第3話

私は毎回「ありがとうございました!」とお礼を言ってさかもっちゃんの背中を見送りながら、その生態に興味を募らせていた。


それから何度か週末が過ぎその店舗で仕事をし慣れて来た頃、毎回コンビニでお昼ご飯を買って休憩室で食べていた私に社員さんが「最上階にある社員食堂を使っていいんだよ」と教えてくれたので、初めてそこで昼食を食べることにした。


従業員用エレベーターしか止まらない最上階に着くと、お世辞にもお洒落とは言えない雑多な食堂らしき場所でたくさんの人が雑談しながらご飯を食べている。

ラーメン150円、唐揚げ定食250円!一番高いメニューは「日替わりスペシャル500円」。

社員価格に感動しつつ、ラーメンを注文した。日替わりも美味しそうだけど、150円でラーメン食べられるのに500円は払えないわぁと思いながら空いている席に着席したら、目の前にさかもっちゃんが座っていた。


さかもっちゃんはお客様の前でしか私とまともに話してくれないのに、ここには頼みの綱のお客様がいない。「しまった」と思ったけれどわざとらしく席を変えるのも失礼なので「お疲れ様でぇス…」と控え目に挨拶をしてふとさかもっちゃんのご飯を見たら…

「日替わりスペシャル」?!

思わず「えぇ!?それ日替わりスペシャル!?」と思わず話掛けるとさかもっちゃんはジロリとこちらを睨んで、物凄く面倒くさそうに言った。

「俺は毎回その場所の一番のものしか食わない。お前らみたいに無駄なものを食ってるヒマはない」


期待を裏切らないさかもっちゃんの返答と、無視ではなかった事に私はもう愛しさすら込み上げて来てふふふ、と笑いたくなるのをぐっと堪えながらラーメンをすすった。


昼食を終え、売り場に戻るとすぐに男性のお客様から声をかけられた。

正に私が販売している性能のソフトをお探しだったのだけど、お使いのパソコンや付属機器や用途などを詳しく伺うと残念ながら他社の製品の方がお客様には使い勝手が良さそうだったので、そちらをお勧めした。


するとお客様がメーカー名がでかでかと書いてある私のポロシャツを見ながら「お姉さん、ライバル会社のソフト勧めて大丈夫なの?」と少し愉快そうに仰ったので、「使えない物を売りつけるほど鬼畜じゃないですけど、もしお勤めの会社で大量購入をご検討の場合は是非我が社の製品で宜しくお願いします!」と言ったら、ガハハハハ、と大きな声でお客様が笑って、「その様な機会があれば。約束しますよ」と言って他社製品をご購入された。


「ありがとうございました」とお礼を言い、良い人だったなぁ、と思いながら次のお客様を待っていると、売り場の端っこを音も立てずこちらへ向かってスススススと早歩きでやってくるさかもっちゃんが見えた。

さかもっちゃんのメーカーは黒色のポロシャツが支給されているので、細身で小柄で黒いポロシャツに黒いスリムパンツを履いて無言無音無表情で高速移動して来るその姿はまるで忍者である。


何事…?!


私を目がけて来ているようには見えるけど…まさか私じゃなかろう…と思う間もなくさかもっちゃんは私の前に到着して、急に

「おい、お前!」

と言った。

初めて嫌味以外で話しかけられたけど…なんか怒っている?!

「え、何…?」

恐る恐る聞くとさかもっちゃんが興奮した様子で

「今、お前お客様と何を話してた!」

と言う。


あまりに急な問いに訳が分からず、え、え、と戸惑う私にさかもっちゃんは続けた。


「接客でな!一番難しいことは『お客様を爆笑させる』ことなんだよ!初対面の人を爆笑させられるってのはな!すげぇ事なんだよ!簡単そうで、すげぇ難しいんだよ!お前今それやっただろ!知っててやってんのか!お客様となにを話してたんだよ!」


褒められていると気付くのに、数秒かかった。

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