3.回復魔法

「君に集まった精霊がね、使いたがるんだよ『回復魔法』を」


クレストが言った言葉に明らかに動揺するフローラル。首を振るえるように揺らしながらフローラルが答える。


「い、いえ、そんなことは……、私……」


クレストが言う。


「回復魔法を覚えたいんだよね。だから水魔法。どんな魔法を覚えたいの?」


フローラルは顔を赤くしながら頭を下げクレストに言った。


「きょ、今日はこれで結構です! ありがとうございました!!」


フローラルはそう言ってひとり魔道館から走り去って行った。



「難しいねえ、年頃の女の子ってのは……」


ひとり残ったクレストはそうつぶやいて帰宅の準備をした。




ドン!!


「きゃあ!」


魔道館を出て必死に走っていたフローラルは、暗闇の中誰かにぶつかって転んだ。慌てて謝る。


「ご、ごめんなさい!!」


そのぶつかった相手、金髪の長い髪の女生徒とその取り巻きが言った。


「あなた、なにセンコーにおべっか使ってるの?」


「えっ?」


倒れたままのフローラルが顔を上げて言った。


(同じクラスの……、確かレイラさん……)


フローラルは同じクラスになったレイラとその友達を見て思った。立ち上がりながらフローラルが言う。



「おべっかって、私、そんなことは……」


レイラが言う。


「気持ち悪いのよ。入学早々、センコーへ点数稼ぎ? そんな薄い服着て色気使ってるなんて信じられないわ!!!」


「そ、そんなこと」


そう言いつつフローラルはカバンの中から上着を取り出す。それを見たレイラが魔法の詠唱を行う。



「火の旋律・ファイヤ!」


空中に魔文字を書き魔力を集中させる。


ボン


「きゃあ!!」


フローラルが持っていた上着の一部に火がつき燃え始める。急いで地面に叩きつけて消すフローラル。レイラが笑って言う。


「きゃはははっ、いいざまだわ!! いきがってんじゃないわよ!!!」


「ど、どうしてこんなこと……」


学園内での生徒同士の喧嘩による魔法使用は厳しく禁止されている。ただそんな事よりもフローラルは怖くて体が固まってしまった。


「行くわよ」


レイラは取り巻きにそう言うとフローラルを睨みつけてその場を去った。


「ううっ、うう……」


フローラルはひとり地面に座り込み涙を流した。





「ただいま……」


フローラルは日も落ちて真っ暗になった街を歩いて橋を渡り、対岸の外れにある家に帰った。


この辺りは裕福層が暮らす街中央部とは違い、収入の少ない貧困層が暮らす区域である。その二つの区域は深く谷のような水路で隔てられており、行き来はすべて橋を渡って行われている。

フローラルはエルシオン学園に入学できたので特別に橋を自由に渡れる通行証を貰っているが、そのような人物は一部の者のみである。


フローラルは家に入ると母親が彼女を迎えた。


「おかえり、フローラル」


フローラルは急いで両親と食事を終えると、の為に用意された食事を持って彼の部屋の前に立った。



コンコン


部屋のドアをノックするフローラル。

返事はない。


「開けるよ……」


フローラルはその閉ざされた部屋を開ける。

カーテンは閉められ明かりはない。ツンと鼻を突く何かの腐敗臭。ベッドの上には弟であろう毛布が盛り上がっている。

彼女が入ると同時に部屋にいた風の精霊が騒ぎ始める。フローラルは明るく言った。


「ご飯ここに置いておくね。今日はジャガイモのスープ。美味しかったよ」


フローラルは食べ終わった先の食器を持って静かに部屋を出た。


「ふう……」


フローラルは少し悲しい顔をしてから台所へ向かった。





「回復魔法を、教えてください……」


翌日、魔道館に現れたフローラルはそう言ってクレストに頭を下げた。


「回復魔法……」


クレストはフローラルが呼び寄せた水の精霊達が使いたがっていたことを思い出す。クレストが言う。


「いいんだけど、そろそろ本当のことを教えてくれないかな? じゃないとちゃんと君が期待していることを教えられないかもしれない」


フローラルはずっと下を向いたまま黙り込む。


「回復魔法と言ってもいろいろ種類があるし、難易度も……」


そう言いかけたクレストにフローラルが話しかけた。



「弟が、弟が病気なんです……」


「病気?」


フローラルが顔を上げてクレストを見つめる。


「弟は私なんかよりもずっと上手な風魔法の使い手でした。でもある日、風精霊が暴走して暴れ、弟の精神を破壊しちゃったんです……」


「……」


黙って聞くクレスト。フローラルが目を赤くして続ける。


「その風精霊は私が何とか追い払いました。ただ今もまだその精霊がいるのか分かりませんが何かの気配を感じるし、弟もずっと部屋に引き籠ったままになりました。だから……」


「だから回復魔法を覚えたいんです!」


フローラルがクレストを見つめる。



「私の家にお金はありません。お医者さんにも診せることもできません。だから私が回復の魔法を覚えて弟を……、ううっ……」


そこまで話すとフローラルは両手で顔を押さえて泣き始めた。クレストは自然とフローラルを抱きしめて頭を優しく撫でた。フローラルが言う。


「だから私、教科書で見た状態回復の水魔法『キュアヒール』を習いたいんです。高度な魔法なのは分かっています。でも先生、お願いです。私に教えてください……」


フローラルは涙を流しながらクレストを見上げて言った。



(か、可愛いぞお!! これをやられて断る男なんていないはず。ただ……)


「分かった。でもキュアヒールは難しいぞ、本当に」


「はい、私頑張ります」



クレストはフローラルの笑顔にそれ以上言うのをやめた。

その日からフローラルへの特別授業が始まった。




「違う違う!! もっと感じて、水精霊を感じるんだ!!!」


クレストの声が魔道館に響く。

必死に精霊との会話を試みるフローラル。


「もっと同調して! 自分自身を信頼してもらうんだ。心を開いて!!」


「ううっ、うう……」


必死に頑張るフローラル。

しかし彼女の場合、天性で持っている風魔法が強すぎてそれが干渉してしまう。




「はあ、はあ、はあ……」


魔法力を使い果たし、四つん這いになってフローラルが大きく息をする。もう今日は限界のよう。クレストが言う。


「今日はこの辺にしようか。もう外も暗いし、また明日頑張ろう」


「はい」


フローラルはそう言いながら立ち上がる。そしてクレストに言った。


「先生、私汗べたべたになったんでシャワーを浴びて来ます」


「うん? ああ、そうだな……」


フローラルは少し笑って言う。



「先生、一緒に浴びませんか?」


「ぎょぎょ、ぎょふぇ??」


クレストの頭の中に一瞬で色々な妄想が駆け巡る。素晴らしい展開だ。ただそんなことをしたらあの真面目でお硬いレオンに八つ裂きにされるだろう。

クレストが固まって動けなくなるのを見てフローラルが笑って言う。



「冗談ですよ、先生。じゃあ、また明日よろしくお願いします!!」


そう言ってフローラルは小さく頭を下げると魔道館を出て行った。



「あれ?」


クレストは今になって初めて気づいた。


「今日、あいつ、おさげじゃないじゃん……」


今日、少しだけ大人っぽく見えていたフローラルの理由がようやく分かった。

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