例え話

黒い白クマ

ニンギョ?なんだい、それ。少なくとも僕じゃないや。ニンゲンも違うよ、僕の名前じゃない。あぁ、君の名前か。え、名前じゃないの?


やだよ。今ちょうど太陽とタイミング合っちゃったから出たくない。


だからニンギョは知らないよ。どんな魚?魚じゃないの?


あぁ待って、僕それなら多分知ってるよ。ニンギョ、あいつだ。


分かった、分かったよ。手短にね。


僕があいつと知り合ったのは本当に偶然のことなんだ。もし僕が水面に顔を出さなきゃ会わなかっただろうし、そもそもあいつが同じタイミングで顔を出さなかったら、やっぱり会わなかっただろうし。


水の外で生活出来ないわけじゃないけど、僕らってあんまり水の外に出ない。僕みたいに好奇心の強い奴じゃなきゃ、わざわざ水面から顔を出したり陸に上がったりしないよ。だから、みんなは一生この池以外を知らずに死ぬんだと思う。だって食べるものは陸にないから、上がって行く理由がない。僕?僕は外を見るのが好きだから。それだけ。


その時だっていつも通りだったよ。食事を済ませてから水面まで泳いでいった。あぁそう、その時は外を見るだけじゃなくて陸に上がろうと思った。海藻を抱えていったのを覚えてるよ。なんでって……土に直接乗っかると痛いから、僕はいっつもそうしてる。海藻を抱えていってそれを地面に投げるの。繰り返すうちに、少しずつ道みたいになって楽しいよ。うん、そう。それ。そのへんの全部、僕が投げたんだ。


水面から顔を出して陸に上がろうと思った時に、水の音がしたんだ。僕は隣の池……ほらあっちだよ、透明の。あっちの方に首を向けた。


それが、あいつ。隣の池に生き物が住んでいたことすら知らなかったから、結構驚いたよ。覚えてる。沼に住んでる奴なんていたんだ、って言われたし、向こうも驚いてたみたい。きょときょと目線を泳がせてた。


沼ってちょっと違うよね、沼はもっと向こうにあるドロドロしたのでしょ。ここはドロドロしてないもの。あぁうん、ずっと前にね。もう長いことあっちまでは行ってないけど。


僕はずっとここに住んでるけど、あいつもずっとその池に住んでいたらしいよ。今もいるんじゃない?中にはあいつみたいな奴がたくさん住んでるって言ってた。


そういやあいつ、変な色だったな。君もあいつと似て変な色だね。んーん、あいつは君よりもっと暗い色。


あいつ、初対面から失礼な奴でさぁ。沼になんか住んでるなんて、とか、よくそんな所に住めるな、とか。ここ、ずっと明るさが変わらないから居心地いいんだよ。なのに、ひどいよね。だから言ってやったんだ、僕からしたら君こそそんな所に住んでてすごいや、って。だって、透明なんだよ?ずっと光の中なんて、僕には無理。


うん、そう。あんまり光には強くないの。陸に出た時たまに太陽とタイミングが合う時があるんだけどね。うん、今みたいに。太陽の光は気持ちいいけど、あんまり長く浴びてると肌が痛い。その点、中にいればいつも程よく薄暗いからね。多分、みんなが僕を変わり者だっていうのもそれが大きいんだろうなとは思うよ。でもみんなだって毒がある魚を「この痺れが美味しい」とか言ってバクバク食べてるんだから、大差ないよね。


あぁ、ごめん。あいつの話だったね。


話しているうちにあいつが、なんで今まで会わなかったんだろう、って言いだしたんだけど。


なんだったかな……あぁ、ジカンだ。ジカン。同じジカンにいつも顔を出しているのに、どうして会わなかったんだろう、って。何のことか分からなかったんだよね。初めて聞いた言葉だよ。太陽の位置で測るやつなんだって。太陽なんてついてるかついてないかじゃない、って僕言ったんだけど、イシニ……違う、イ、イチ、イチニチ!イチニチでゆっくり動くんだって!太陽って動くの?


ジカンって結局なんだろうね?同じ、同じジカンってことは、えーと何か、物かな?イチニチで押して動かすの?


君は知ってる?そう、知ってるのか。もしかして君もそこの池の子?ありゃ、違うの。物知りだねぇ。いいなぁ、教えてよ。うん、この話が終わったらでいーよ。


ホントにね、あいつと話すと、知らない言葉が多いの。でも教えてくれないんだよ、使わないんだから気にすんな、なんてさ。


ね、そうだ。僕とあいつって似てるの?ええと、つまり、ニンギョ、僕ニンギョに見えるかい?いやね、思い出したんだよ。僕の事見て、あいつ、そう。僕の顔をじっと見て、首傾げて、同じに見えんだけどだいぶ違うんだな、って最初の日に言ってきてさ。僕からしたらとてもじゃないけど同じ生き物とは思えなかったから……。色が違うじゃない。僕、あいつの色、初めて見たよ。ここにはあんな色の子いない。


顔?ああ、そうかもね、確かに魚よりは似てる。ふふ。じゃあ君は、僕と君、似てると思うの?そう、僕はそうは思わないなぁ。君とあいつは似てるよ、君の色も濃いね。ここに住むには向かないよ、だってきっとすぐ君のこと見失う。


あ、もしかして、似てないって言ったら失礼だった?うん、似てないと思うよって言ったら、あいつはちょっと不服そうな顔したんだ。でも、なんも言わなかった。黙って、変な顔してたんだ。思ったこと、言っただけなんだけどなぁ。


最初の日は割とすぐ別れたよ。あいつがヒルメシだから戻る、って。ヒルメシ。また初めての単語。君は分かるんだろうね。うん、やっぱり。また会おう、に、タイミング合うか分かんないよ、って返したら、また、不服そうな顔したの、覚えてる。また、会えるといいなって言い直したあいつに、そうだね、って言って、その日はおしまい。


それが、あいつと会った一回目。その後、思ったよりたくさん会ったよ。あいつは他のジカンにも来るようにしたからって笑ってた。


会って、話して。お互い知らない言葉ばっかりだし、話はいつも噛み合わない。でもまぁ、楽しかったよ。


五回目か六回目か、あいつは陸に上がれるなら、こっちの方まで来れんのか?って言ってきた。あっちの池に住んでいるみんなは、水から体を出すと呼吸が出来ないんだって。あぁ、これは三回目に聞いた。僕はそうだよ、空気からでも水からでも酸素があればへーき。あいつ、水からじゃなきゃだめなんだってさ。エリ?コ、キュー?とかなんとか。そう、それ。あいつ、魚みたいな体してんの。下の方だけ。足も尻尾もないんだ。


陸に上がった僕を見て、あいつは随分驚いた。なんで手が四本あるんだってさ。君と同じだね。君も、四本。うんそう、足だよね。あいつ、足知らなかったの。ね、君は尻尾ないの?へぇ、じゃあ僕らともあいつらともまた違うんだね。


僕その時ねぇ、池の近くまで行ってさ、水に入ってみようとしたんだよ。でも無理無理、あんなの生き物の住むところじゃないよ。肌がビリビリしてそりゃもう……え?エンブ、ノード?ってなんだい?気にしないで、って、なんだよ、君もあいつみたいなこと言うんだね。


絶対ヤダね、住むところじゃないよ、痛くないの?って言った僕に、生まれたときからここにいるからって。つーかなんかその言い方腹立つ、って言われた。でも、僕にとっちゃ住むところじゃないもの。素直に返したのに、また、不服そうな顔。でも俺達はここにいるんだ、生き物だぞ、って、そう言ってた。


それからねぇ、また三回くらいは会ったのかな。途中でね、友達と親にあいつの事話したら、関わるなって言われたんだ。ひどい話だよね?毛がなくて足がない時点でバケモンだ、何されるか分からないぞって。でも誰も酷い目には合ってない。というか、会ったこともないし。どうして危害が加えられるって分かるんだって聞いたら、だあれも答えらんないから、ほっといた。


最後に会った時にさ、あいつにも同じこと言われたの。いや違うか。ええと、あいつも同じこと言われたってこと。もう、会えないって。親に止められたって。そういう決まりなんだってさ。


わっかんないよね。理由がないルールを守ったって意味無くない?って聞いたんだけど。僕としては素朴な疑問だったんだけどね、あいつまぁた不服そうな顔して黙っちゃって。しばらくして、小さい声で、それが当たり前だし正しいんだってさ。って、水に戻った。それから会ってないの。


たくさん話したけど、僕、あいつの名前も知らないや。ニンギョ、って名前じゃないんでしょ。


ね、君。ニンギョ探してるんでしょ?多分あいつがそのニンギョだよ。下が魚なの。上が君と同じで、下が魚と同じ。そう、隣の池ね。でも言った通りだから、たぶん友達にはなれないよ。


帰るの?ふぅん、またおいでよ。あいつと友達になれなくて、退屈だったの。それとも、やっぱり君も、格好が違うから僕と友達にはなれないのかい?

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