第2話 戦闘多くてしんどいですわ~~!! 4回戦終えた後にシャワー浴びてからベッドに入った後におっぱじめるくらいしんどいですわ~~!!

 あらすじ

 ついに隣国との戦争となり、ほぼ初乗り処女機体で出撃する姫。

 対するは歩兵の軍勢を従えるウォルフラムの騎士。

 火砲を持つ姫の機体とは対照的な剣のみのAGは、にもかかわらず姫を追い詰める。

 さらにそこに遠方からのレーザー兵器。身を隠せる場所を探し、敵国ウォルフラムの都市に逃げ込んだ姫がとった秘策とは……!?



 轟音が城中に響き渡る。二度目の出撃に、城下の者たちも夜空を見上げる。青い軌跡と赤い軌跡が、星々を切り裂くように飛んで行く。それは凶星のごとく瞬き、開戦を告げる鏑矢のごとく人々を不安に陥れた。

 国境線沿いにはずらりと並んだウォルフラムの軍隊がいる。彼らはチェインアーマーを着こんで盾と槍を持った伝統的な歩兵と、騎兵団が待ち構えている。

 姫の方には兵どころか人っ子一人すらおらず、都市の城壁までは畑と農民の集落しかない。それを上空から眺めた姫は、思わず叫んだ。

「えっ!? 私の国の防御うすうす0.01!?」

「覚えてらっしゃいませんか? 姫様が重税の代わりに市民軍の義務を撤廃したからでございます」

「覚えてたらこんなこと言うかしら?」

「それは覚えてる人の言い回しでございます」

「まあいいわ、AGで潰してやるわよ」

 姫は敵の軍隊の前に地面を揺らせて着地する。その背後にルナイーダの機体もブースターを吹かして着地する。

「さっさと片づけて帰るわよ。晩餐の準備はできてるのよね、ルナイーダ」

「姫様がフィクサーの使い方を覚えていただくまでに、半日いただきましたので……」

「まあいいですわ。ディナーはともかくデザートは決まってるもの。早く帰ってロートをなぶりたいの。三擦半で終わらせますわ」

 姫は機体のショットガンを歩兵に向ける。ロートの機体から奪って修理したものだ。さっぱりわからないが、姫の機体にはこれがいいとルナイーダが太鼓判を押したのでそうしている。その時色々と言われたが、よくわからなかったので覚えていない。

「う……」

 銃口を向けられても逃げ出さない歩兵を見て、姫は舌打ちし、銃をおろす。一方的な殺人を犯すのは、さすがの姫も躊躇うようだ。

「でしたら私が……」とルナイーダが砲を構える。すると歩兵の背後から二人の前に、噴射炎を迸らせた何かが跳ねてきた。

「虐殺は性に合わんか! アンジェリカ女王!」

 そのAGは手に持った剣を地面に突き刺し、腕を組む。

 三角帽子を深く被ったような頭部のAGだ。姫やルナイーダのものと違って、カメラは直視できず、帽子の部分にぼんやりと光るラインが入っている。おそらくその内部にカメラがあるのだろう。

 バランスのよい体系の機体で、足は人間と同じ関節構造だが、膝の皿に当たる部分が分厚く盛られている。弱点を保護するためだろう。

 ぱっと見の姫の印象は、特徴がないのが特徴のようなAG、といったところだ。

「試させてもらった。クレスティアルの姫がどのような性分なのかをな。悪名高くともさすがに高貴なお方だ。御見それした」

「ふ、ふん。当たり前よ」

「それとも、撃てなかったのではあるまいな?」

「っ!」姫は言い返せず言葉に詰まる。

「ワハハ! やはりその若さで王女ともなれば無理もあろうな! 守る覚悟もない子供よ!」

 敵のAGは首をかしげ、三角棒のラインが挑発じみて光った。

「それでワシに勝とうなどと、本気で思っていたのかね?」

 かすかな、ゆえに耳障りな笑い声を響かせる。

「チッ……。ルナイーダ、撃ちなさい。口が過ぎるわ」

「左様でございますね」

 ルナイーダが狙撃する。それを見越していたかのように、敵のAGは着弾する直前に身体を捻る。

「ふはっ! いい狙撃だ。だが来るのが分かっていればこの程度よ」

 敵の胴体を掠めた砲弾は背後にすり抜け、歩兵が何十人か巻き込まれる。それを合図に進軍のラッパが鳴り、ウォルフラムの軍は一斉に進軍を始めた。

「我はクレスティアルの騎士、リグ・スティグマ!」

「クレスティアル女王、アンジェリカ・アンジー・レッドフォックスよ!」

「名乗りは及第点だ。だが、子供相手に一騎討ちなど望まん! まとめて斬って差しあげようぞ!」

 剣を抜いたリグは低く構えると、姫に一気に突っ込んでくる。

「姫様!」

「うわっこわっ!」

 姫は即座にブースターで後退し、同時にショットガンを放つ。近づいてくるなら同じ速度で引いて撃てばいい、そう考えたのだ。

「逃げられると思うてか!」

 メインスラスターを瞬間的に起動したリグが直情的大噴射で一気に距離を詰める。散弾を食らってリグの機体が硬直するが、慣性までは殺しきれない。気迫だけの、されど鋭すぎる突きが姫のAGの胴に直撃した。

「……存外にやりおるなぁ。初撃では足らぬか」

 剣が折れ、地面に落ちる。直撃する寸前に姫が真横から散弾を当て、剣を折ったのだ。それでも姫の胴体の装甲が剥がれ、本来見えないはずの装甲の層が露出し、前方ブースターの一機が爆発した。

 折らなければ、AGはおろか姫そのものが貫かれていたのは間違いない。

「かはッ……!!」

 姫は声をあげることもできずに短い吐息を繰り返すだけだ。ルナイーダが即座に姫の脇に回り込み、リグを狙撃するものの、やはり読まれて避けられてしまう。

 リグはブースターを巧みに操り、狙撃を避けながら背中の剣を抜く。よく見てみれば、予備の剣が後ろ腰に何本も載せられている。

「姫様! 離れてくださいませ!」

 ルナイーダが狙撃を諦め、ハンドキャノンとライフルに武装を変える。同時に肩の装甲が開いたかと思いきや、内部から閃光弾がリグの眼前に放たれた。

「ぬわっ……目くらましだと!」

 思わず後ろに跳ねたリグに、ルナイーダが宙から両手の銃を雨のように浴びせる。射程は短く弾速も遅いが、着弾衝撃の重い左手のハンドキャノンで足を止め、右手の速射型のライフルを弱点に浴びせるという瞬間火力の高い武装だ。

「このまま……! 押し切って……!」とルナイーダが漏らす。

 姫は閃光で白飛びした窓が徐々に戻っていくのを確認すると、すぐに周囲を確認する。ルナイーダが押している。それはいい。だが夜空に瞬くあれは?

 リグとルナイーダの背後の夜空に、けたたましく点滅する紫色の光があるのだ。

「ルナイーダ! 今すぐ横に跳びなさい!」

「っ!? はいッ」

 ブースターを短噴射して横へずれたルナイーダのそばを、落雷が通り抜けた。細長い光の線が瞬き、周囲が昼のように照らされる。射線のそばにいた歩兵たちは、鈍器で殴られたようにその場に倒れこんだ。

 地面に着弾したそれは土に火をつけ、深い穴を穿つ。溶けた石が溶岩のように穴の中でうごめいている。これが着弾すれば、AGといえどただでは済まないだろう。

 姫が身を乗り出して目を凝らすと、その部分の映像が拡大される。

 夜空に浮いていたのはもう一機のAGだ。燐光を放つ不気味な機体は、再び点滅を始める。

「また来る! 避けて!」

 ルナイーダはリグの側面から弾を浴びせていたが、息を呑んで地面を蹴り、上へ跳ぶ。周囲が瞬間的に紫に染まり、それは彼女の足元で光った。

「姫様、敵の都市へ乗りこみましょう、早く急いで今すぐに!」

「わかりましたわ!」

 焦ったルナイーダの声に尋常ではない事態だと感じ取った姫は、リグを無視してメインスラスターに点火し、一瞬で加速する。遅れてルナイーダがついてくるのを振り返って確認し、さらに後ろにリグがついてくるのを捉える。

「リグと戦いながらあの狙撃を避け続けるのは不可能です。敵の都市部に逃げ込み、遮蔽物に隠れて各個撃破します。装填には時間がかかるはず、その間に駆け抜けましょう」

「でも都市は敵の中心よ、また敵のAGがいたら」

「ここにいるよりはマシです。元よりリグは敵を引き付ける役目だったのでしょう。私と姫様の戦法と期せずして同じだったのです」

「えっ!? 私が餌だったの!? あんたねえ!」

「都市に入ったら散開して敵を釣り、二人で叩きます。姫は隠れてお待ちになってください。よろしいですね!」

 姫が怒りを発露するより早く、ルナイーダが言葉を続ける。

「わ、わかったわ! 待ってるわよルナイーダ!」

 初めて聞くルナイーダの切迫した声に、姫は頷くしかなかった。




『ぜんっぜん合流しないじゃない! どうなってるのよルナイーダ!』

 姫を追いかけていたリグは、コクピットに伝声に耳を傾ける。今まで何度か戦争に参加してきた彼には、それが敵が近くにいる合図だとわかっている。

 都市の中にAGが入ったのはここ数百年間なかったことだが、ゆっくりと追い詰めればいい。所詮は子供。何ができるというのか。

『あなたが来てくれなきゃ、私はもうおしまいよ』

 リグはそれを聞いて、整った髭をなでる。ルナイーダという侍女がいなければ傲慢で名高いアンジェリカ姫もこの程度か。

『ううっ……あなたがいなかったら誰がパンを持ってきてくださるの』

『誰が私の身体を湯あみしてくださいますの?』

『誰が宮廷にまつりごとをまとめてくださいますの? 私一人じゃ何にもできないのに……それなのに……それなのに!』

 リグがほくそ笑んでいられたのは、姫の泣きべそがだんだんと怒気を孕んだものに変わっていくまでだった。

『私にパン屋と喋れとおっしゃるんですの? 筋肉ダルマに手籠めにされろと仰るんですの?』

 空気が爆ぜる音が、都市の家々の間から聞こえてくる。夜空に煙が上がり、炎で照らされている。彼が生きている間に見たことのない光景だ。

「なんだと?」リグが訝しむ。

 この都市は自分や、先代の騎士たちが長らく守り続けてきた。そのおかげか、この都市の町並みは類を見ないほど流れ続けた時代の重さを感じられるものとなっている。

 騎士は騎士同士で戦う誇りあるもの。そう考えているリグにとって、何が起こっているのか理解しがたい事態だったのだ。

『私に自分で背中を流せとおっしゃるんですの?』

 再びの破裂音。煙の上がる場所が増え、家から飛び出て逃げる民までも増えてきた。近づいているのは間違いないのだが。

「もしや……」

 リグは姫が何をしているのか見当がつき、ぞっとする。

「急がなければならん! 錯乱したか、子供めが!」

 リグは周囲の家々に気を使うのをやめ、ブースターに点火する。ぶつかって家が崩れるくらい大したことはない。姫がしていることがリグの想像通りなら、この程度の被害は無いに等しい。

 煙の上がっている方向は、だんだんと都市の中心部へと近づいている。そこには多数の職人がいる地区がある。王宮の次に価値がある地区だ。

 最初の煙が上がっている地点まで来て、リグは唖然とした。区画ごと崩れ去っていたからだ。パン屋や肉屋、市場が軒並み粉砕されている。それが姫の撃ったショットガンのせいだと気づいたリグは、自分の首筋から血の気が引く音が聞こえた。

「不覚! レッドフォックスの血筋を甘くみておった! 最初のためらいはなんだったのだ!」

『気取った金細工師と言葉を交わせとおっしゃるの!? 金細工より重いプライドの連中と!?』

 リグの機体の背部ハッチが開放され、メインスラスターに点火する。煉瓦や土壁を粉砕しながら力任せに直進し始める。家の中に避難していた一家が土壁や家具とともに空に舞いあがった。

「あの姫、目についた端から怒りに任せて破壊しているのか! なんと傲慢な!」

 破壊の跡を追うリグは、もはやどちらが追われるものかもわからぬ形相で姫の足取りを追った。

 やがて風呂屋へ差し掛かるが、今度は一帯に火の手があがっていた。風呂屋から漏れた油が引火したのだろう。急いで消化しなければ、燃え広がり都市全体が燃えてしまうことだってありうる。

「外道、外道が! ワシが必ず殺してくれようぞ!」

 その場を離れようとしたリグの背後で、炎が舞う。周囲に突如舞った火の粉に振り返るが、ちょうど柱が倒れたところだった。そこに姫の姿はない。

「勘違いか? いや……」

 上から落ちてきた火の粉に違和感を覚えたリグが仰ぎ見る。

「これは罠か! なんと卑怯な!」

 ブースターで滞空する姫のAGが、リグの真上にいた。

「オーッホッホッホ! 食らい遊ばせ!」

 片手の四銃身が一斉に火を噴き、散弾の雨を機体の上から降らせる。間隙なくもう片手も発砲し、数メートルの超近距離から放たれた弾丸は、彼の機体を地面に沈み込ませるほどの衝撃を与える。

「騎士ゆえに、私のイタズラを見逃せぬと思いましたわ!」

 砲声だけが全ての音をかき消して周囲を染めていく。

「頭に来ますのよ、守るだの誇りだの子供だの偉そうにおっしゃる御仁には! イチモツより硬い頭のおっさんと真面目に戦うとでも思ったんですの!?」

 散弾の雨が衝撃を満遍なく伝え、リグの機体が足一本も動かせずに破壊されていく。

「歩兵を盾に使っておいて悪名高いななどと、口さがないでございますわッ! いえそれはどうでもいいですわッ! よくも犬のように私を追い立ててくださいましたわねッ! 獣姦はさすがに私も吐きますのよッ!」

「こんなッこんな下品な女にッ! 動けッ動かんか!」

 リグの機体の頭部が粉砕され、四つ目のカメラが露出する。

「下品とは失敬な! 女がおっしゃったら下品ですの!? わいせつ物おちんちん列罪ですのッ!?」

 やがて首が砕け、最後の装甲版が露出する。しかし姫は引き金を引くのをやめない。

「おシモ事情に男女の貴賎なしですわよッ!」

 姫の足元でリグの機体が爆発する。姫はそれを踏み台にして降りると、すぐさまメインスタらスターで周囲の家々を砕きながら離陸する。背後でリグの機体が緑色の爆発を起こし、周囲の家々を粉砕した。

「ふーっ……」

 姫の胸中は例えようもない独特の高揚感で満たされていた。戦場での一瞬一秒、生死をかけた瀬戸際での策。それが見事にはまり、騎士を討ち取ったのだ。それは姫が自らの手で勝ち取った初めてのものかもしれなかった。

「この感覚……初めてだわ。これが、絶頂……?」

 姫はこれまで空虚な人生を歩んできた。親に用意された王位、求められるがままの政治。それを全て壊そうと我儘になったのが、ここ数年だった。だがそれでも満たされなかった。

 酒を飲むには身体が受け付けず悪酔いし、では男はどうかと試そうとすれば横槍で失敗した。政治で民を振り回してみたものの、なんら実感がなくかえって腹立たしかった。

 だがロートとの戦いで姫は確かに感じたのだ。自分の可能性と暴力衝動を十全に発揮できる場所を。

 ルナイーダがAGに乗るのを提案したのは、それを見抜いてだったのかもしれない。

「ふっ、いい侍女を持ったわ」

 別れ際のルナイーダの言葉を思い返す。

『姫様のAGの特徴は、跳躍力でございます。後ろ脛に搭載されたブースターは高く跳ね上がるためのもの。つまりその機体の目的は、上からの奇襲でございます。

 人間は上から攻撃を受けるのに慣れておりません。さらに、AGの装甲は正面からの攻撃を跳ね返すためのもので、上の方は薄いのが常なのでございます。その証拠に、ブースターのほとんどは背面に装備されております。

 市街では上を取る機会が必ずあるかと存じます。このことを忘れずにお相手くださいませ。

 ……それでは姫様、私はあちらのお相手をせねばなりません。またお会いできれば幸運です』

 ルナイーダの言ったレクチャーを元に、姫は作戦を立てた。

 今までの経験から、コクピットを通じて聞こえる伝声は一定の距離内なら敵味方関係なく、聞こえてしまう。

 それに組み合わせて狼煙を焚き、錯乱したかのように暴れて敵をおびき寄せる。

 そして炎の中に潜み、勝てる瞬間を狙う。

 正面から勝てるほどの技量がない、そう判断した自分は正しかった。と姫は自画自賛する。

 それから姫は細い足首のさらに下、ウォルフラムの都市を眺める。平地に建てられた中規模の都市は、防壁を周囲に張り巡らせている。五百年以上前からある代物らしいが、AG相手には役に立たない。

 中心には守りの要となる堅牢で大きな城がよく見える。姫のクレスティアル城は絢爛なものだが、こちらは歩兵を意識した三重の防壁と矢挟間が多く、何百年と改修が続けられてきたのがよくわかる。

「さて……。ルナイーダはどこかしら?」

 ここからならあの光をすぐ見つけられると思ったのだが、見当たらない。代わりに、一直線に焼けた区画があるのを見つけるが、その周辺もやはりAGの噴射炎すら見当たらない。

「むー……?」

 そこに雑音交じりのルナイーダの声が聞こえてくる。

「姫様……御無事ですか」

「ルナイーダ!? どこにいるの? 私はもう済ませちゃったわよ! 凄いでしょう!」

「お逃げください……私が囮になっているうちに……こいつは、ヒトじゃありません」

「ルナイーダ? ねえルナイーダ! どうしたの!?」

「どこを狙って……まさか姫をッ!? 避けてください姫様!」

 ルナイーダの絶叫に姫は体をびくつかせ、幸運にも機体がそれを読み取ってブレーキをかける。それがよかったのだろう、地上のどこからか放たれた雷は直撃しなかった。

 それでもその強力なエネルギーの奔流は、姫の機体に不具合を生じさせた。

『バランサーフリーズ。マニュアルコントロールに移行。バランサーリブート中』

「どういう意味? きゃあ!」

 姫のAGは途端に言うことを効かなくなり落下していく。姿勢を戻そうと姫がブースターを吹かすたびに機体はコマのように回転してしまう。

『リブート40%』

「きゃあああああ! オッ、オエエエェ!」

 自分の体が自分の意志とは無関係にひっくり返される感覚に、姫は思わず吐瀉する。吐瀉物が周囲の窓に貼りつき、さらに何も見えなくなる。ゲロ霧中だ。

 合間から覗く景色は、どんどん城下町に近づいている。

 いや、落ちているのだ!

「オエエエエッ! スラスター、を……」

 落ちている以上、どうなるかわからない。一か八か、彼女にできるのはメインスラスターを稼働するだけだ。飛び散ったゲロは窓の上下に貼りついている。つまり上下に回転している。

 地面を向いていればさらに加速してお陀仏だが、それしかない。

「点火……オエエエエエエッ!」

 ベルトが姫の柔らかい腹にさらに食い込み、胃の中を絞る。

 慣性で正面の吐瀉物が流れ、視界が薄っすらと見え始める。

「はああ!?」

 目の前に見えたのは、ウォルフラム城の三重城壁だった。民家のように機体の突進で破壊できるようなものではない。出来たとしても、姫が生存できる確率はゼロに近い。

『リブート75%』

 鳥が壁にぶつかって死ぬさまが、姫の脳裏に思い浮かぶ。

「認めませんわそんな死に方! 絶っ対に認めませんわ!!」

 姫はスラスターを停止し、ショットガンを撃って機体の向きを変える。ブースターの速度には敵わないが、ゆっくりと機体が斜めに回転し始める。これくらいならば制御できるというもの。

 傾いだ視界に、月が見え始める。

「ここ……です……わ」

 月を正面に捉えた姫は、すかさずメインスラスターを数秒だけ点火した。

『リブート95%……リブート完了』

 ガクンと機体が揺れ、制御が戻る。防壁すれすれを滑空しながら、姫は胸をなでおろした。背後では吹き飛ばされた堀の水が巻き上げられ、苔の生えた底まで露出していた。

「10秒遅いですわよ……」

 口の端からゲロを垂らした姫は、胸を押さえて呻いた。

「うーっく……きっつ……。そうよ、ルナイーダは……」

 姫は改めて一文字に炎を上げる城下町へ降りる。

 着陸した姫は、その惨状に顔をしかめた。燃えるというより溶けているのだ。人も壁も区別なく、人間一人分の高さの穴が貫通している。そこから火が昇っているが、逃げ出しているのはそこから離れた人々だけだ。おそらく、穴の近くにいた人間は直撃していないにも関わらず即死してしまったのだろう。

 銃を構えながら歩いてルナイーダの姿を探す。何度も呼びかけるが返事はなく、焼け落ちた残骸ばかりが目に入る。その中に、突き刺さった長いライフルを発見する。これはルナイーダの装備だ。

「うそ」

 姫が残骸からそれを抜くと、丸みのある重そうな腕がついてきた。表面が溶け、熱気を放っているが間違いなくそれはルナイーダのAGの腕だ。

「嘘ですわ。……嘘ですわ!」

 慟哭する姫はその腕を見つめる。水面のように波打った金属の塊は、表面に周囲の惨状を反射していた。

 姫はそれを呆然と見つめていたが、その中にあの光があるのを見つけてしまった。

 アレがいる――後ろに!

「くっ!」

 ジャンプした直後、足元を閃光が迸る。今度は機体に不具合は出なかった。

「一回撃たれればわかりますわ、射線を辿ればいいんですもの!」

 姫はすぐさまそちらを向き、ショットガンを向けた。しかし引き金を引かない。遠すぎたのだ。

 四ブロックは離れた教会の尖塔の上。

 紫色に瞬くAGがそこにいた。

 それは片腕のAGだった。右腕全体が大きな円柱のようでもあり、その先端が発光している。腕自体が巨大な兵器だ。対して左腕はなく、流線形の肩だけが残っている。

 頭部には対角線上から見た柱のようなものが載っている。首のやや上、人間の顎くらいの場所に発光する三本のスリットがある。おそらくそれが目なのだろうが、人間離れした外見すぎる。

 なによりそこから発せられる殺意に、姫は慟哭した。

「確かにヒトじゃありませんわね、あれは」

 ロートもリグも、その動きに感情を感じられた。人の動きを模倣するAG特有の、息遣いのような何かが感じられたのだ。しかしこれにはそういったものは感じない。感情がないわけでもない。

「剣そのものね……」

 殺意という感情だけの化け物。この姫にお茶らける余裕を与えないAGだ。

「ヴェンデッタ。聞こえてるんだろう、無視しないでくれたまえよ」

 睨み合ったそこに、呑気な伝声が入る。

 空を仰ぐと、金細工を施された太ったAGがのろのろと飛んでいる。

「ヴェンデッタ! 君は確かにギルメアの王族かもしれないが、ここでは傭兵だ。命令に従ってくれ。今すぐ東のテイタニアムの軍勢に対処しろ。同盟破りの奇襲攻撃を受けたんでね」

 ヴェンデッタ、それがあのパイロットの名前なのかもしれない。そう呼ばれたとき、わずかに銃口を揺らがせたからだ。だが未だに姫を狙い続けている。

「ギルメアでは、名誉こそ命なのだろう? 子供を討って得られる名誉はそれほど重みがあるのかね?」

「…………」

 姫を狙っていたAGが点滅をやめ、尖塔を蹴って宙を舞う。それからメインスラスターに点火した機体は、一瞬で金満AGのそばを通り過ぎると、矢のように東へと向かっていく。

 命拾いした、と理解したものの、姫は素直にそれを喜べなかった。理解が追いつかなかったのもあるが、恐怖がまだ足をつかんでいるのだ。

 それを知ってか知らずか、滞空するAGが姫に銃口を向ける。

「クレスティアルのアンジェリカ女王。貴様を殺し、褒美を受け取るのは私だ。傭兵は前線で使い捨てられるのが似合いなのだ。

 我は……ッ!?」

 金満AGが城下町へと落下していく。突っ込んできた別のAGが蹴り飛ばしたのだ。

 ゆっくりと降下してきたAGが誰かわかった姫は、声を張りあげた。

「ルナイーダ!!」

「はい。ルナイーダでございます。姫様、城に帰りましょう。野心が強いウォルフラムといえど、二正面で戦争を継続するつもりはないでしょうし」

「え、ええ。でもあなた大丈夫? 左側、ほとんど残ってませんわ」

 ルナイーダの機体の左側の装甲は溶けているし、当然、腕もなくなっている。

「大丈夫です。さあ早く。私たちは十分実力を証明しました。ウォルフラムの王が有能なら、テイタニアムとの戦争に集中するはずです」

「……そうね」

 姫はルナイーダの機体の腕を掴み、スラスターに点火する。

 機体のバランスを取るのが難しいが、先ほどの経験から落下することはないだろう。国境沿いのクレスティアルの農家が略奪されているが、走ってウォルフラムに戻っていく兵士が大半だ。呼び戻されたのだろう。

「ふー。ルナイーダ、帰って湯浴みしましょう」

「そうでございますね。ロートもご一緒に入らせますか?」

「……いいえ、今日はあなたと一緒がいいわ、ルナイーダ」

「左様でございますか」

 クレスティアル城の灯りが見えて、姫はほっとする。それと同時に、やりたかったことがムクムク湧き上がってきた。

「でも朝風呂は忘れませんわ。朝の方が元気ですのよね、男の子のオトコノコって。毎朝パーリナイしてるはずよね? だからモーニングほにゃららとかいうプレイがあるんですものね?」

「ふふ、左様でございますね」

 ルナイーダの小さな笑い声を聞いた姫は、じんわりと涙を浮かべた。

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