第7話 村の冒険者達から認められる

――「そういえば、名乗っていませんでしたね。僕はメルキス・ロードベルグです。今日からこの村の領主を任されました。よろしくお願いします」


「「「ええ、村を病から救ってくれた貴方が新しい領主様なんですか!? こんなにお若いのに!?」」」


 村人達の病気を治した後。


 僕が新しい領主だと名乗ると、村人さん達が全員ポカンと口を開けて驚いていた。


 領主が交代する、というのは前の領主代理から伝えられていたらしいが、新しい領主がどんな人かは聞いていなかったらしい。


「タダでみんなの病気を治してくれたメルキス様なら、きっと俺たちの暮らしを良くしてくれるぞ!」


 と、ほとんどの村人さん達は喜んでくれる。


 ただし、一部の冷静な村人達は少し心配そうな顔をしている。


 無理もない。こんな成人したての若者に領主がつとまるか、不安なのだろう。


 正直なところ、僕も政治や経済については人並程度にしか勉強してきていないので、立派に領主が務まるか自信がない。


「心配要らないよ! 確かにメルキスは若いし領地経営の勉強はしてきていないけど、代わりにこの私、メルキスの許嫁にしてノウゼン公国第4王女の、マリエル=レットハートがメルキスをサポートするよ!」


「「だ、第4王女様ですって……!?」」


 村人たちが驚きに目を見開き、一斉に頭を下げる。


「そんなにかしこまらくっていいよ。メルキス、私は王家の人間として小さいころからみっちり教育を受けてるから、政治とか領地経営の知識は十分あるよ。頼りにしてくれていいからね!」


 そうだった。マリエルはおてんばな印象があるが、実はとても頭がいいのだ。これはありがたい。


「メルキス様と第4王女マリエル様がいるならこの村は安泰だ! メルキス様万歳! マリエル第4王女様万歳!」


「「ばんざーい!」」


 こうして僕たちは、新領主として村人達に受け入れてもらえたのだった。


――――


 1時間後、僕は1人で村の”冒険者ギルド”に来ていた。


 周りにいる村人達に、『早速ですが、村で困っていることはありますか?』と聞いてみたところ、


『最近井戸が枯れて水が汲めないことがあるのよ』


『畑が狭くて十分な野菜を植えられねぇ』


『裏の山に恐ろしいドラゴンが棲んでいるってうわさがあっていつ村を襲いに来るか気が気じゃないんだ』


『家がボロくて建て直したいけど、みんな生活が苦しくてとてもそんな余裕がない』


『薪が足りなくて、このままでは冬を越せないかもしれん』


『お肉、お肉が食べたいです!』


 等々数多くの悩みを寄せられた。


 特に村の食料事情はとても深刻だ。


 1人の村人の家に上がらせてもらって普段の食事を見せてもらったが、ヒドイものだった。


 しなびたキャベツとニンジンを味付けなしに煮込んだものと、硬くなったパン。それも、大人一人分としてはとても足りない量。


 これを毎日食べているのだという。


 肉は週に一回、少ない時だと月に一回しか食べられないという。


 こんな食事では、体調を崩してしまう。早く食料を安定供給できるようにしてあげたい。


 しかし、今はもっと重い問題がある。それは、『いつモンスターが村を襲ってくるかわからない』というものだ。


 ここソルダリ村は昼も夜も毎日のようにモンスターに襲撃されている。もちろん見張りを立てて、モンスターが襲撃して来たらすぐに発見し、冒険者たちが出動して撃退している。


 だが、モンスターが村の柵を壊して入ってくるのを見張りが見逃してしまったら、村人に被害が出てしまう。


 村を歩いていたら突然モンスターに襲われるかもしれない。村人の皆さんは、毎日そんな生活を送っているのだ。


 これは最優先で解決するべき問題だ。 


 ――というわけで、冒険者たちの仕事の様子を視察するべく冒険者ギルドに来たのだ。


 ちなみに、マリエルは自分の引っ越しのために別行動している。馬車1台分の最低限の荷物だけを持ってきた僕と違い、家具などをしっかり用意してきたのだという。


 今日は護衛の騎士さん達と一緒にいるので安全だろう。


 冒険者とは、モンスターの討伐や危険な場所の素材採取などを仕事にする者たちだ。そして冒険者達に仕事を斡旋しているのが、冒険者ギルドだ。


 なのだが……。


「大分建物が傷んでるなぁ……」


 昔は立派に輝いていたであろう、剣と盾をモチーフにした看板は錆びている。木造の建屋も壊れている箇所に素人が釘で板を打ち付けただけだ。冬場は吹き込む風で寒そうだ。


 きっと予算不足なのだろう。早く村を発展させて、冒険者ギルドも施設を建て直せるくらい稼げるようにしてあげたい。


 僕は蝶番がさびた扉を開ける。机を囲んで談笑していた屈強そうな男たちが、一斉にこちらを見る。


「おっと、これはこれは。領主サマじゃねぇですか。俺はタイムロット、ここの冒険者を取りまとめてる者です。領主様はこんなむさ苦しいところになんの用です?」


 ひと際大柄なスキンヘッドの男が、笑顔でこちらに向かってきた。


 背中には巨大な斧を背負っている。なるほど取りまとめというだけあって、他の冒険者よりも雰囲気がある。


「領主として、この村の冒険者たちの視察に来ました。モンスターの襲撃があったとき、一緒に連れて行ってほしいのです」


「領主サマが直々に戦闘現場を見に来るですって? 本気ですかい?」


「もちろん本気です。この村を発展させていくために、皆さんが戦っている様子を見せてもらうのは必要なことですから」


「勘弁してくだせぇ、領主サマ。最前線でモンスターと戦ってるところなんて危ないですぜ。領主様は、安全なところにいて下せぇ」


「いえ、そういうわけには行きません。なんとしても視察させてください」


「……いや本当に勘弁して下せぇ!」


「!?」


 突然、凄い勢いでタイムロットさんが頭を下げた。


「俺の女房と5歳の娘は、フラスエン病に罹って余命あと数日というところを、領主サマに治して頂きやした。領主サマには、返しきれないほどの恩がありやす。そんな恩人を危険にさらすわけにはいきやせん」


 ええー。


 病気が村ではやっていたっていう設定、まだ続けるのか。


「モンスターとの戦闘は、いつも命懸けです。正直に言って、モンスターから絶対に領主サマを守り切れる自信はありやせん。なのでどうか、視察は考え直してくだせぇ」


 タイムロットさんは必死に頭を下げる。


 そういえば僕は、村に来てまだ状態異常回復魔法しか使っていない。きっと村人達は僕が剣や攻撃魔法も使えることを父上から聞いていないのだろう。


「僕の身の心配はいらないです。自分の身は守れる程度には強いですから」


「いやいや、そうは言っても危ないものは危ねぇですから。視察に来ていただくわけには行きやせん」


 そこでふと疑問に思う。


 なぜ冒険者の皆さんは、こんなに僕の身を気遣ってくれるのだろう。


 村のみんなが病気だったというのは、演技だったはずだ。僕に恩などあるはずがないのに。


 ――そうか。


 きっとこの人たちは父上から『我が大事な息子、メルキスのことをしっかり守ってやってくれ』と頼まれているのだろう。それならすべて納得がいく。


 ――本当に……


 父上ってば……


 過保護なんだから!


 息子を想う気持ちが強いのは分かるが、僕ももう15歳。成人だ。心配し過ぎだ。


 ちょっと息子愛が強すぎますよ父上!


 しかし敬愛する父上から大事にされているというのは、悪い気はしない。


「もしどうしても視察を諦められないというのであれば、領主サマが何があっても自分の身を守れるってことを証明してくだせぇ」


 そう言ってタイムロットさんが、冒険者ギルドの奥から木製の武器が入った箱を引きずってきた。


「これは模擬戦用の武器です。模擬戦で領主サマが勝てば、視察を許可しやす。領主サマが負けたら、視察は諦めてくだせぇ」


「わかりました。やりましょう」


 僕たちは冒険者ギルド裏手にある、訓練場に移動する。試し斬り用の丸太が何本か立っている以外何もない、単なる空き地だ。


「ルールは簡単。先に相手に一撃入れた方の勝ち。寸止めでも構いやせん。……視察に来れば、領主様の命も保証できやせん。悪いですが、なんとしても視察は諦めてもらいやす」


 覚悟を決めた顔でタイムロットさんが木製の斧を構える。


 刃の部分には布を巻きつけてあるので、喰らってもケガをすることはないだろう。僕が渡された木製の剣も同じだ。


「タイムロットさん! 領主サマの命の安全を守るために絶対に勝ってくれー!」


「村で最強のタイムロットさんが負けるはずねぇ! 頼むぜタイムロットさん!」


 他の冒険者たちが、訓練場を囲んで応援してくれる。


「それじゃ行きやすぜ領主サマ! 模擬戦、開始!」


 タイムロットさんが斧を構えて突撃してくる。


 僕の見立てでは、タイムロットさんの実力は王国騎士団中堅クラスか、それよりやや上。【根源魔法】を手にする前の僕であれば、苦戦する相手だ。


 コピーした”ファイアーボール”を使えば当然勝てるが、火力が強すぎて間違いなく跡形もなく消し飛ばしてしまう。使うわけにはいかない。


「地力で戦うしかないか……!」


 僕は剣でタイムロットさんの攻撃を迎え撃つ。


 2度、3度、斧と剣が激突する。


「驚きやした。領主サマ、お若いのに既に村で最強の俺とほぼ互角に打ち合うなんて……!」


 そこで、タイムロットさんは後ろに下がって間合いを取る。


「ですが、俺にはこいつがあるんですわ」


 そう言って、タイムロットさんは魔法の詠唱を始めた。


「……発動、身体能力向上魔法”フォースブースト”!」


 タイムロットさんの体から、薄っすらと闘気が立ち上っているのが見える。


「これは勝負あったな! ”フォースブースト”の魔法を使ったタイムロットさんは、スピードもパワーも耐久力も、普段の約1.5倍! こうなったタイムロットさんはまさに無敵! もう誰にも止められねぇ!」


 外野の誰かがそう口にする。


「行きやすぜ領主サマ! 今度こそ決着を付けやす!」


 タイムロットさんが猛然と突撃してくる。その迫力は、さっきとはまるで比べ物にならない。


 だが、僕の方も魔法のコピーが完了した。


『身体能力魔法”フォースブースト”をコピーしました。

【根源魔法】


〇使用可能な魔法一覧


・火属性魔法”ファイアーボール”


・状態異常回復魔法”ローキュアー”


・身体能力強化魔法”フォースブースト”[New!!]



「”フォースブースト”、発動」


 その瞬間、僕の目に映るもの全ての動きが遅くなる。まるで時の流れが遅くなったかのようだ。僕に向かって突撃してくるタイムロットさんの足元で、はじけ飛ぶ砂利の1つ1つまではっきりと見える。


 どうやら僕の身体能力は、全て普段の数十倍まで向上しているようだ。


 タイムロットさんが僕に向かって斧を振り下ろす。その動きを、僕は完全に見切り、剣で弾く。


”カアァァンッ!!”


 木製武器同士の衝突とは思えない甲高い音が響く。タイムロットさんの斧は宙高く舞い、落下してきた。


「――馬鹿な。俺の振り下ろしを見切っただと?」


 タイムロットさんは信じられないような顔をしていた。


「これで、僕の視察を認めて貰えますか?」


「……いや、まだですぜ! 確かに領主サマは強い。だが、その程度では『現場を見に来ても絶対に安全』とは言えやせん。おい野郎ども! お前らも混じれ! なんとしても視察を諦めさせるんだ!」


 これまで周りで見ていた冒険者さん達が、模擬戦用の武器を手に取って一斉に襲い掛かってきた。


「これも領主サマの身を守るためです! 悪く思わないでくだせぇ! 野郎ども、やっちまえ!」


「「おおー!!」」


 完全に悪役のセリフだ……!


 『いくらなんでもその人数は卑怯だ!』と言おうとして、僕はやめた。


 父上が教えてくれた『ロードベルグ伯爵家 家訓その12』を思い出したのだ。


 ――ロードベルグ伯爵家の教え其の12。『騎士道精神を持ち、正々堂々戦え。ただし、相手に正々堂々戦うことを求めるな』


 正々堂々戦うのは、当然のことだ。ただし、相手がいつも正々堂々戦ってくれる相手とは限らない。騎士として、盗賊を相手にすることもある。盗賊にまけて『盗賊が正々堂々戦わないから負けたんだ! 正々堂々戦ったら勝っていた!』などと文句を言うのは、あまりに情けない。


 どんな相手とも戦えなければ、一人前とは言えない。


 僕がこれから視察に行こうとしているのは、モンスターと戦う現場だ。


『冒険者さん、正々堂々と真っ向から一対一で戦いましょう。よろしくお願いします』


 なんて言ってくれるモンスターはいない。


 モンスターは背後から襲ってくるかもしれないし、10倍以上の数で襲い掛かってくるかもしれない。知能が高ければ罠を使うものもいるだろう。


 そんなモンスター達から自分の身を守れると証明するには、この程度の逆境でも勝たなければならない。


「なんだ、領主様の姿がかき消え――!? ぐはぁ!」


 僕は囲まれないようにスピードでかく乱しながら、1人1人冒険者さん達を撃破する。もちろんケガをさせないよう、手加減して軽く剣を当てるだけだ。


 ――こうして、冒険者さんたち全員を倒すことができた。


「お見それ致しやした! まさか領主サマがここまでお強いとは!」


 タイムロットさんと冒険者さん達がビシッとそろって頭を下げる。


「ここまで強いなら領主サマはどこにいても安全です! どうぞ、俺らの仕事ぶりを見ていってくだせぇ!」


「「見ていってくだせぇ!」」


 こうして僕たちは、村を守る冒険者さんたちの仕事を視察させてもらえることになった。

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