エロゲーマーとラプソディ(2)

 某日——。

「主人公とヒロインがイチャイチャエッチするのを見るのが好きなのであって!エッチシーン目的ではありませんからっ……!」

 ボクの部屋でそう叫ぶのは、同じ高校に通う後輩女子の榎本えのもと

「つまりエッチシーンが好きなんだろ?」

「だーかーらー!」

 榎本はわなわなと震えて怒りを露わにする。

「さっきからちがうって言ってるじゃないですかっ!」

「なにが違うんだよ?」

「全然ちがいますよ!先輩と一緒にしないでください!」

 さて、ボクたちがなんの話題で盛り上がって——否。口論へと至ったのかというと……。


      ***


 十数分前——。

 ボクと遊ぶ約束をし、ボクの家へ訪れた榎本。

 部屋へ入るなり榎本は無遠慮にベッドの縁へ腰を下ろし、なぜだかそのままこてんと上半身を横へと倒してくつろぎはじめた。

 榎本が部屋へ入ったのはこれで二度目となるのだが、それにしては寛ぎすぎではなかろうか。

「今さらだけど、よく自分の胸を触った男の部屋で寛げるな」

「ま、まぁアレはあたしがけしかけたのも悪いですし……」

 頬を染め、視線を泳がせて言う榎本。

「先輩があたしのこと、異性としてなんとも思っていないことはわかっているので」

「さすがになんとも思ってないわけじゃないが……」

「で、でもその……二人きりになったからって、色情魔のように襲ってきたりはしませんよね……?」

「ああ。そっちから誘ってきたらその限りじゃないけどな」

「なんであたしが先輩を誘惑しなきゃならないんですか!」

 とにかく、と榎本は横たわったまま話を続ける。

「先輩のことは信頼しているので、警戒する必要はまったくないって確信をもって言えます」

「……」

 ちょっと優しくされただけでほいほいついていきそうだなこの後輩……心配になるわ……。

「ところでさっきからパンツ見えてるぞ」

「もっと早く言ってくださいよ変態先輩!」

 起き上がってスカートの裾をおさえる榎本。

「そういえば、榎本には言っていなかったな……」

 ボクは神妙な面持ちで切り出す。

「な、なんですか……?」


「ボクは女性の下着には興味がない!」


「よく後輩女子相手にそんなことを真顔で言えましたね!?」

 まぁ聞け、と榎本を制する。

「見えそうで見えないのが一番エロい」

「だからなんで後輩女子相手に真顔で性癖を暴露してるんですか!?」

 つまりだ、と続けるボク。

「榎本は今、とっさに下着を見られまいとスカートをおさえただろう?」

「それはまぁ……下着が見えてるとわかれば、女子ならみんなそうすると思いますけど……」

「それだ。下着を見られまいと隠すその仕種しぐさこそエロスを感じる行為であって、たかが下着が見えたところでなんとも思わない——だから榎本は、下着を隠すのではなく、堂々と見せつければいいんだ」

「なるほどわかり……ってイヤですよ!そんな痴女みたいなことしたくありませんよ!」

「榎本の下着には魅力がないと言うのにか?」

「なんなんですか!?最近先輩、あたしに対するセクハラに抵抗なさすぎですよね!?楽しんでますよね!?」

「すごく楽しい」

「うわー最低だこのヒト!後輩女子にセクハラしてすっごくいい笑顔!」

 ふぅ、と榎本はツッコミ疲れたのか息を吐いた。

 そうして一拍置いてから、ジトッとした目でボクを見つめてくる。

「先輩が変態性癖の持ち主だということはわかりました」

「エロゲーマーに変態とか言われたくないんだけど」

「あぁん?」

「なんだ?」

「なっ……!?あたしの凄みが効いてない……!?」

 ふ……甘いな榎本。人は日々成長しているものなのだよ。

 榎本ごとき頭のネジがぶっ飛んだエロゲーマーに凄まれたところで、もはやひるむボクではない……!

「なんだ榎本。反論があるなら聞いてやるぞ?」

 ボクは口端を上げ、余裕ある笑みを見せる。

「ちっ、童貞のくせに生意気ですねっ!」

 いいですか!と榎本は堂々たる口調で言う。

「あたしはたしかにエロゲが大好きです。むしろ愛してます。ですが、断言しますが、あたしはエッチシーンが目的でエロゲをプレイしているのではありません!あくまで主人公とヒロインがイチャイチャエッチしているシーンが好きなだけなんです!」

「……つまり、エッチシーン目的なんだろ?」


      ***


 そして現在に至る——。

「じゃあたとえば、そもそもエッチシーンが多めでストーリーはあってないような所謂いわゆるきゲー』はやらないってことか?」

「わざわざ買うことはないですけど、体験版があればとりあえずプレイし……って後輩の女子になんてこと訊いてるんですか!?」

「いいだろ。ボクだって性癖を晒したんだ」

「先輩の性癖なんて知りたくもなかったんですけどねぇ!?」

 しかし……女子高生で抜きゲーにまで手を出しているとは……いよいよ末期だなこいつ。

「とにかくですね、あたしの言う『エッチシーン』と『主人公とヒロインがイチャイチャエッチするシーン』はまったくの別物なんですよ。わかりました?」

 うん、まったくわからん。

「痴漢や凌辱りょうじょくモノよりは、純愛モノが好きとかそういう感じ?」

「抜きゲーにおけるはたしかに好きではないですけど……たとえば、深い絆で結ばれた主人公とヒロインが、プレイの一環として痴漢プレイやレ○ププレイをするのは全然アリだと思ってます」

 さらりととんでもないことを口にする榎本。

 本人は気にしていないようなので触れないでおくか……。

「つまりあれか。相思相愛の主人公とヒロインがイチャイチャするのを見るのが好きなのであって、愛のないエッチには興味ないってことだな?」

「やっとわかりましたか。最初からそう言ってるのに」

 まったく、と嘆息する榎本。

「……」

 榎本が途端にハッとし、顔を真っ赤に染めて視線を逸らしながら口にした。

「ところで……なんであたし、先輩とエロゲトークしてるんでしたっけ……?」

「今さらだな……」

「巧みな話術で後輩女子にエッチな話をさせるとかっ、やっぱり先輩は最低な変態です!」

 なんでキレてんだこの後輩。

 そんな榎本の言葉は無視して、ボクはところで、と気になったことを訊くことにした。

「榎本は痴漢願望があるのか?」

「あるわけないじゃないですか!先輩はどれだけあたしを痴女にしたいんですか!?」

「じゃあ彼氏とそういうシチュエーションでプレイをしてみたいとか……?」

「百歩譲って二人きりでならいいですけど、さすがに電車内とか他に人がいるところでは……って!後輩女子にそういうことを聞かないでください!」

「すまない。榎本がここまで変態とは思っていなくて……」

「あたしを変態認定しないでください!女子だってエッチなことに興味あるんです!」

 それはそうだろうが、榎本の場合『興味ある』の範疇を逸しているような……まぁいいか。

「それより榎本の下着の話だったな」

「わざわざぶり返さなくていいですから!」

 それより、と榎本。

「先輩は普段、どんなエロゲをするんですか?」

「そんな恥ずかしいこと後輩女子に言えない(照)」

「その後輩女子を散々はずかしめておいてよく言えますね!?」

「そもそもボクはエロゲーマーじゃない。エロゲもするオタクというだけだ」

 以前に比べれば減りはしたものの、昨今のアニメはエロゲ原作の作品もそこそこあるからな。アニメを観て興味を持ちネットで調べたら元がエロゲだった——なんて珍しくもない。

「でもするんですよね——てか、そもそもあたしと知り合ったのもエロゲショップですし」

「いや知り合ったのは学校の図書室だろ」

「そのツッコミは十点です——あ、百点満点中の十点ですからね?」

「知らんがな」

 なんてツッコむのが正解だったんだ?

 いや、そもそもなんで点数つけられたの今?

「じゃあ質問を変えましょう」

 榎本は足を組み、満面の笑顔で——


「どんなキャラでブヒってるんですかぁ?」


 そんなことを訊いてくる。

 一応説明しておくと『ブヒる』とは、アニオタを指す呼称のひとつで『萌え豚』というのがあり、アニオタがキャラクターに対し「可愛い!」などと興奮し叫ぶ様子を豚の鳴き声にたとえていつしか使われるようになったネットスラングである。

 つまり榎本は「どんなキャラで興奮しとんねんこの変態」と訊きたいのだ。

「そうだな……」

 ボクは榎本の様子を窺いながら、静かに口を開いた。

「髪は茶色で、胸がそこそこあって、生足が綺麗で、エロゲ趣味の後輩キャラかな」

「まるであたしみたいですねぇ……って!だれのムネがそこそこやねん!!」

 え、ツッコミどころそこなの!?

「あたし、意外と大きいほうなんですよ?」

「知らんがな」

「いやいや!先輩触ったことあるじゃないですか!あたしのムネ!」

「そう言われてもな……下着越しじゃわかるもんもわからんだろ」

「じゃあ直接……ってまた誘導しましたね!?」

 相変わらず暴走してるなぁ……。

 意図して誘導したつもりは……あるんだけれど。榎本ならノってくると思ってはいたけれど。

「等価交換といこう」

「は?なにがですか?」

「ボクの胸を見せてやるから榎本のムネを揉ませてくれ」

「いろいろと等価じゃないんですけど!?先輩の貧相な胸板なんて見たくないですし!あたし損しかしてないんですけど!?」

「ボクみたいに一見貧弱そうなキャラが、実は脱いだら鍛えてたりするのだぜ?」

「ニヒルな笑みを浮かべないでください!口調と相まってすっごくムカムカします!」

「ムラムラ?」

「どこにムラムラする要素があったんですか!?たしかにある意味興奮はしてますけども!」

 ふぅ、と一息吐く榎本。

 完全にツッコミキャラとして定着してきたなこの後輩……。

「また逸れましたけど……実際のところ、先輩はどんなキャラが好きなんですか?」

 なぜだかやや呆れ気味に訊いてくる榎本。

 ボケるのも疲れたので、ボクも真面目に応じることにした。

「見た目はあまりこだわらないな……たとえばゲームの場合、プレイする前は『ビジュアルが苦手だなぁ』と思っていたキャラでも、実際にそのキャラのルートをプレイしたら『あ……好き』ってなったりするし」

「わかります!付き合う前は冷たい態度をとっていたヒロインが、付き合いはじめていざエッチするときに、ものすごくデレデレしてるのを見るとものすごく興奮しますよね!!!」

「そ、そうな……」

 エロゲ基準なのが気になるが、まぁおおよそあってる。

「それでそれで!それまでエッチなことに興味なかったのに、主人公と結ばれてからは一人でもするようになっちゃったりして!」

「……」

「そしたら一人でしているところを主人公に見られて——うぇへへたまりませんよねぇ」

 ゲヒた笑みを浮かべるエロゲーマー。

 やっぱ変態じゃねーか。

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