カタリナさんを好きなひと 06


「……あっ、いや、なんでもないですごめんなさい」


 まくしたてるようにモニカが言う。


(つ、つい口にでちゃいましたけど、恋愛に性別は関係ないと思う派ですよわたしは! 応援してますからね、ピュイさん!)


 頭の中が大混乱になっていた俺は、返答に仇してしまった。


 これは違う意味でマズいんじゃないだろうか。


 色恋沙汰でドロドロのヌマヌマになる以上に、パーティ崩壊の危機な気がする。


「ま、待てモニカ。俺は──」


「ああっ! そういえば、服飾店に魔導衣を出してるんだった! 引き取りにいかなきゃ!」


 俺の言い訳を遮って、モニカが飛び上がるように立ち上がった。


「じゃ、そういうことで! 皆さん、また明日!」


 モニカは真っ赤な瞳を泳がせながら、シュタッと手を上げる。


 いやいや、いつもの魔導衣、着てるじゃないか……というツッコむ暇もないまま、モニカは逃げるように俺たちの前から去っていった。


 呆然とした表情で、去ったモニカのほうを見つめる俺たち。


「あ、あの、ピュイさん」


 サティがそっと耳打ちしてきた。


「……頑張って、くださいね?」


「え?」


「わたし、パーティ内恋愛は節度が守られていれば賛成派なので」


「あ、う……?」


「あ、あの……ええっと……」


 サティがもじもじと何かを言いたそうに身を悶えさせる。


 そして、覚悟を決めてキッと俺の顔を見たが──


「な、なんでもないです……」


 顔を真っ赤にしてうつむいてしまった。

 

 何が言いたかったんだとメチャクチャ気になったが、すぐに彼女の心の声が聞こえてくる。

 

(カタリナさんもピュイさんのことを、好きなんだと思いますよっ!)


「……っ!?」


 モロにバレてた。


 いやまぁ、そりゃあバレるよな。


 モニカみたいな天然でも無い限り、わかっちゃうよな。


「それでは、わたしも帰りますね……」


 サティがそっと席を立つ。


「あ、ああ、うん。ありがとうな」


「い、いえいえ。わたしは何も……カタリナさんも、また」


「……ええ、また明日……」


 息を吹きかければ消えてしまいそうな声でカタリナが返す。


 サティは何かを言いたそうにカタリナをじっと見ていたが、すぐにぱたぱたと足早に立ち去った。


 残されたのは、気まずい空気。


 それと、抜け殻みたいになっているカタリナと俺。


「お、俺……ちょっと酒飲んでから……帰るわ」


 俺は瀕死の声で切り出した。


 酒を飲んで全てを忘れなければ、明日の依頼に影響が出てしまう。


「じゃ、じゃあ、わたしも飲んじゃおうかな?」


「……え」


「え?」


 意外すぎる提案にギョッとしたら、カタリナに瞠目しかえされた。


「い、いや、なんだかわたしもお酒を飲みたいな〜って思って。ダメ、かな?」


「いやいや、全然ダメってわけじゃないけど……俺、酔ったら変なこと言いそうだからさ」


「そんなの、別に気にしない……けど」


 カタリナの声が尻すぼみで小さくなっていく。


 はっとしてカタリナを見たら、顔を真っ赤にしていた。


 鼓動が速くなっていく。


 それって、もしかして、受け入れてくれるってことなのか?


 一瞬、「じゃあ、一緒に飲むか」と出かけた言葉をぐっと飲み込む。


 いやいや待て待て。


 それは色々とマズい。


 今、一緒に酒なんて飲んだら──マジで全部言ってしまいそうだから!


 ……って、何をだ!?


「お、俺が気にするっての。なんていうか、タイミングは今じゃない……からさ」


「タイミング?」


「……あ、いや、違う」


 慌てて言葉を飲み込む。


 マジで何を言ってるんだ俺は。


 挙動不審に陥っている間に、カタリナがずいっと顔を近づけてくる。


「いう? いつ、ならいいの?」


「あ、う、ええと……」


「いつ、そのタイミングが来るの?」


 綺麗な翡翠色の瞳に至近距離から見つめられ、俺の理性は崩壊寸前だった。


「冒険者試験、終わって……ランクがCになったら、とか?」


 息も絶え絶えな俺の口から出てきたのは、そんな言葉だった。


 何か深い意味があるわけじゃないし、完全に無意識で出てきた言葉だったが──


「わかった」


 カタリナは嬉しそうにコクリと頷いた。


 しかし、次の瞬間、スッと目を細める。


「……だったら、絶対合格しなさいよ?」


 そして、冷ややかな声で言う。


 これは完全に懐疑心を抱かれている。


 俺は慌てて返す。


「が、頑張るよ。というか、まず試験を受けられるように、個人依頼をやらないとだけど」


「え? まさか、まだ規定数に達してないわけ?」


「まだだけど、ガーランドに手伝ってもらってるから、このまま行けば大丈夫だ」


 多分、とは心の中で付け加える。


 試験を受けることを決めてから、パーティの依頼を終わらせた後でガーランドに個人依頼を手伝ってもらっている。

 

 カタリナが俺にツケてくれていた分もあるので、このまま行けば問題なく試験を受けられるはずだ。


 ──何も問題が起きなければ。


「……じゃあ、わたしも手伝う」


 何かを察したのか、カタリナがぽつりと言った。


 俺の視線に気づいたカタリナは、顔を横に振りながら慌てて弁明してきた。


「か、勘違いしないでよ? これは……そう、この前、家まで送ってくれたお礼だからね?」


 そう言ってそっぽを向くカタリナだったが──


(依頼でぎこちなかったのはわたしのせいみたいだし、個人実績が遅れている原因はわたしにあるようなものでしょ? だったら、わたしも手伝わなきゃ!)


 俺は心の底から申し訳ない気持ちでいっぱいになった。


 依頼でぎこちなかったのは、俺が勝手に悶々としていただけであって、カタリナはなにも悪くない。


 本当にごめん、と謝りたくなったが、ここで言うべきは謝罪の言葉では無いと思った。


「ありがとうな」


「……っ」


 びくり、とカタリナが肩をすくめた。


 多分、意表を突かれたひとことだったのだろう。


 カタリナは悔しそうに俺をキッと睨みつけてくる。


「……とりあえず、明日から個人依頼、やるからね? 深酒なんてしないでよ?」


「はい。肝に銘じておきます」


 つい、敬語が出てきてしまった。


 これじゃあ、どっちがパーティリーダーなのかわからん。


 いや、ランクも実績も名声も、すべてにおいてカタリナのほうがリーダーっぽいんだけどさ。


 カタリナがそっと席を立つ。


「じゃあ、また明日」


「おう、またな」


 金熊亭を出ていくカタリナの背中を見て、そういえばと思い出す。


 直視できなかったカタリナの顔が、いつの間にかちゃんと見られるようになっていた。


 モヤモヤとしていたものが、しっかりと整理されたからだろうか。


 それとも、このモヤモヤの正体がカタリナにバレてしまったからだろうか。


 ふと、頭に浮かんだのはカタリナのセリフだった。


 ──いつならいいの? いつ、そのタイミングが来るの?


「……マジで、試験に合格したら、言うのか?」


 このモヤモヤの正体を、ちゃんとした言葉で、カタリナに──


「ああああ、くそ! なに言っちゃってんだよ俺! キモすぎるだろ!」


 脳が痒くなって、ガシガシと頭をかきむしった。


 恥ずかしさで死にしそうだった。


 今すぐ穴を掘って、地中深くに埋まってしまいたいと切に願った俺は、ゆっくりと身悶えするようなため息を吐いてから、給仕を呼んだ。




____________________


これにて第7話は終わりです。

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