妹ハッピーシーズン!

狭倉 千撫

第新話 妹ハッピーニューイヤー!2022


作 0 者


 こちらは『シスターズハッピーエンド!』という作品の番外編です!

 本編と番外編の設定の違いは、作者の近況ノート『『妹ハッピーエンド!』 最新話更新の再告知(第一章 第五話)&???なお知らせ』のページをご参照ください!

 

祝 1 也

 

 元日。

 我が国では所謂いわゆる、一月一日のことを指して言い、その前後では休暇を取り、家族でそれぞれの祝いを執り行うわけだが、実際に新年を迎える際にそこまで大仰な催しをするのは、世界的に見れば、あまり例がないほうだという話を聞いたことがある ――― 休暇を取るにしても、元日の一月一日のみで、その前の大晦日や三が日は、普通に働きに出る国のほうが多いとか、そもそも国によっては旧正月なるものが存在し、一月一日ではなく、その旧正月の期間にまとまった休暇を取るとか何とか。

 我が国の人間は皆、「正月くらいのんびりしよーよ」と、口を揃えて言うのだが、それは一年の始めから、つまりスタートから、のんびりだらだらしようと言っていることと同じなわけで、スタートダッシュとして見てみると、やはりどうしても腑抜けていると評価せざるを得ない。年始めからそのようなテンションでは、その後の一年もずっとのんびりだらだらとした一年になりそうだ。そう考えると、海外での『元日しか休まない』くらいの気概のほうが、その一年を気持ちよくスタートできるのではないかと思わなくもない。逆に言えば、それでもやはり元日くらいは休みたいと思うのは、世界共通の認識なのだな、と考えると、何だか感慨深い ――― まあ一日くらい休まなければ、神社やお寺に行って今年一年の幸福をお願いすることも、ご近所さんに「今年もどうぞよろしくお願いします」と言って回ることも出来ないものな。

 そう言ったお願い、と言うかお参りや、礼節は、欠いて良いものではないだろう。それらを怠れば、それはそれでその年のスタートも、その後の一年も、良いものになるとはとても言えたものじゃない。

 そう、お願いやお参り。

 すなわち、初詣。

 一般的には『年が明けてから初めて神社やお寺に、その一年の平和と安寧を願って参拝』すれば、それを初詣と言う。だから別に元日に絶対行かないといけないと言うわけではない。実際的には、元日は家族みんなで、家でのんびり過ごし、初詣は三が日の何処かでいくという家庭が多い。究極的には、その一年に一度も神社やお寺に参拝せず、大晦日に参拝したとしても、それは初詣となるらしいが、それはさておき。

 その一年の平和と安寧を願う。

 これが初詣の目的なのだから、そりゃあ、元日に参拝するのが筋ってものだろうと、ぼく個人としては、そう考える。それこそ、海外の人たちは、元日の一日しか休暇を取らないのだったら、きっとみんなそうしていることだろう。

 のんびりなんてしていられない。

 新年はスタートしているんだから。

 ぼくも ――― ささ しゅくも、海外の人を見習って、良いスタートを切ろう。

 よーい、ドン!

「ということで妹奈、今日初詣に行かないか?」

「え、嫌だけれど」

 がーん。

 いきなりコケた。

 良いスタートを切ろうとして、意気込んだら盛大にすっころんだ。

 元日の早朝、殿との まい ――― ぼくの彼女は、彼氏からの電話でのお誘いを、即答で蹴り飛ばした。

「いや何でだよ! 新年から何でそんな冷たいこと言うの⁉ 断るにしてももっとやんわり断ってくれよ!」

「だって元日くらい、のんびりしたいから」

「お前もそっちの派閥か……、お前は彼氏との新年一発目のデートより、自宅で怠惰に過ごすことを選ぶというのか?」

「うん。どうしてもぐうたら出来ないなら、祝也と別れることも辞さない」

「だから何でそんなこと、臆面もなく言うの⁉」

「何かわたし、祝也の彼女とは思えないくらい、本編での出番が少ないから、ちょっとヤケになっちゃったんだよね」

「おい、本編とか言うな! 本編とか言うな! 良いか、本編とか言うな‼ このお話はあくまで番外編で、本編で見舞われているぼくの境遇は、一切無視しているから、ぼくと妹奈が普通に会話できているとかの注釈もするな! いきなり作者が打ち出したレギュレーションを違反してくるな!」

「祝也のほうが色々良くない発言をしちゃってると思うんだけれど……」

「おっと。幾ら番外編だからといって、メタ発言が過ぎたぜ、お互いに」

「いやだから、そういう発言が良くないってことでしょ……、あとわたし、別に自宅でぐうたらしているわけじゃないよ? 部活のお友達の家にお邪魔して、一緒にぐうたらしてるの」

 なら尚更、何でぼくと一緒に居てくれないんだよ。初詣の件はともかく、言ってくれれば、ぼくの家にお前を招き入れて、一緒にぐうたらすることくらい、なんてことないのに。

 部活のお友達とぼく、どっちが大切なの?

「そりゃあ祝也だけれど」

 うっ。

 そんなことまで即答されると、それはそれで言葉に詰まってしまう。

「それでも、祝也と一緒に居ることで、三人の痛々しい視線を常に感じながら一緒に居ないといけないと言うなら、わたしはお友達を取ります」

 ん?

 三人の痛々しい視線?

 誰のことを言っているんだ?

「いやいや、そこでとぼけるとか祝也、ちょっとキモいよ」

「いや別にとぼけてないし、そもそもぼくは嘘がつけないので、とぼけるという行為も出来ないのだが、いわれのないことでキモいと言うのは止めて頂けないかい?」

「じゃあ、純粋に理解力のない祝也をキモいということにしよう」

「キモいとは心外だな。と言うか今回は本当に心外だけれど、そんなにぼくってキモいのか?」

「うん」

「即答かよ」

「うん」

 心外だし、人権の侵害だ。

 ……まあ、確かに全然ちっとも全く心当たりがないということもない筈なのだ、本当は。

 言われた直後は本当にわからなかったけれど、それだって本当はおかしい……、『三』という数字を聞いた瞬間に、ぼくは思い当たっても良かった筈なのだ。

 三。三姉妹……、否。

 三愚妹。

「まあ確かに『あいつら』、なぜかお前のこと目の敵にしてるとこあるからなあ。流石に新年からぼくの家でのんびり、と言うわけにはいかないか」

「なぜかって……、本当にキモいなあ、わたしの彼氏は」

 何だか今日は、と言うか新年から、いささか毒が強過ぎでないかな、妹奈さん。それこそ、本編で出番がなさ過ぎて、性格が荒んだということはないにしても、性格を忘れたというのはあるかもしれない。

「ま、いいや。ともかく、初詣は明日明後日辺りに行こ。今日はもう、のんびりするという気分になっちゃったの」

 火殿 妹奈 ――― ぼくの彼女は、周りからは責任感が強く、折り目正しく、規律正しい、吹奏楽部の頼れる部長と謳われているが、ぼくから見たら、かくのように、どちらかと言えば面倒くさがりで、規律やルールも割と普通に破る、大雑把な性格なのだ ――― その辺りは、少なくとも忘れていなかったらしい……、まあ彼女がそこまで言うのなら、今日はやめておこう、彼女の我儘を紳士のように、真摯に受け止めるのも、彼氏の仕事と言えよう。

 彼女の着物姿が見たくなかったと言えば、嘘になるが。

 そんなわけで今日、つまり元日、ぼくは暇を持て余すこととなるのだった。じゃあまあ、前口上で、年始めからのんびりだらだらするのは良くないと宣ったぼくだが、特にやることもないわけだし、二度寝でも決め込もうか ―――

「シュク兄! おはよう! おせち出来たから、一緒に食べよ!」

 ……。

 …………。

「……ぐう」

「寝るなー!」


祝 2 也


 やかましい声を荒げ、ぼくの鳩尾みぞおちにおたまを容赦なく振り落ろして、命を奪おうとしてくるこの女の名は、笹久世 菜流未なるみ

 笹久世家の次女にして、ぼくの二番目の妹。

 未完成の妹、である。

 にわかには信じ難いが、ぼくと、笹久世家が誇る三愚妹が通っている、私立啓舞けいまい学園で、一二を争う人気者らしい。兄のぼくからしたら、こんな奴が人気になる理由なんて、何処にあるのか全くわからないが。

 お祝いの日である元日というのに、相変わらず生まれつきのボサボサな茶髪を、とてもダサいシュシュでポニーテールに結んでいる ――― 本当、こいつには洒落っ気の欠片もないな、新年くらい、着物とは言わないでも、少しはきちっとした恰好をすれば良いのに。

「二度寝をしようとしたシュク兄に言われたくありませんよーだ」

「で、用件は何だっけ?」

「だから、おせち料理が出来ました、と言うか作りましたので、一緒に食べましょうと、お誘いしているのですが」

「何だその口調、未千代みちよの真似のつもりか」

「お、よくわかったね」

「まあ全然似てなかったがな」

 そう、言い忘れていたが、こいつは料理が出来る(そして物真似は出来ない)。こいつの学園での人気ぶりには、首を傾げずにはいられないぼくも、料理に関して言えば、その腕前は見事のひと言に尽きる。こいつのことを、と言うか妹のことを褒めるのはしゃく極まりないが、それだけは、その一点だけは、絶賛してしまう。

 普通に料理界のお偉いどころから、星を頂けるのではないだろうか。

 まあぼく、高級料理店とか行ったことないから、この表現は、割と適当に言っているそれなのだが。

 ともかくぼくは、菜流未に引っ張られながら、二階の自室から、一階したに下り、リビングへ向かった。

「ほら、どう? どうこの出来! 我ながら会心の出来だよ~」

「あ、ああ。確かに凄い……、凄い、が」

 ず目に飛び込んできたのは、派手に盛りつけられた、巨大なたいの姿造り。素人目ながら、調理法自体は単純そうに思えても、その盛り付け方や、身の並べ方は、見る者に食欲を掻き立てるには充分な見栄えを誇っている。その周りには、鯛のめでたさを引き立てるように、同じ海水魚のぶりの照り焼きや、甲殻類の海老が飾り付けられている。特に海老は、爆ぜてしまうんじゃあないかと心配になる程に赤々とかがやいていて、鯛の姿造りや鰤の照り焼きの良いアクセントとなっている。

 赤い、と言えば、これは定番紅白かまぼこ。サイズ感だけで言うなら、先程の料理たちには遠く及ばないが、おせち料理と言えばこれ、と言わしめるような存在感を、その小さい身体で、重箱の中から確かに放っていた。色で言うなら、黒豆や金柑といったものが同じ重箱の中に詰められている。黒豆に敢えて皺が出るように煮ているのは、『皺が出来るまで長生き出来ますように』といった料理人菜流未の粋な計らいだろうか。金柑も、後味にほろ苦さが残るのが特徴の果実で、そのほろ苦さが苦手だと言う人も決して少なくないと思うが、そういった悩みも菜流未の前では、赤子の手をひねるより簡単な悩みへと早変わりしてしまうことだろう。

 そして赤子、と言うか子孫繁栄や子宝に恵まれると言われる数の子や里芋も注目するべきポイントだろう。ぼくたちはまだ学生の身分なので、子孫繁栄とか子宝に恵まれるとかは、時期じき尚早しょうそうといったところなのかもしれないが、これらもおせち料理の代表であり、様式美なので、ご愛嬌、と言った感じで、菜流未は盛り付けたのだろうか。それともひょっとして父さんと『あいつ』に向けて盛り付けたのだろうか……、だとしたら若干笑えないジョークだが。

 他にも様々なおせち料理が、大きな四角状のテーブルに、所狭しと並べられていた。

 先程ぼくは、高級料理店には行ったことがないと言ったが、どうやら今日この瞬間、来ることが叶ったようだ……、だが。

 ぼくにはそれとは別に、気になることがあった。

「……他のみんなは?」

 そう、ここには笹久世家のはぐれ者にして長男の笹久世 祝也と、笹久世家の給仕係にして次女、笹久世 菜流未しかいなかった……、笹久世家の縁の下の力持ちにして長女の笹久世 未千代、笹久世家の頭脳にして三女の笹久世 兎怜未うれみ、笹久世家の大黒柱にして父親の笹久世 ただし、笹久世家のふところがたなにして母親と呼ぶべき幼馴染の笹久世 しまのいずれもが、ここには居なかった。

 存在していなかった。

 ……と言うと、些か大仰な物言いになってしまっているが、何だろう、まだ早朝だから、みんな寝ているのか? でもだとしたら、菜流未がぼくを起こす際に、みんなのことも起こしていると思うのだが。

「いやあそれが、お父さんとお母さんに関して言えば、普通に夜勤明けで寝ているから起こさないほうが良いかな、と思って起こしてないだけだよ。あとウレミンも起こそうとしたんだけれど、全然起きてくれないから、諦めちゃった」

 そうだった、思い出した。菜流未がおせち料理、と言うか朝飯を作っている時点で思い出しても良かった筈なのに、すっかり失念していた。料理が得意で、先程ぼくが笹久世家の給仕係と評した菜流未だが、普段は、普通に母親の縞依が笹久世家の給仕を受け持っているのだった。しかし、かくのように、あいつが夜勤明けの時は、代わりに菜流未が、家族みんなの朝飯を作るというシステムになっているのだった(なお、今のような休日や長期休暇の際は、昼飯も菜流未が作っているが、晩飯はすべて縞依が作っている)。それがこの元日も変わらずに機能しているのだとすれば、必然、あいつは夜勤明けだということになる。更に言うなら縞依と父さんの勤務時間というかシフトというかは、全く同じなので、縞依が夜勤なら、父さんも夜勤である。

 てか父さんと縞依、夜勤明けだったのかよ、つまり昨夜は働きながら新年を迎えたってことか? まるで海外の風土を、我が国で体現しているかのような生活をしているな。かと思えば、普段から元々起床するのが遅めな兎怜未は、冬休みに入ってから輪をかけて起床が遅くなっているな……、まあ無理に起こそうとすると、たちの悪いことに気性が荒くなるので、そこは菜流未の選択が正しいと言える ――― あれ。

「じゃあ未千代は?」

「仕事だよ」

 ええ⁉

 大晦日どころか新年から働いてんの、あの働き者。

「それも新年のスペシャル生放送バラエティ番組にお呼ばれしてるよ」

「嘘だろ⁉」

 ぼくは慌ててテレビのリモコンを操作し、電源をつける。

『いや~、今のコンビ面白かったですね~。ささくさ 幸来沙さらささんは、どう思いました?』

『ええ、うふふ。私も、久し振りに心の底から笑ってしまいました』

『そんなこと言うと、普段は心の底から笑っていないみたいじゃないですか~』

『え、何か仰いました?』

『い、いえ何でも……』

「MCを困らせるような受け答えをするなよ……」

 笹久世 未千代。

 笹久世家の長女にして、ぼくの一番目の妹。

 未知の妹、である。

 そして彼女にはもうひとつ、笹草 幸来沙という、我が国を代表するモデルの顔も持ち合わせている。最近はその人気が更に、更々さらさらに増して、テレビ番組にお呼ばれしちゃうくらいになっているとは聞いていたが、まさか、新年の生放送番組にお呼ばれするレベルだったとは、恐れ入ったぜ。

 でも……、そうか。

 先程、海外の人たちは元日以外の前後は働いていて、ぼくもそんなあり方を見習いたいというようなことを言ったけれど、中にはこんな風に、元日から働いている人たちだっているのだ。そういった事実を目の当たりにすると、ぼくの一年のスタートに対する思いも、まだまだ甘かったのだと思い知らされる。

『で、では笹草さん、現時点で出てきた芸人で一番印象に残った芸人は誰でしたか?』

 思い知らされていると、MCが果敢にも笹草こと未千代に、再度話を振っているのが聞こえた。他にもゲスト、と言うかコメンタリーする立場の俳優さんや女優さんもいるのだから、そんなひとりに照準を合わせるかのように質問しなくて良いのに、何を固執しているのだ、このMC。

「あれあれ? まさかとは思うけれど、この司会者の人にヤキモチ焼いてるの? シュク兄」

「違うわ。魅力溢れた今をときめく若手俳優や若手女優が、沢山いるのだから、ひと言ふた言コメント貰ったら、さっさと他に話を振れば良いのに、と思っただけだ。てか生放送なんて、余計そういう段取りを取るものじゃないのか、普通。まさかこのMC、未千代に気があるのか? 確かにうちの未千代は、他の女優やらアイドルやらと比べたら、否、比べるまでもなく、可愛くて可憐で美しいけれど、普通に考えて、ちょーっとトークを回すのが上手いだけで、周りに持ち上げられてMCに抜擢された二流芸人如きが、我が家を、そして我が国を代表するトップモデルの未千代と釣り合うわけないだろ、片腹痛いわ、身の程を知れ、一昨日来やがれ」

「焼いてんじゃん、めっちゃ、ヤキモチ」

「未千代と釣り合う男なんて、妹を嫌うくらいしか取り柄のない、『笹久世』という苗字を持つただの男子高校生くらいしかいないって」

「そう言えば、お餅の存在を忘れてたなー。あたしとしたことが、正月と言えばこれ! って言うくらいメジャーな食べ物なのに、もち米すら買ってないや」

 無視された。

 注釈しておくと、ぼくの発言を無視する時の菜流未は、ぼくに最大限の侮蔑の感情を向けている時である。

「いや菜流未、まさかおれが本気で言ってると思ってるか? 冗談だって冗談、お洒落に興味がなければ、洒落もわからんのか、お前」

「いやシュク兄、シュク兄は嘘がつけないキャラなんだから、それに付随するところの冗談も言えないってキャラだったよね?」

「ああ、それは本編でのキャラだから。こっちのおれはある程度の冗談なら言えるんだよ」

「ちょっと、本編とか言うな! 本編とか言うな! 良い? 本編とか言うな‼」

 あれ、何処かで聞き覚えのある、というか身に覚えのあるセリフだな。

 ちなみにぼくの妹たちに(厳密に言うなら次女と三女に)対しての一人称が、『ぼく』から『おれ』に変わっていることについての説明は、ここでは割愛させて頂く。

 知りたければ本編を見てね。興味ないだろうけれど。

『あ、あの! も、もう良いですよ、笹草さん、一旦CMですので!』

 と、菜流未とのやり取りを楽しんでいたら、テレビの中のMCが、先程以上にあたふたしながら未千代を制して、CMへのフリをしていた ――― あいつ、また良からぬコメントをしたのか。

 そう言えば直前に、MCが未千代にしていた質問って何だったっけ……、ああ、思い出した。『現時点で出てきた芸人で一番印象に残った芸人は誰でしたか』……だったか。

「気になるなら聞いてみる? こういうこともあろうかと、ちゃんと録画してあるんだよ、この番組。何せあたしたちの家族が出る番組だからね。家族の活躍は記録して、みんなで見たいし」

「活躍と言うより暴走だが……、マジか。でかしたぞ、菜流未。後で二十四時間連続頭なでなでの権利を、お前に与えよう」

「流石に二十四時間連続はしんどいかな、お互いに。というかシュク兄、そんな大層な報酬を与える程、ミチ姉のことが気になるんだ…………、普通に頭を撫でてくれる分には嬉しいけれど」

「ん?」

「ううん、何でも」

 そう言うと、菜流未は少し恥ずかしそうに小走りでぼくに走り寄ってきたかと思うと、ぼくからリモコンをひったくり、録画している番組の追っかけ再生機能を起動させる。そこから更に早送りをして、問題の箇所まで移動する。

『それは勿論、一番始めに出てこられた、男女でコンビを組まれていた『千里の道を祝うまで』さんですね。すれ違い続ける兄妹を題材としたコントを、芸人さんらしく面白く、かと思えば時折ウルっと来てしまうかのような素晴らしい言い回しで表現していて、コントと言うよりかは、ひとつの物語を見終わったかのような満足感を与えてくださいましたね。確か持ち時間って、一組あたり五分でしたよね。ええ、私にはそれこそ、二時間の映画を見ているかのように感じました。特に最後の最後にお兄さん役の方の、最後まで不器用だけれど、それでも妹役の方に自分の思いを正直に伝える場面、あれには本当に感銘を受けました。今はお仕事をさせて頂いている手前、皆様の前で泣いてしまうといった粗相を見せることは、辛うじて抑えることが出来ましたが、もし、自宅でこのコント、いえ、物語を拝見していたら、きっと新年から私は、感動の涙を流していたことでしょう。ああ後、勿論、妹役の方も素晴らしかったです。ただ、もう少し積極的にお兄さん役の方に迫っていっても良かったのでは、そうすればこのお話は、より美しいハッピーエンドを迎えられるのでは……、と思ったのですが、いま改めて考察してみますと、あそこで敢えて素っ気ない態度で接している場面を演出することで、最後の場面の感動が、より際立っていたのかもしれませんね。そう言えば、あそこの場面でのお二方はどうも、私の良く知っているおふたりに良く似ていて、それをふと思い出しそうになり、思い出し笑いをしそうになってしまいました。でも、そのおふたりも私から見れば、何だかんだと言いつつ、仲良しの兄妹さんですので、やはりあの場面での妹役の方の素っ気ない態度は、適切だったのだと、むしろこの微妙で絶妙な距離間こそが兄妹なのだと、気付かされました。なるほど、私よりもあのお二方は兄妹というものを、ずっとご存知なのですね、勉強になります。私の今後のストーリーテリングとして、今日の出来事は大きな意味を持つこととなりました。感謝してもし切れません。そうそう、感謝と言いますと私、もうひとつ、あのおふたりに感謝を述べさせて頂きたいことがあるのです。おふたりのコンビ名を『千里の道を祝うまで』にして頂いてありがとうございます、と。『千』と『みち』という字と言葉を『祝う』という字と一緒にして頂いてありがとうございます、と。ああ、皆様には意味のわからない感謝になってしまっていますよね、申し訳ありません。そうだ、申し訳ないついでにひとつ、お願い事が……、後ほどで良いのですけれど、もしよろしければ、『千里の道を祝うまで』さんのおふたりのサインを頂ければと ―――』

『あ、あの! も、もう良いですよ、笹草さん、一旦CMですので!』

 ……。

 …………。

 ………………。

 ……………………。

 …………………………。

 うん、聞かなかったことにしよう。

 無視だ。

 この場合の無視も、菜流未のそれと、意味合いは同じであると思って貰って良い……、現に菜流未も、全く反応を示していないし。しかし、今回の菜流未は、無視と言うより、どちらかと言えば、絶句といった感じに近いのかも。

「……おせち、食べよっか」

「うん、そうだな」

 ぼくたちは、しばしの沈黙の後、その言葉だけを交わし、大きな四角状のテーブルに腰掛けるのだった。


「シュク兄、初詣行こ!」

「え、嫌だけれど」

「え! 何でよ⁉」

 おせち料理を美味しく堪能した後、菜流未は唐突に、ぼくを初詣に誘ってきた(ちなみにわかっていると思うが、ぼくと菜流未のふたりだけでは、あの豪勢なおせち料理を完食できなかった。残りは菜流未が、鮮度を極力落とさない保存法を駆使して冷蔵庫に収納していた。料理そのものだけでなく、その保存法にも詳しい、家庭的な菜流未だった)。

「正月くらいのんびりしよーよ」

「その意見、さっきシュク兄が否定していた意見だよね。よくそんな恥ずかし気もなくころころ意見を変えられるね、シュク兄」

「可愛い彼女とならまだしも、なぜ嫌いな妹と一緒に初詣に行かねばならん」

 確かにこいつの言うように、元日だからと言って怠けてはいけない、休暇を取るにしても、その日に初詣くらいはするべきだ、というようなことを、先程ぼくは言ったけれど、ならばその後に、わざわざ嫌いな奴と一緒になってまで行く必要性は流石にないと、ここで注釈しておこう。

 追記しておこう。

「大体、おれはその可愛い彼女と一緒に初詣に行く約束を、既に取り付けているんだよ。今日じゃなくて、明日か明後日って言われたが」

「じゃあ良いじゃん、今日は行けるじゃん」

 ふう、菜流未のやつ、わかってないなー。

 では、懇切丁寧に、教えてやるとするか。

「じゃあ百歩譲って、おれがお前を嫌いじゃないとしよう。嫌いじゃないから、一緒に初詣に行くとしよう。でももしそれで今日行ってしまうと、次におれが神社やお寺に参拝に行くときに、それは初詣じゃなくなっちまうだろ? つまりおれは、彼女と『一緒に』初詣に行くという約束を反故にすることになっちまうわけじゃないか。そもそも、約束したタイミングもやはりおれと彼女の約束が先。先にした約束のほうが優先されるのは兄妹とかじゃなくて、人間社会の常識としてわかるよな? はい、ではそんなわけでお疲れ様、おせち美味しかったぜ、ありがとう、ご馳走様、じゃあおれは二度寝を決め込むから」

 そう言えば、兎怜未が全く起きて来ないのが気になるな……、流石におせちを堪能している途中で、リビングに下りてくると予想していたのだが、まさか、今の今になっても、姿を見せないとは。

 笹久世 兎怜未。

 笹久世家の三女にして、ぼくの三番目の妹。

 未熟な妹、である。

 笹久世家の中では、一番齢が低いものの、その頭脳は一転、父さんや縞依を含めても、一番良いと思われる。しかしやはり年相応というか、この点に関して言えばむしろ幼児化していると言えなくもないが、まだ低学年という儚い身なので、ぼくたちや父さんのような大人と違い、早く眠くなるし、起きるのも遅い……、本当にただのお寝坊さんなら良いのだが、もしかしたら、何か悩みや不安なことがあって、部屋から出たくないのかもしれない。そう、眠気が強いこと以上に、精神面もやはりまだまだ幼いのだ。本人は必死に大人ぶっているつもりのようだが、ぼくから見たら、どうしたって、どうしようもなく、ただの小学生なのだ。

 幾ら妹嫌いを自称するぼくでも、妹の精神的問題を看過して、そのまま精神崩壊を招くというような趣味は、毛頭ない。

 ……まあ、杞憂ならば、それに越したことはないんだが、念には念を入れておくことにも越したことはないだろう、ぼくはそう思って、兎怜未の部屋を覗いてから、二度寝に邁進することを決意 ―――

「うーんそっか、残念。折角あたしと初詣に行けば、同じく初詣に来るであろう、あたしの友達の可愛い女子中学生数十人とお話が出来るというのに、シュク兄がそこまで行きたくないというなら、今回は諦め ―――」

「よし、早く準備しろ、おい、何を突っ立っているんだ。おれはもう既に、靴を履くところまで準備が出来てしまったぞ」

「自分から釣っておいてこんなこと言うのもアレなんだけど、跡形もなく存在が抹消されれば良いのに」

 

祝 3 也


「おはよお……、祝也兄さん」

 午前九時くらいになって、ようやく我が笹久世家の三女、笹久世 兎怜未が起床してきた。まだ寝足りないと言わんばかりに、寝ぼけ眼を擦りながら階段を下りてくる。

「おはよう、ちゃんと階段見ながら下りないと危ないぞ」

「祝也兄さん、これから出かけるの?」

「ああ、ちょっとこれから菜流未とふたりで初詣に行かないとならなくなってな。今はあいつの準備待ちといったところだ」

 ……言った後で気付いたが、これは失敗だったかもしれない。兎怜未からしたら、いつも喧嘩が絶えない兄と姉が、急にふたり仲良く初詣に行くとなったら、これはどういう風の吹き回しだ? とこいつの知的好奇心を刺激してしまうこととなり、原因究明だとか何とかと理由をでっちあげて「そういうことなら兎怜未も一緒に行く」とか言い出しかねない。

 と、思ったのだが。

「ふ~ん、そう。いってらっしゃい」

 ぼくの予測は全く的中せず、兎怜未はそんな気のない返事だけを返してきた。

「何か……、拍子抜けだな」

「え、何、まさか祝也兄さん、兎怜未が『兎怜未も一緒に行く』みたいなことを言うと期待していたの?」

 やべ、心の声が表に出ていたようだ。

 いや別に期待していたわけじゃないが、本当に純粋に拍子抜けだと、もっと言うと張り合いがないと思っただけだ。

 だからぼくは正直に、先程予測したことも含めて兎怜未にそれを話した。

「全く、相変わらず兎怜未の兄さんは馬鹿だなあ」

 ぼくがひと通り話し終わると兎怜未は、そんな失礼極まりないことを平然と言うのだった。

「確かに兎怜未は好奇心に身を任せて動くきらいがあるけれど、それ以上に怠け者なんだよ」

 ああ、そういうことか。

 それこそこいつは、「正月くらいのんびりしよーよ」どころか、「一年中のんびりしよーよ」というタイプだった。そしてそれが新年ともなると、その性質は極みの一途を辿るらしく、つまりどういうことかと言えば、兄と姉のことは決して気にならないわけではないけれど、新年から外出してまで追求するのは面倒くさい、ということだ。

「ま、そういうこと。まあ少し補足すると、というか訂正をすると、怠け者というよりは、気分屋なのかな」

「ああ、確かにそっちのほうが、お前を表現出来ているかもな」

 気分屋。

 面倒なことでも、気分が晴れていれば、割と普通に行動に移していた気がする。

「うん、だからたとえ、新年で身体がだるおもでも、祝也兄さんの頭を踏むと、気分が晴れやかになるから、躊躇なく出来るよ、くふふ」

「もっと健全な行動で気分を晴れやかにしろ」

 ぼくは言いながら、兎怜未に頭を差し出していた。

 ……あれ、何でぼく、頭を差し出してるの?

 何で言動と全く違う行動に、打って出てしまっているの?

「奴隷願望が身に染みて来てるんじゃない、ふみふみくふふふふ」

「だとしたら、おれは人間として大切な何かを失ってしまっているな……」

「まあ奴隷をいちいち人間扱いしてたら、それはもう奴隷じゃないからねえ」

「おれが言いたいのはそういうことじゃないわ! というか、相も変わらず危険な発言をするな! 人権問題について何かと言われている昨今の世の中で、そんな発言を物怖じせずにする小学生が居ると思うと、ゾッとするぜ」

 かと思えば何かと昨今ならぬ、結婚をせがんでくる女子高校生も居たりするので、世の中は広いぜ、ぼくから見たら、そのふたりは目と鼻の先に居るのだが。

 最早目そのものかもしれない。或いは鼻の穴そのものかもしれない。

 ……ああ、それで思い出した。

「じゃあリビングの冷蔵庫に、菜流未が作ったおせち料理があるから、食べておけよ。未千代が出ている新年特番でも見ながらさ」

「おお、菜流未姉さんのおせち料理かあ、これは喉が鳴っちゃうね……、って、え、未千代姉さん、新年からお仕事なの? しかもテレビ出演なんて、今までなかったよね」

「ああそうだな、しかもいきなり新年の生放送番組だぜ、普通にすげえよ。というか、知らなかったのか? 菜流未が知っていたから、てっきりお前も知っているものだとばかり思っていたぜ。とはいえ、かく言うぼくも、先程その菜流未に教えて貰ったばかりなのだけれどな」

 ま、折角手に入れたモデル兼タレントという切符も、未千代は見事にビリビリに引き裂いたわけだが。

 真面目な説教を沢山したいが、取り敢えずひとつだけすると、生放送中に共演者にサインを求めるなんて、御法度中の御法度だからな。何ならカメラが回っていない時でも、気軽に求めてはいけないだろうよ。

「兎怜未としては、そもそも新年から働くなんて、未千代姉さんの考えがわからないなあ。いやこれは真面目に議論をしたいんだけどさ、祝也兄さん」

 と、兎怜未がひと呼吸置くように、或いは前置きのように言う ――― ふむ、議論と言われてしまうと、あまり乗り気にはなれない、二重の意味で。

 ひとつは、饒舌で弁が立つ兎怜未と、意見を戦わせるという意義の議論など、したいものではない、というこちらの都合的な意味、もうひとつはもう少しで菜流未が準備を終えて、玄関に姿を現すかもしれない、そうなるとたとえ議論を始めたとしても、途中でぶつ切りになってしまう恐れがある、という現実的な意味だ。

 流石に準備を終えた菜流未を尻目に、兎怜未と意見を戦わせ続けるわけにもいくまい。

 ……だが。

「ああ、何だよ、言ってみろ」

 ぼくは、兎怜未に続きを促した ――― ぼくとしても、兎怜未のその指摘は、気になるところだったのだ。

「いつ何時なんどきも兎怜未たち家族のことを一番に考えて、モデルの仕事もプライベートに ――― つまり兎怜未たちと居ることに支障が出ないようにと、無理なスケジュールを組まないように、最善を尽くしている未千代姉さんが、家族と団欒に勤しむのにもってこいな新年に仕事を入れるというのは、不可解な気がしない?」

 流石兄妹というか、兎怜未は、ぼくが抱いた違和感 ――― 兎怜未の言葉を借りるなら不可解感を同じように感じていたようだ。

 ぼくとしては、だからこそ、頭の切れる兎怜未ならば、未千代のその行動原理を紐解いてくれるかも、とも思っていたのだが、残念ながら兎怜未にもそれはわからないらしい。

 知らないらしい。

 流石、未知の妹こと、未千代。あいつの行動、言動の謎は、どうやら兎怜未の頭脳を凌駕してしまう程のものらしい。

「謎……、か」

「うん? 何かわかったの、祝也兄さん」

『迷』える『言』動と書いて謎。まあ厳密には謎の右部分は『迷』ではないが、そこはともかくとして。

 迷言といえば、意外かもしれないが、未千代は割と高頻度で迷言を放つ(意外も何も、先程のあいつの醜態をともに見たであろう読者諸君なので、もうそう思ってはいないかもしれないが)。もしかしたら、日頃から散りばめられているその迷言 ――― 特に今朝のあの酷い感想を宣っていた箇所なんかに、意外と謎のヒントが隠されてるのかもしれない……。

「……いやわからない」

 というのは、流石に穿ち過ぎかな。

「わからない、で終わられると議論にならないんだけど」

「かく言うお前だって、わからないんだろ?」

「……まあそうだけど、何かこう、予想めいたものすらないの?」

 ないことはないが……。

「ちなみに兎怜未としては、単純に未千代姉さんが、笹久世家のお財布事情を案じて、ギャランティの良い新年特番のオファーを受けたと予想したんだけど……、まあパパやママのお仕事ぶり的に、そこまでうちって貧乏ではないと思うんだけどね」

「ふむ、なるほどな。それで兎怜未、ギャランティって何?」

「ええ、祝也兄さん、その程度の横文字も知らないの?」

「馬鹿にするような目でおれを見るな」

「馬鹿にしたような目で見ようが見まいが、祝也兄さんが馬鹿であるという事実は覆らないよ。大体、横文字がわからないくだりは、祝也兄さんと祝也兄さんの彼女さんとが織りなす恒例のやり取りじゃなかったっけ? ……んーと、略称を言えば伝わるかな? 所謂『ギャラ』だよ」

「ええ? でも未千代はどちらかと言うと、正反対な雰囲気だと思うが。事実モデルとしての売り出し方も、清純や透明感をおしていたと記憶しているが」

「ギャルじゃないわ、ギャラだわ。今時そんなボケをかますキャラ、少年漫画でも居ないよ」

 お前もさりげなくギャラとキャラをかけてるじゃないか。

 しかしなるほど、笹久世家のお金のためにと考えると、家族を一番に考える未千代だからこそ、敢えて己の欲望を心の奥底にしまって、新年から仕事に勤しんでいる、という説は、充分考えられそうだ。

「ま、繰り返しになるけど、あくまで兎怜未の予想、仮説だけどね。証拠もなければ、根拠も弱い。それにやっぱり、言ってもそこまで貧乏じゃないよねうち、って言う反論も特に反撃できない」

 ところで、反論に反撃したら、裏の裏は表理論で、正論になるのかな? と何だか唐突に深そうな言葉を添えて、兎怜未は言った。

 これだから、兎怜未との議論は疲れる。なまじ頭が切れる兎怜未は、確かに弁が立つのだが、議論が白熱し始めると、弁が立ち過ぎて、議論相手を置いて行って、今している話の次にどんどん違う話を展開していってしまうのだ。まあそれに関して言えば、ぼくの周りのやつは、大概そんな性質を帯びている気がしなくもないが、兎怜未は中でもそれが顕著だと思われる。

「で、兎怜未の予想を披露している間に、祝也兄さんは予想、何か思いついた? 兎怜未だけに言わせて祝也兄さんだけ言わないなんてアンフェア ―――」

 と、兎怜未がぼくにも発言をするように促してきたところで。

 あいつがきた。

 笹久世 菜流未が。

「お待たせ……、どうかな」

 ポニーテールを解いた、着物姿で、玄関に現れた。

 これまた唐突に。


祝 4 也


「んで、誰が着付けたんだよ、そんな大層な着物」

 場所は自宅から一気に変わり、近くの神社。

 近くと言ってもそこまで目と鼻の先というわけでもない、の代わりと言っては何だが、それなりに大きい神社だった。その規模に比例するように、ぼくたち以外にも沢山の参拝客で溢れかえっている。

 ちなみに菜流未が着物姿で登場した後、及び神社までの道中が諸々すっ飛ばされて、いきなり神社到着後の場面から始まった理由を一応説明しておくと、その間、ぼくたちはひとりも口を開かなかったからである ――― 兎怜未は議論の途中だったのにも関わらず、出目金のような目をしながら黙ってリビングへと行ってしまうし、菜流未も登場後以降、なぜか喋らないし、ぼくに関しても、あまりの驚きにここまで ――― 神社に到着して、参拝客が作った長蛇の列に並び始めるところまで、無言で来てしまった。

 だって。

 あの。

 菜流未が。

 洒落っ気なんて皆無の菜流未が。

 菜流未と洒落っ気の距離が、太陽から海王星くらいまでありそうなのに、お洒落で高そうな着物姿で現れたのだから。

 明るい(ぼくからしたらやかましい、だが)菜流未のイメージにぴったりな黄色を基調とした色彩に、これまた明るいオレンジの帯によく見ると、よくわからない花柄のかんざしされている、そしてそれらに沢山描かれた、これまたよくわからない様々な花柄、と、着物自体のチョイスもさることながら(菜流未ってそもそもそんなに花って好きだっけ)、ぼくが一番度肝を抜かれたのは、着物、というか恰好それ自体ではなく、菜流未それ自体だった。

 先ず、こいつ多分中学生の癖にメイクをしてやがる。大人のするようなガッツリとしたメイクではないので、ぼくの見間違いという線も、まだ完全に捨てきれないが、いつもよりも透明感がある気がするし、目も大きく見える(先程の、驚愕のあまり、出目金になっていた兎怜未のそれと比べたら、流石に小さいかもしれない)。何より絶妙な位置にある唇が、艶やかでぷるぷるな桃色に輝いている。いつもは絶対にここまで見蕩みとれてしまうような唇ではなかった……、中学生の癖にメイクをしてやがる、とは言ったが、もしかして最近の中学生は、これくらい、普通にするのかな?

 そして、ぼくが一番面食らったのは、何を隠そう、髪だ。

 いつもは、生まれつきのボサボサな茶髪(所謂くせ毛という奴だ)をとてもダサいシュシュみたいなもので、ポニーテールに結んでいるのだが、本日は綺麗に整った、折り目正しいならぬ、折り目がひとつもないかの如く美しいストレートヘアーだった。正直な話、こいつが階段を下り、ぼくと兎怜未の前に姿を現した時、先ず初めに「誰?」と思ったものだったのだが、ぶっちゃけ着物やメイクがなくても、この髪型だけで「誰?」と思っていた自信がある、それくらいにはともかく衝撃だった。

 衝撃だったが、それと同時に疑問も浮かぶ。いつもはお洒落と膨大な距離を置いている菜流未が、こんな装いをひとりで出来る筈もない。だとすれば誰かが菜流未の着付けを手伝ったことになる……、まあ訊かなくても大方予想はつくが、これ以上沈黙が続くと居心地が悪いため、敢えて話題作りのために、菜流未に訊いてみた次第である。

「……質問を質問で返すなんて、シュク兄、コミュニケーション能力が低い」

「え?」

 予想外の文句に、ぼくはたじろぐ。

 こいつがぼくに、何か質問なんてしてたっけ?

 ……。

 ……ああ、そういうこと。

「…………ぶっちゃけ、悔しいくらい似合ってる」

「……そっか」

 うおお! 何だか凄く恥ずかしいぃ!

 どうやら、そう思っていたのはぼくだけではなかったらしく、菜流未も頬を赤らめ、照れているようだった。

「う、嘘じゃない?」

「嘘がつけないおれに、野暮なこと訊くなよ」

 ぼくが言うと、またも菜流未は「……そっか」と言って、今度は俯いてしまう。その時、さらさら茶髪ストレートヘアーも、重力に従って下に向かい、そこから菜流未のうなじが顔を出してきた。

 なぜだ、なぜうなじというのはこんなにも色っぽいんだ?

 それがたとえ、普段は洒落っ気と同じくらいに皆無な菜流未でも、『着物+髪から姿を現すうなじ』という付帯条件が加わるだけで、色気というか艶やかさが激増している気がする。

 ……いやいや待て待てぼく。一旦冷静になれ。

 相手はあの菜流未だぞ? 三愚妹の中で、一番生意気で一番ぼくを嫌っているあの菜流未だぞ? その前にもっと一般的なこととして、血の繋がった妹だぞ? そんな相手に何をぼくはどぎまぎしているんだ。

「……寝ているお母さんに、無理を言って手伝って貰ったの」

「え? 何? 何の話? ……ああ、おれの質問に答えてくれたのか」

 う~ん、駄目だ。このままだとずっとこんな感じで上の空になってしまう。もっと何か別のことを考えるんだ……、或いは別の子のことを考えるんだ。そう、何せここは参拝客でごった返している神社だ、菜流未よりも可愛くて、美しくて、色っぽい女の子を見つけて、その子とあんなことやこんなことをする妄想をしていたほうが、社会倫理的にはまだ健全な筈だ。

「あ! 菜流未ちゃんだ!」

「あ! 本当だ! 着物、良く似合ってるね!」

「あれ? 隣に居るのってもしかして彼氏さん? 新年からお熱いですな~」

 と、そんなことを、そんな危険なことを考えていたら、側方から、何やら女の子集団がやってきた ――― ざっと十人くらいか? 菜流未の名前を呼んでいたので、恐らく菜流未の知人なのだろう、歳も近そうなのが多いし。

 しかし彼氏というのは頂けないな、早々に誤解を解きたいところだが ―――

「いや、違うよ、こいつはあたしのにい、笹久世 祝也だよ」

 ぼくの意思を汲んでか(いや多分ないな、こいつはこいつで、普通にぼくと恋人だと思われたのが癪で、訂正したに過ぎないのだろう)、菜流未がぼくより一手早く訂正した。ふう、これで誤解が解け ―――

「ええ⁉ あなたがあの祝也センパイなんですか⁉」

「嘘! こんなところで本物に会えるなんて!」

「私、いつも菜流未ちゃんから話を聞いてて、ずっと憧れてたんです!」

「祝也センパイ! 良かったら連絡先、教えてくれませんか?」

「えー、トウネってばずるーい! じゃあ私は、祝也センパイとお食事に行きたいです! 勿論ふたりきりで♪」

「祝也センパイ、噂通り、素朴な感じでカッコいいです!」

「ね! 芸能人とかアイドルの純粋なカッコよさとは全然違うけれど、そこに惹かれるよね」

「わ、私、祝也センパイに、毎朝お味噌汁作ってあげたい……、です」

「うわ! 普段は内気で口数の少ないスミカがいきなり大胆告白した!」

「今年は良縁に恵まれるかも~、ね、祝也センパーイ♪」

 え、何、何、何、何、何、何、何、何、何、何⁉

 十人いっぺんに喋られても、ぼくは聖徳太子ではないので、全然何言ってんのかわからんぞ⁉ いや多分、聖徳太子だったとしても、結局は全然何言ってんのかわからんと思う! 意味不明的な意味で!

 でも何だか、この子たちに凄く好意的に思われているような気がする!

 期せずして、当初の目的だった『初詣に来るであろう、菜流未の友達の可愛い女子中学生数十人とお話が出来る』が達成されてしまった! 今の今まで忘れていたけれど!

 もしかしてぼく、期せずしてどころか、モテ期来ちゃいました⁉

「ちょ、ちょっと! みんな、何堂々とあたしのシュク兄を誘ってんの!」

 あたしのシュク兄だあ? いつからぼくはお前の所有物になったんだ。

 と、突っ込みを入れようと思ったが、これまた一手先に、今度は女子中学生たちがこぞって、

「「「「「「「「「「シュク兄?」」」」」」」」」」

 と、きょとんとした顔で疑問を呈した。

「あっ、まちがっ、えっと……、とにかくみんな、祝也を口説くのはやめて!」

「ちぇー、彼氏持ちかよー」

「行こーぜ、みんな」

「うーい」

 と、何だか良くわからんまま、女子中学生のみんなは、あっという間にいなくなっていった。ゲリラ豪雨もびっくりの速度で過ぎ去っていった。

 つーか、彼氏持ちって何だ。ぼくは、彼女は持っていても、彼氏は持ったことはないぞ。

「何だろう、さっきおれはお前の女子中学生の友達と話せると聞いて、胸が高鳴っていたけれど、いざ話してみると、最近の女子中学生の考えてることは、訳がわからんな」

「別にあの子たちが一方的に話してただけで、シュク兄はひと言も発していないでしょ」

 まああたしの友達は、基本ああいう、その場のノリだけで生きている子たちが多いからね、とはいえみんな悪い子たちじゃあないから、シュク兄も許してやってよ、と何か珍しく大人なことを言う菜流未。

「そういえばお前、普段みんなの前ではおれのこと、呼び捨てで『祝也』って呼んでるんだな」

「べ、別にそれは良いじゃんか。何なら、これからはシュク兄の前でもそう呼んでやろうか? 祝也」

「へっ、妹が兄を呼び捨てで呼ぼうなんざ、千年早いって」

 まあ他の家庭では、ままあると思うが、ぼく個人としては、妹に呼び捨てで呼ばれたくない。やはり妹は、兄を『お兄ちゃん』とか『兄さん』とか『お兄様』とか『兄上』とか呼んでこそだろう、百歩譲っても『兄貴』までだな。

 だからこの際言っておくと、実は未千代の『祝也さん』呼びには、たとえ兄に対する敬意を感じたとしても、かなり不満がある。あいつはまだまだ、ぼくの妹としての自覚が足りないな。まああいつからしたら、ぼくのことを兄ではなく、完全にひとりの男として見ちゃっている節があるので、この指摘は無意味かもしれないが ―――

「……ああ、そうだ」

「ん? どうしたの、シュク兄」

「お、思ったより素直に呼び方戻したな。おれの嫌がることを全力で遂行するのが、菜流未の生きがいだったと記憶していたけれど」

「……まあ」

「何か煮え切らん返事だ」

「シュク兄にはシュク兄の、妹に対する矜持があるように、あたしにはあたしなりの、兄に対する矜持があるって話だよ」

「矜持なんて難しい言葉、何処で覚えたんだ?」

「妹を馬鹿にし過ぎだよそれは ――― で、何? ああ、ちなみにもしも、さっきの友達の連絡先教えて、とか抜かしたら、子供が産めなくなるまでシュク兄の股間をおたまで殴るから」

「さらっと怖いことを言うな!」

 いや決して言うつもりはなかったが、思わず手で股間を隠してしまう。いや誰だってあんな脅しをされたら、身に覚えがなくても、衝撃に備えちゃうよ。

 備えあれば患いなし。

「備えがあっても、心が無いかもよ?」

 言いながら、着物の何処に忍ばせていたのか、いつの間にか菜流未の両手には、おたまが握られていた、ひいい。

 心が無かったら何だ、串焼きでも残るのか? 串焼きを作るのにおたまは必要じゃないんじゃないかな?

「と、とにかくおれが言いたかったのはそんなことじゃない」

「本当?」

「だからおれが嘘つけないの知ってるだろうが! いちいち確認すんな!」

「でも連絡先を聞こうとしてないとしても、ちょっと目移りくらいはしちゃったんじゃないの、あたしの友達に」

「そ~んなこたぁあ~りませんよほぉ~?」

「はい嘘です」

 いや、まあ確かに菜流未の指摘した通り、本当に可愛くて目移りしそうになっちゃう子が、居たには居た。

「大方、トウネとスミカあたりでしょ」

「何でバレたし」

「兄の好みなんて、妹には筒抜けなんだよ」

 活発でぐいぐい迫ってくるトウネちゃん、おしとやかで静かだけれど、言うことは言うスミカちゃん……、何だか誰かに似ている気がするが、そう思ったからこそ、気になってしまったのかもしれない。

 気がしたから、気になった。

 気に入った。

「彼女がいるくせに、よくもまあそんな他の女の子にうつつを抜かせるよね。ちなみに浮気を助長させるというわけではない情報だけれど、フルネームは、あかるい とうかさ すみだよ」

「ふうううんなるほどね」

「大丈夫かな、言わないほうが良かったかな。てか何で教えちゃったんだろ、あたし」

 何だか、今後関わりがありそうな気がするね! 是非ともお近付きになりたいね!

「で、おれが本当に言いたかったのは、というか訊きたかったのは未千代のことだよ」

「ミチ姉? ミチ姉がどうしたの?」

 そう、先程未千代がぼくを兄付きで呼称してくれないのが不満だ、と思っていた時に、初詣に来る前に兎怜未と行っていた議論を、菜流未ともしてみたいと思い至ったのだった、話が随分脱線してしまったが。

「お、もうすぐであたしたちの番だよ、シュク兄」

「また話を逸らすなよ……、ってうわ、本当じゃん」

 気まずい雰囲気で並び始め、菜流未の恰好を褒め、女子中学生たちにはやされ、未千代の話をしようと思っていたら脱線を重ね、気付けばもう神社のお賽銭箱と鐘が間近に迫っていた。並び始めはあんな長蛇の列、一時間くらい並び続けても減らないんじゃないか、と思っていたんだが、果たして、ぼくたちより前に並んでいた参拝客たちは、しっかり神様にお参りしているのか、と疑いたくなるくらい減りが早いな。

 ええと、お参りの時はどうするんだっけ?

「で、シュク兄の訊きたいミチ姉のことって何? 流石に勿体ぶられ過ぎてやきもきするんだけど」

「いや、結構長い話、もとい議論になると思うから、それはお参りが終わってからにしないか? それより菜流未、いまおれはこうして改まってお参りをするにあたって、その作法が全部飛んだので、教えてくれ。先ず『参りました!』って言うのは覚えているんだが」

「何で降参してるんだよ。何も難しいことはないでしょ。お賽銭投げて、鐘を鳴らして二礼二拍手一礼。二拍手と一礼の間に、何かお願い事をするんだよ」

「ああそうか、急に自分たちの番だって思ったらド忘れしちまったぜ。鐘を鳴らす時に『あのか~ね~を~鳴らすのはあな~た』って歌うんだっけ?」

「もう勝手にすれば」

 兄を諦めないで、妹よ。

「あたしに質問しまくるくせに、あたしの質問には全然答えてくれないシュク兄なんて嫌いっ」

「わ、悪かったよ。お前に嫌われるのは慣れっこだけれどこう、面と向かって、改めてちゃんと言われると、思ったより傷付くな……、じゃあまあ、議論そのものは後回しにするにしても、議題くらいなら今言ってしまっても良いか、うん。もう次がおれたちの番だけれど、流石に大丈夫だろう」

 ぼくは、前方を確認しつつ、兎怜未とした議論の議題を口にした。

 しかし菜流未は、特に表情を崩さず、

「ああ、それなら ―――」

 と言ったまま、前を見て、そのまま歩き出してしまう ――― どうやら、ぼくたちの番になってしまったようだ……、それなら?

 もしかして菜流未は、この議題を聞いた直後にすぐ予想を立てたということか? あのおつむが足りない、でお馴染みの菜流未さんが、この短時間、というか瞬間に、何かひとつの仮説に辿り着いたと言うのか?

 まあ今取り敢えずそれは置いておいて、ひと先ずはお参りだ ――― お賽銭をお賽銭箱に投げ入れ、鐘を鳴らし、二礼二拍手、願い事は……、ま、家族がいつまでも仲良く幸せに暮らせますように、とかベタな奴で良いや。確かにぼくは、妹嫌いだが、別に三愚妹が不幸な目に遭って欲しいわけではないしな。むしろ、あいつらに何か不幸があったら夢見が悪そう、というか多分寝れない。で、最後に一礼して、列を抜ける ――― あれ、菜流未は?

 辺りを見回すと、まだ菜流未は、神社の前で何かをお願いしていた ――― 長いな。まるで、ぼくたちの前に居た、お願いをちゃんとしているか怪しい参拝客の分も、一緒にお願いしているんじゃないかと思うくらい長い、今度は後ろの参拝客の迷惑になるぞ。

 で、更にその後三十秒くらい経って、ようやく菜流未は列から離れ、ぼくの元に駆けてきた。

「ったく、着物姿で走るなよ、お転婆だと思われるぞ、間違ってないが」

「いちいちうっさいっつの」

「あんなに長い時間、一体何をお願いしてたんだ」

「教えなーい。だって、神様へのお願いって、人に話したら叶わなくなるんだよ?」

「へえ、それは知らなんだ。もっとも、話そうが話さまいが、お願い事なんて、大体叶わないけれどな」

「夢も希望もないこと言うな!」

 ホンット、デリカシーない! と菜流未のご機嫌が悪くなってきたところで、これは早々に話題を、もとい議論を始めたほうが良さそうだと判断し、そして先程の菜流未の反応が気になり、質問しようとした ――― が。

「で、さっきの議題だけれどあたし、その答え?」

 予想でもなく、仮説でもなく。

 知ってる?

 おいおい、それでは議論にならないじゃないか。

 良い意味で。


祝 5 也


「ただいま戻りました ――― おや」

「おかえり未千代。勝手だが、入らせてもらってるぜ、お前の部屋」

 日もすっかり落ちた頃、未千代は仕事から帰ってきた。まあ冬の話なので、日がすっかり落ちたと言っても、まだそんなに深い夜になったわけではないが。

「祝也さーん!」

「うわっぷ⁉」

 帰ってくるなり、そして自室に兄が待ち構えているとわかったや否や、未千代は体当たりでもするのか、というような勢いで、ぼくに抱きついてきた。

「祝也さん! 祝也さん! 私の活躍、見ててくれました⁉ 私、しっかりと⁉」

「……いやすまん、生憎あいにくぼくは、菜流未から又聞きしただけで、まだお前の発言自体をしっかりと聞いたわけではないんだ」

 そう、つまりはそういうことだった。

 未千代 ――― 笹久世 未千代は、ただ単に、自分の家族、つまるところ華麗なる笹久世家の面々の素晴らしさを、一年で一番、どの家族も一緒にテレビを見るであろう、新年の番組にて、自慢がしたかっただけに過ぎなかったということだ。


『この着物をお母さんに着付けてもらう時に、お母さんが『未千代ちゃんが出てる番組、ワタシも見たいな~』って言ったんだ。あたしは正直あまり見たくなかったけれど、断るわけにもいかなかったから、寝室のテレビであの番組の続きを見ていたんだ。そしたら今度は、もうあたしたちの自慢話を永遠にしているミチ姉の姿が映っていてね。流石にプライバシーの観点からか、本名は出していなかったけれど、だとしてもあれは聞くだけで恥ずかしかったね……、たはは』


 ……とのことだ。

 なるほどな。

 家族を一番に考えるあいつが、家族の財産を貯めるために、ギャラの良い新年特番に出た、という仮説があるなら、自身の家族の良さ、特別さを不特定多数の人に拡散するという仮説も、ないではないのか。

 貯めるのではなく、拡散、発散。

 迷える言動と書いて謎。

 そこにヒントがあるかもしれないという読み自体は悪くなかったが、ぼくは未千代の迷言が、あの兄妹コンビの時だけだと決めつけてしまっていた、まさか更にそこから延長戦が存在していたとは。

 これは確実に、以降のテレビ関係のオファーはないな。

 ひょっとしたら、モデルの仕事自体にも、影響が出るんじゃないか?

「じゃあ差し当たっては取り敢えず、晩飯を食いながら、未千代の奇行をみんなで見るとするか」

「あ、あの、奇行というのは流石に言い過ぎではありません?」

「では訊こう。あの始末に負えんコメントの数々を、お前は何だと言うんだ?」

「勿論、笹久世家の皆さんへの愛情表現です♪」

「少なくとも、ぼくを含めた他の兄妹はドン引きしてたが」

「特に祝也さんのことはもう、包丁で細かく刻んで、おせち料理として食べてしまいたいくらいです。祝也さん、縁起が良さそうですものね」

「いちいち怖い表現すんな! その表現が縁起でもないわ!」

「でも私のこの思いは、決して演技ではありませんよ?」

けんしたいわ、お前の今後について、笹久世家全員で」

「では私もひとつ、建議したいことがあるのですが、これはどういうことでしょうか、祝也さん」

 言いながら未千代が見せてきたのは、未千代と家族共用のPCとのメッセージのやり取りだ。


『ミチ姉! あたし、菜流未だけれど、今日シュク兄と一緒に、ふたりで初詣に行ったんだけれどね』

『何ですって⁉ 菜流未さん、あなたは私を裏切るんですね。折角仲良くなることが出来たと思っていましたのに……、次に私と会った時、菜流未さんが生きていられる保証は出来ませんので、あしからず』

『そこに引っ掛からないで! 本題はこの後だから! えーとじゃあ、あたしがシュク兄から賜った、二十四時間連続頭なでなでの権利をミチ姉に譲渡するから、その件はそれで勘弁して!』

『流石菜流未さん、一生着いて行きます。いやあ、やはり持つべきものは、物分かりの良い妹ですね。帰ったらいっぱいチューして差し上げますね。勿論マウストゥーマウスで。いっそ、舌も絡め合いましょう。あと将来は祝也さんの次に菜流未さんと結婚しますね』

『……うん、取り敢えず詳しくは後で署のほうでゆっくり聞くとして』

『いやあの、流石に冗談ですよ? あの、お願いですから通報はしないで下さいね?』

『……ふたりで初詣に行ったんだけれど、その時偶然あたしの友達十人くらいと鉢合わせてさ。その時、シュク兄ってば、その中のふたりくらいに首ったけになっててさ』

『……あれ、ミチ姉? おーい……、仕事に戻っちゃったのかな?』


「な、なんのなんなななんのこなんななんのことだか、全然わからないな」

 あの野郎!

 何で昼間のこと、未千代にチクってんだよ!

「……そうですか」

 あれ、思ったよりあっさり引いた ―――

「では質問を変えますね。祝也さんはおせち料理だったら、何になりたいですか?」

「誰か助けて! 未千代に食べられる! 細かく刻んでおせち料理にされる!」

 おせち料理だったら何が好きですか? みたいなノリで死刑宣告して来るな!

「はーい、おふたかたー。イチャイチャしている所悪いですが、晩ご飯が出来ましたよー。何と今日の晩ご飯は、お母さんに無理を言って、全部このあたしが作っちゃいましたよー」

 そこに現れたのは、救世主のように見せかけた戦犯の菜流未だった ――― 昼間の面影はどこへやら、すっかりいつものボサボサ茶髪ポニーテールに戻っている。まだ一日も経ってないのに、何でもう面影なくなっちゃってんだよ。

「菜流未、てめえよくも未千代に昼間のことチクりやがったな! あと勝手に二十四時間連続頭なでなでの権利を未千代に譲渡するな ―――」

「菜流未さん! 取り敢えずチューをする前に、祝也さんとの初詣がどんなようだったのか、もう少し詳しく ―――」

「うるっせえんだよあたしが作った飯だって言ってんだろうが黙って早く一階に下りてこいやゴルァ」

「「……ハィ」」

 菜流未のかつてない口調、そして初めての菜流未百パーセント手作りの晩飯というダブルパンチに、長男長女は、黙って従うしかなかった。


「おぉ~? 何だかしょぼくれたおふたりさんが登場してきたね~」

 リビングに未千代とふたりで入ったら、既に席についていた縞依にそんなことを言われてしまった、不覚。

 まさか妹にドスの効いた声で脅されて怯えたからだとは、絶対に言えない。

「全く、新年からそんな顔をするもんじゃないぞ、祝也、未千代」

 同じく席についていた父さんにも呆れられてしまった。

「まあ兎怜未には、何となく事態を予測できなくもないけど」

 同じく席についていた兎怜未はそんなことを言う。本当に見透かされていそうで怖い。

「はーい、お待たせー」

 するとキッチンから極道、もとい菜流未が顔を出し、料理を運んでくる。

「今日の晩ご飯は、みんなご存知の通り、全部あたしがつくった料理だよ! まあ大半は朝のおせち料理の残りなんだけれど、これだってあたしが作ったものだし、嘘はついてないよね」

 と、謙遜しているのか、自慢しているのか、良くわからないことを言う菜流未 ――― 確かに料理自体は、ぱっと見た感じ、朝に見たものが殆どだった。でも、ひとつだけ、明らかな新料理があった。

「おぉ~、これは何とも美味しそうな筑前煮だ~。菜流未ちゃん、どうしてこれを作ろうと思ったの~?」

 縞依が素朴そうに、でも絶対その理由を知っている、といった様子で菜流未にそう訊く。

「何でって……、何となくだよ、何となく!」

 そして、なぜかそう言いながら、顔を真っ赤にする菜流未 ――― 何で筑前煮を作った理由を訊かれただけで照れてるんだ、こいつ。

 えーっと、筑前煮を新年に食べる意味って何だったっけ?

「とにかく、私たちも料理を運ぶのを手伝いましょう、祝也さん。菜流未さんの機嫌をうかがうためにも」

「あ、ああ、そうだな」

 まあ良いか。

 ともかく未千代に言われ、三人で料理を運び終え、全員が大きな四角状のテーブルに鎮座する。ぼくの位置を十二時の方向だとして、時計回りに縞依、父さんで一辺、菜流未、兎怜未で一辺、そして一辺空いて、ぼくの右隣に未千代が座っているという構図で、これが笹久世家全員集合した際の配置だ。

「たまにはこういう何でもない日常も悪くないよね~、しゅっくん」

 と。

 角を挟んで左隣に居る縞依が、ぼくのあだ名を呼びながら、ぼくに囁いてくる。

「何だよ、いきなり。というか新年って言う程日常なのか? 年に一回しか来ないんだが」

「そんなこと言ったら、どんな日だって一年に一回しか、否、一生に一回しか来ないんだよ~。そんなこと言い出したら、毎日が非日常になっちゃうでしょ~」

「……そういうもんかねえ」

 相変わらず、意味のわからないことを、ふわふわとした適当な口調で言う縞依。

「尤も、本当のしゅっくんは、まさに非日常な毎日を送っているんだろうけれど~」

「ここまで何とかメタ発言を最小限に抑えてきたのに、最後の最後で爆弾を落とすな!」

「『最小限』という言葉の意味を、一度辞書で調べてみるべきかもね~。そう言えばしゅっくん、今回の物語は新年だというのに、まだを一度も聞いていないような気がするよ~?」

「だから、今回の話を全部見てきたみたいに発言するなって……」

 まあ、でも。

 これが笹久世 縞依、なのかな。

 のんびりふわふわ気の抜けるような口調で鋭めなメタ発言を頻発させる。

 ぼくの母親兼幼馴染。

 笹久世 縞依 ――― 旧姓、かたうち 縞依。

 ぼくはそんな彼女の言葉の意図を汲み取る ――― いやあ確かにぼくとしたことが、これでは、何かと良いスタートを切ろうと主張していたぼくの説得力がなくなってしまうといったものだ。

 なくして、一年の良いスタートは切れる筈もない。

「お、みんな~。乾杯の前に、何やらしゅっくんから、有難いお言葉があるみたいだよ~」

 縞依のそんな皮肉めいた煽り文句も、今のぼくは決して嫌ではなかった。

 なぜなら、本当には、一年の始まりを告げる、有難いお言葉だからな。


「明けましておめでとう」


 ぼく ――― 笹久世 祝也は、この瞬間から新しい一年のスタートを切ったのだった。

 よーい、ドン!

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