其の三

 不知火との勉強会を始めて幾分か経った。少年は不知火の弱点を絞った問題を自作したりするようになった。

「ええー、またこの字汚いプリントやるの⁉︎。ムズいんだけど〜。全然解けないけど〜。」不知火曰くこのプリントはクセが強いらしい。「文句垂らすな。これ出来たら定期試験なんてお茶の子さいさいやろ。」確かに難易度はかなり高めに作ってある。地元の私立中学校の入試に負けないぐらいの難易度だ。あとネタバレすると、実際の中堅校の入試をパクった代物も有る。然し不知火も凄い。少年の説明を一発で理解することができ、類問をやらすと一発で解ける。瞬間的に理解して直ぐに活用出来るのは正直言って羨ましい。「お前、そんなに出来るのに何で成績悪いんや?」本当に不思議だ。何故不知火の成績は下から数えた方が早いのか。「えー。だってテストめんどくさいからテキトーにしてる。」たったの数十分の我慢だろ。「あと先公の説明でどうして理解できんのや?」「だってだって、国さんの説明は分かり易すぎるんだもん。もう国くんが先公をやっちまいなよ。」なんか、国さんと呼ばれるのはヘンテコリンな気分になる。「嫌じゃ。アンタらにイビられる。」そう他愛の無い話をしていると、操り人形の糸が切れたみたいに、不知火が床に倒れた。                「オイ、どうした?」慌てて頸筋に手を当てて、脈を見る。脈が無い。少年は咄嗟に心臓マッサージを開始した。そして携帯の無線機を取り出し、逓信省の非常用無線に合わせた。「緊急事態発生!緊急事態発生!一名心肺停止なり。厚生省医療班は直ちにAEDと担架を持って図書室に急行せよ。繰り返す。厚生省医療班は直ちに図書室に急行せよ。」心臓マッサージを続けながら無線機の周波数を変え、そのまま119番に合わせた「はい、こちら広域消防本部です。火事ですか、救急ですか?」中年のしっかりとした男の声が無線機からする。「救急です!第三小学校で心肺停止一名!救急車を寄越して下さい!」「了解しました。第三小学校ですね。」

 厚生省医療班と書かれたジャージを着た奴がAEDを抱えてやってきた。「どうぞ!」確かに使えるAEDだ。「お前は校門警備隊に話を通して救急車通れるようにせよ。あとエントランスのリフト使えるように交通省の作業員居るか居らんか呼び出せ。」「了解!」そして、ジャージの奴は走り出した。こっちはAED を使う準備をするため、機器をセットしていたが、ヤバいことに一つ気づいてしまった。AED を使うには上半身裸にしなくてはならないのだ。一瞬手が止まった。恥じらいは命こそ在らんや。そう思い直して、不知火の上の服を一枚一枚脱がせた。完全に思考を停止させて、只事務的に作業をした。気がついたら、AED の起動ボタンを押していた。不知火に近過ぎたため、体に電気が少しビリッと走った。そして、また頸筋に手を添えると、僅かに脈動の気配がした。不知火の服を直して、心臓マッサージを続ける。更に少し脈動が強くなった。その時、担架が運ばれて来たので、不知火を乗せて、エントランスの二階迄来た。吹き抜けの部分に後付けで設置された工事用リフトは既に起動済みで、安全試験も済んだみたいだ。「下ろします。」交通省の連中がテキパキ仕事をこなしていく。ファンファンと五月蝿いサイレンがエントランス中に鳴り響く。秒速十サンチのスピードでゆっくり降りていく。一階に着くと救急車が此方に向かって走ってくるのが見えた。

 「宜しくお願い申し上げます。」そう最後に救急隊員に言って、此の仕事が終わった。

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