4 任務

襲ってきたのは、まぎれもなく国王軍だった。


「どういうことだ……」


 屋敷の奥、母屋の大広間。一鉱と父・鉱宗を上座に、村衆の男たちは頭を抱えていた。

「なぜ突然、国王軍が襲ってきた。我らに王家への反意などあるはずもないのに!」

 そうだ、と声が上がる。


 男たちの話し声が一桜いおの耳にも届いていた。


――あたしが、宝刀を触ったからだ。


 ぼんやりする頭で思った。

 あたしが、掟を破ったから。


――だからカズヤが、命を落とした。


 涙があとからあとから、髪や耳を濡らす。嗚咽が漏れないように唇を噛みしめた。

 カズヤの最期が脳裏に蘇る。人形のように蹴り飛ばされ、残忍な槍に何度も突き刺され。


――こんなことになるなんて……!


 唇が切れるほど噛みしめたとき、大広間に大声が響いた。


「ただいま屋敷正面門が破られました!鉱宗様、一鉱様、ただちにお逃げ下さい!!」


 ざわめきが広がる。怒号、鎧刀の音。一気に騒然となった。


一桜いお

 障子が開き、入ってきたのは一鉱だった。

「怪我は大丈夫か」

 一桜は身体を起こした。殴られた額の少し上が痛んだが、一桜は無理に笑んでみせた。

「大丈夫。兄さまは?」

「私は何ともない」

 兄の声は驚くほど静かだ。

 同じく静かな眼差しが一桜を覗きこんだ。一桜の肩に置かれた大きな手に、力が入る。

「一桜。何も言わず聞いてくれ」

「は、はい」

 頷いた一桜の前に、一鉱は刀を二振り出した。

「兄さま、これは」

「白龍刀。本物と、複製品レプリカだ」

 そう言って、一鉱は鞘が黒い方を一桜に渡した。

「鞘をすり替えた。いいか。これが本物の白龍刀だ。これを持って東海州武蔵ノ国へ行き、助力を請うのだ」

「そんな…」

 あまりのことに絶句する。一鉱は静かに、しかし早口に続けた。

「おそらく、村は壊滅する。なぜかはわからないが、国王軍はそのつもりで今夜大垣へ来たのだ。しかし白龍刀があれば村は再興できる」

「それなら兄さまが――」

「聞け。武蔵ノ国まで行くには騎獣も刀も使える者でなければならない。そして、女の方がおそらく動きやすい。家臣にも村衆にも、おまえより騎獣と刀が使える女はいない。一桜、おまえが適任なんだ。妹だから逃がすとか、そういうことではない。ある意味、ここに残るより辛いことをさせると思っている」

 一鉱は一瞬、苦しそうな表情をし、一桜を見つめた。


「すまない――これは村長むらおさとしての命令だ」


 その真剣な眼差しに、一桜は事の重大さを悟った。

 遠くに聞こえていた人馬の声や音が近くなった。大広間に怒号が飛び交い、鎧の音が次々と出ていく。

 一桜は硬く閉じた目を開け、兄を見上げた。


「……わかりました」


 一桜は黒い鞘の白龍刀を両手で受け取った。

「一刻も早く武蔵ノ国へ行き、村再興の助力を請います」

「頼んだぞ」

「兄さまは…」

「私はここで村衆たちと戦う。御爺様や父上、母上を逃がし、一人でも多く村人を逃がす」

「そんな!」

 気色ばんだ一桜の手を、一鉱の大きな掌が包み込んだ。

 端麗な顔が、いつものように微笑む。

「心配するな。私も逃げる。殿しんがりを務めるだけだ。村が再興したときに村長がいなくては困るではないか」

 ぽんぽん、と一桜の頭を撫でると、一鉱は素早く立ち上がった。

「裏の騎獣小屋へ急げ。荷物は用意させてある」

 踵を返した一鉱の背中に、一桜は叫んだ。

「兄さま、御武運を!」

「おまえもな」

 背中越しに言った一鉱は、微笑んで大広間へ戻っていった。


――あたしも、行かなきゃ


 一桜は白龍刀を手早く背に縛り付け、立ち上がった。

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