1ー②

 駿河基地から数10キロメートル、国防軍機とエゲツナー軍機の戦闘は国防軍側が劣勢であった。エゲツナー帝国の航空機と巨大ロボット総勢数十機は迷わず駿河基地へと進軍している。


「畜生め! 戦力に差がありすぎる!!」


  英雄は机を殴った。


「しかし、やつらは何故この駿河基地に向かっているんだ····?」


 整備兵の一人が何気なく呟いた疑問に、英雄は思い当たる節があった。この基地とエゲツナー帝国に最も縁の深いモノ…それは英雄自身。先の大戦で最も帝国を苦しめた、来満英雄という存在を真っ先に潰しに来た…のだとすれば、なぜ帝国は英雄の所在が駿河基地にあると知ったのか。という疑問は残るが、その仮説が正しいとなれば英雄の取るべき行動は一つ。


「………格納庫に残っている機体は?」


 英雄が部下に問う。


「ありません……いえ、1機だけあります。……まさか、来満大尉…」


 部下が言い切る前に英雄が返す言葉でその口を塞ぐ。


「奴らの狙いは俺だろう。 ならば俺が奴らを基地や市街から遠ざけねばならん!」


 そして英雄は続けた。


「俺の乙型を出せるようにしておいてくれ……出撃する!!」


 英雄がパイロットスーツに着替え、上官から緊急出撃許可を得た頃には、既に機体の出撃準備が整っていた。 メタルディフェンサー乙型─かつて地球の救世主とも謳われた英雄が駆った機体は終戦後3年間一度も出撃する事はなかったが、 彼の偉業を讃えてか整備が欠かされる事は無かった。

 英雄は再び相棒のコックピット内へ入り、着座すると同時に胸部ハッチを閉じた。


「ウウッ……」


 空間が閉した途端、動悸が始まり、筋肉が収縮する。 忘れたくても夢にまで現れた、潜り抜けてきた死線の記憶が精神を蝕んでゆく。


「大尉殿……大尉殿!?」


  英雄のうめきを聞いた部下達が機体の外から呼びかける。


「……こんな時に動けないで何が“ヒーロー”だ、さっき部下たちに偉そうな口聞いて、 手前は戦場にすら出られねえじゃねえか!」


 英雄は奥歯を噛みしめ、操縦桿を握り、機体のメインシステムを起動させた。


「心配いらん! 来満英雄、メタルディフェンサー乙型、 出撃する!!」


 英雄の合図とともに射出カタパルトから放り出された乙型。 英雄は恐怖を振り切り、翔んだ。 基地から射出された乙型は、限界の距離まで飛ぶと背部スラスターから推進剤を噴出し、自力飛行へと切り替えた。 いくら人型ロボット兵器が実用化されたとはいえ、永続的に飛行するロボットは未だにサイエンス・フィクションの領域を出ていない。


 程なくして推進剤は尽き、乙型はパラシュートを展開。 ゴルフ場へと降下してゆく。


「なるほど、思った通りだぜ」


  コンソールの表示を索敵に切り替えると、敵軍は駿河基地部隊との交戦をそっちのけて英雄の現在地へと移動を開始していた。


「どういう理屈かは解らんが、奴らは俺だけを感知している様だな…」


 英雄の仮説は的中していた。基地から離れたゴルフ場に敵をおびき寄せ、迎撃する。そして、他基地の部隊や同盟国軍の援軍を待ちながら持ち堪える─それが英雄の作戦だった。ひとまず英雄は身を隠すため、ゴルフコースの林に乙型を移動させた。


 エゲツナー帝国機が編隊を組みながらゴルフ場へと飛行してきた。 地球のMMSと違い、永続的に単独飛行を可能とするのがエゲツナー帝国のロボットだ。そしてあろうことか、彼らの機体は全て無人機である。 飛行エネルギーはエゲツニウムという地球には存在しない物質で賄われている。 一見、利点だらけのシステムにすら見えるが………


「ここだっ!」


  英雄は右手でスイッチを押す。 すると、 轟音とともに林の中から何かが飛び出し、エゲツナー軍機の群れを襲った。 その正体は対MMS用装甲弾。 編隊の中心に被弾した弾丸は敵機のうち1機を爆発させる。すると他の機体に誘爆し、次々に爆発が連鎖してゆく。 エゲツニウムはその高エネルギー故に爆発の威力が尋常ではなく高い。これがエゲツナー機の弱点でもあった。


 限られた武装で効率よく敵を落とすのは先の戦いで英雄が学んだ戦術の一つ。 半数以下に数を減らしたエゲツナー機の残り5体は装甲弾の発射元である林に集中砲火を浴びせる。 紫色の熱エネルギー体は所謂『ビーム』と呼ばれるもので、これまた地球の技術では未だ実用化されていない。


「ひっかかったな!!」


 先の林とは別方向の林から轟音。瞬時に2発の砲弾が発射され、3機のエゲツナ 一機を爆発させた。 最初の砲弾は MMS用ロケットランチャーを林の中に砲台として設置し、遠隔操作で発射したものである。 敵機の AI が発射元を攻撃している間に英雄は別方向から騙し討ちを行った。 エゲツナー機の弱点2つ目は無人機である事だ。パイロットの機転や応用がAIには無いので、咄嗟の事態に対処が遅れる事がある。 そして、無人であるが故に英雄は人命を奪う事を恐れずに戦いへ全力を注げるのだ。


 残り1機。 最後のエゲツナー機はすかさず反撃に出た。 英雄は林の中をMMSの脚で文字通り駆け抜ける。 残された武装はMMS手榴弾とメイス (槌)のみ。 接近戦武器しかない以上、逃げ回り反撃のチャンスを伺うしかない。 背後でビームが林に傷を穿ち、木っ端や土砂を巻き上げる。 草木の焼けた匂いと、硝煙が英雄の鼻腔へと襲い掛かる。


「うっ」


 英雄の脳裏に先の記憶がフラッシュバックする。 ビームに焼かれた僚機が爆発し、無線越しに悲鳴を上げ散った戦友の記憶を、 英雄の嗅覚が脳の奥からほじくり返したのだ。


 英雄機の動きが一瞬鈍った刹那を、エゲツナー機は見逃さなかった。 轟音の後に衝撃。左脚をビームで吹っ飛ばされ、バランスを失った機体が倒れる。前方に転がりながら地面へ激突する間の一瞬が体感では実際の5倍くらい遅く感じる。仰向けになった英雄機の上空から敵機がビーム砲を構える様子すら、今の英雄にはスローモーシ ョンに映る。


ゆかり・・・・・・お前もこんな感じで死んだのか・・・・・・?」


 亡き親友の名を口にし、英雄は死を覚悟した。

 …その時だった。英雄の真上、敵機の背後で空に大穴が開き、中から乙型より一回り大きく黒い人型のロボットが現れエゲツナー機の背後に付くと、持っていた刀状の武器でエゲツナー機を頭部から股間まで縦に斬り裂いた。黒いロボットはそのまま重力に任せて落下し、頭上で敵機のエゲツニウム炉が爆発した。


 黒いロボットは英雄機の傍らに立つと、頭部をもたげ、 眼を模したセンサーアイをこちらに向けた。


『あの、大丈夫ですか? え~っと、 生きてますか…?』


 黒いロボットの外部スピーカーから聞こえたのは女の声だった。 そして、おそらく声の主はかなり年若いと思われる。 英雄は機体の右手を90度挙げ、生存を示した。九死に一生を得た今は声が出せる様な精神状態ではなかったのだ。


『よかった! 今、助けますね·····』


 少女と思われる声を遮る様に、開きっぱなしだった次元穴からエンジン音と回転翼のタービン音が聞こえ、赤い戦闘機と青い飛行船が次々に姿を現した。


『セリカどの! 何かあったでござるか!?』


 赤い戦闘機の外部スピーカーを介して聞こえたのも少女らしき声。こちらはかなり威勢がよく、スピーカーの音が割れんばかりにでかい。


『急に出口の向こうで爆発したんですもの。びっくりしましたわ』


 飛行船から発せられる声もまた、少女のものと思われるが、こちらは先ほどの声とは対照的に落ち着いている。そして、穴からもう一機違うメカが現れると、穴は閉じた。現れたのは4本脚で歩行するライオンのようなロボットだった。


『全く、エゲツナー帝国との戦闘中に転移するなんてツイてないな。・・・・・・ここが地球って所で間違いないのかい?』


 白いライオンロボから発せられたのも同じく少女の声だった。


『 このロボットの右肩に付いてるのが、この世界の【ニッポン】って国の旗だから転移は成功したわ』


 黒い人型ロボの指が乙型右肩に貼付された日の丸を指さし、パイロットが言う。 地球では国連加盟国の軍隊はMMSの右肩に国旗を掲げる事が義務付けられている。


『皆さん、エゲツナー帝国の増援が来ますわ!』


 緑の飛行船メカのパイロットが先ほどの穏やかな口調とは打って変わって語気を強めて言った通り、東の空に英雄が撃墜した10倍近い数の敵機が飛来するのが遠目でも確認できた。


『セリカ、えつ子、ユリーナ、空で戦える君達で奴らを迎え撃ってくれ』


 白いライオンロボのパイロットが言うと、黒い人型ロボは跳躍し、青い飛行船メカの上に着地した。


『シアちゃんはそのロボットに乗ってる人をお願い!』


『お先にでござるー!』


『お待ちなさい、 えつ子さん!』


 黒い人型ロボを載せた青い飛行船メカは先行する赤い戦闘機メカを追い、敵陣へと飛んで行った。


『さてと……ちょっと失礼するよ』


 白いライオンロボの臀部に当たる部分からまるで尾の如く生えていた機械の触手のようなものが伸び、英雄機の機械がむき出しになった左脚に絡みついた。


『少々荒っぽいけど失礼するよ』


 シアと呼ばれたパイロットがそう言うと、英雄機のコクピットハッチがひとりでに開いた。


「はははっ。驚かせちゃったかな?」


 開いたハッチの外から声の主が顔を覗かせた。 凛とした鋭い目つきの顔には眼鏡が掛けてあり、銀髪をポニーテールに詰ったその少女は褐色の肌に丈の短い上下分かれた服の上から白衣を羽織った姿をしている。英雄はシートベルトを外すと、這うようにコクピットから外へ出た。


「驚きの連続だよ。 でも、ありがとう。 助けてくれて」


 そう言いながらヘルメットを外した英雄は少女の顔を改めて見た。 次元転移の穴から異様な機体とともに現れたという事は、やはり異世界人なのだろう。髪の色や服装は少々変わっているが、外見は基本的に地球人とそう変わらない。それどころか、彼女の顔に英雄は妙な印象を覚えた。まるで他人と思えない雰囲気があるのだ。


「疑問は山積みだろうけど、まずはおじさんの安全を確保しなきゃいけない。 話はこの 『ライゲル』の中でしようか」


シアはライゲルと呼称した白いライオンロボの上部にあるキューポラの中へ飛び込んでいった。英雄も続くが、先の戦闘で心身ともにガタガタなので、 梯子をゆっくりと降りながらぼやく。


「『おじさん』かぁ…28はおじさんか……」


 彼は精神にもう一つ傷を抱えた様だった。

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