いが出されているはずだが、そのような話は出なかった。

 手がかりは久繰里あかりに無理矢理手渡されたカラス玉のペンダント。

 カラス玉が何なのかを調べることで、「おねえちゃん」の所在の手がかりになるかもしれない。

 それか、久繰里あかりに相対していた時は冷静な判断はできなかったが、もしかしたら二人の間の感情のもつれが関係しているのかもしれない。

 

 同じ学年だけれど、四月生まれと三月生まれでは一年近く年が離れている。

 子どもの頃の一年という時間は大きい。

 姉と妹、先輩と後輩、主人と従者。

 同学年という同じ地平に立っているのに、関係性は対等とは言えない場面が出てくるのは当然のことだ。


 久繰里あかりは慕っていたようだけれど、再会した時の様子からは、明らかに「おねえちゃん」は上から下々に対しているような雰囲気だった。


 江洲楓は勤務先の女子高の図書室に出入りしている生徒たちの様子を思い浮かべてみた。

 図書室には比較的一人でいるのを望む生徒が多く出入りしていたが、課題の調査活動や、雨の日の昼休みに手を組み頬を寄せてひそひそ話している親密さは、その時期特有のものではあるが、時に一過性のものとばかりは言えない熱の感じられる生徒たちもいた。

 そうした生徒たちは、公言し堂々とふるまう者と表だっては友情の線を越えずに交わす視線の端に合図を潜ませているものに分かれていた。

 中には、コンパスの先で突いた指先の血玉をすり合わせたり、まつ毛が入ったと涙目をぬぐったティッシュをくわえてリップを抑えたりと、まどろっこしい愛情表現をしている者たちもいた。

 人目を意識する高揚感、意識してないふりをする緊張感、全て自分たちが、自分が、世界の中心にいると確認する行為。


 久繰里あかりはそうしたグループにはいなかった。

 ごく一般的な読書好きの静かな生徒だった。

 図書委員に何度か立候補したが押しの強い生徒に負けて譲り、放課後図書ボランティアとして書架の整理やブックカバーを掛ける手伝いをしていたのをおぼえている。むしろ委員ではないのに図書活動に熱心だったことから親しく話すようになったのだった。


「本当に、もっときいておけばよかった。これだけじゃ手がかりが少なすぎる」


 江洲楓はペンダントのカラス玉に触れてつぶやいた。

 手の中でペンダントがちかり、と光った。


「え、なに、温まると光る仕掛けでもあるの」


 カラス玉を指にはさんでどこか動かせるようになっていないかさぐった。

 しかし、びくとも動かなかった。

 手を離すとすぐに光らなくなった。


 なだらかな坂道を5分ほど上っていくと別荘地に入る。

 海開きと共に別荘地はにぎやかになるが、今はまだ静けさに支配されている。


 海辺には潮風に強いクロマツが多いがこの辺りにはオリーブやローレル、フェニックスなども植えられていてバカンス感を漂わせている。また、オオシマサクラやヤマモモ、ビワといった潮風に強い日本の庭木で庭を囲っている家もあった。


 海からの風が樹木を揺らし葉をざわめかせている。

 デジタル機器からの音楽を諦めた江洲楓は、自然の奏でる音色にいつもなら心地よさを感じるのにどことなく居心地の悪さを感じていた。


 足早に坂を上っていくと、やがて、一軒だけ明かりが見えた。

 江洲家の別荘、江洲楓の現在の住まいだ。


「もう金曜だったっけ。かいが来てる。ちょっと相談してみよう」


 一人住まいは物騒だと父が依頼した遠縁の娘の竹園灰たけぞのかいが、観光で外部の人間の出入りが多くなる週末にだけ家事と警護をしに泊まりにきている。

 一人暮らしは気楽だが、思っていたより仕事と家事の両立に困難を感じていたので、週末だけでも家事を手伝ってもらえるのは助かっていた。

 竹園灰は、子どもの頃からお盆と正月には本家の江洲邸に家族で何日も滞在していたので気心も知れている。

 とくに今日のような状況の時には心強い。

 江洲楓は早足でひと息に坂道を上ると、門扉の鍵をあけて敷地に入っていった。






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