<case : 27> crisis - 労働型ロボット
「驚くなよヴェル。コイツらは……恐らくテンペストの構成員だ」
地下のドーム状空間で、ヴェルとキオンの足元に昏倒している黒服の男が二人。自らを調整局と名乗り、有無を言わさず捕縛しようとしてきたので、ヴェルが殴り倒して今に至る。
「どういうことだ? コイツら、国家安全保障調整局なんだろ?」
「これを見てくれ」
キオンは、一人の男の腕を取る。腕には、正方形の中に幾何学模様の刺青が刻まれていた。模様の下には小さく数字が並んでいて、何かの識別子らしい。
「腕の数字は受刑者番号、模様は犯罪履歴のデータだ。もともと犯罪者だよ、コイツらは。該当したデータによると、コイツらは塀の中にぶち込まれていたが数年前に出所して、保護観察期間中に行方が分からなくなっている」
あり得ない。この本部だって、本来外部の人間が入場するには厳重なセキュリティをパスしなければならない。犯罪者を通すわけがない。ヴェルは混乱する。
「なんでそんな奴がここにいるんだ? 本部への入場すらままならないはずだ」
「それは、コイツらが紛れもなく国家安全保障調整局の職員だからだよ」
違う世界に住む人間を見るような目でキオンを見て、ヴェルは両手を挙げる。
「要するに、もともとテンペストの構成員だった奴が、今、国家安全保障調整局の職員としてここに来てるってことさ」
「そんなことできるのか?」
「いや、通常ならあり得ない。だから、これは考えたくないことだが、もしテンペストが、一部でも調整局を乗っ取っているのだとしたら……」
キオンの推理を聞いて、ヴェルは戦慄する。キオンの言うとおりならば、奴らの目的は……。
「まさか……ここにある情報か? 〈カオティック・コード〉の情報を抜くために、国家安全保障調整局とテンペストが組んでるって言うのか?」
「決めつけるのは早計だが、それに似た絵が描かれていてもおかしくない。そう考えれば……。くそっ、きっと長官も嵌められたんだな」
「もし本当にそうなら、上に戻れば俺たちも捕まるかもな」
「監視カメラで、エントランスを見てみる」
キオンがデバイスを操作してVRスクリーンを展開し、映像を共有する。エントランスの監視カメラをジャックしたその映像の中で、国家安全保障調整局の職員が、ファントムの職員たちを連行しているらしい。
いくつかのカメラを経由したが、どの場面にも調整局が映り込んでいて、本部の設備は今ヴェルたちがいる地下を残してほとんど掌握されているようだった。
「マジかよ」
キオンが青ざめた表情で言った
「のこのこと上がっていったら、鉢合わせになるな」
「……待て、誰か来たぞ」
映像が最初の監視カメラに戻ると、外からさらに後続と思われる部隊が入ってきた。中でも、黒いロングコートを羽織った先頭の男は周りの者よりも大柄で、どうひいき目に見ても武闘派である。
男は先にいた職員と短く会話をすると、ヴェルとキオンが見ているカメラに視線を向けた。そして、隊員を引き連れてエレベータに乗り込んでいく。
「バレてるな」
ヴェルは男の行動から察してそう言うと、辺りを見回す。
「お、おいヴェル。いくらなんでもこれはマジでヤバいんじゃないか? 逃げないと……」
「いいのか? 長官は国家反逆罪の疑いで逮捕されてるんだぞ」
「そ、そんなの冤罪に決まってるだろ!」
キオンが強い口調で言った。
「志藤長官に限ってそれはない。あの人は俺たちの立派なリーダーだ。本部はこのザマだ。自由なのは俺たちだけだ、何とかするしかない」
キオンの勢いを見て、ヴェルは笑みを浮かべる。
「決まりだな」
「でも、どうやって逃げるか……そうだ。エレベーターシャフトの中を行くか?」
「危険だ。奴らと距離が近すぎるし、地上までも遠い」
「だが、他に抜けられるところなんて……」
よい案が浮かばず二人が思案していると、奥の部屋から最初にここに来たときに案内してくれた旧式の人型ロボットが顔を覗かせた。
「お二方、こちらへ」
電子音交じりの声で二人に来るように促す。ヴェルとキオンは顔を見合わせて、ロボットの方に歩いていき、パソコンの置いてある部屋にふたたび足を踏み入れる。
「お二人をお助けいたします」
「どうやって?」
「お話は聞いておりました。こう見えて、わたしもファントムの職員なのです」
「だとすれば、俺たちよりだいぶ先輩だな」
キオンが茶化すように言った。
「はい。ですので、ここの抜け道も知っております」
ロボットが部屋の突き当たりの壁に触れると、一部が反応して、来たときと同じようにどこからともなく通路が現れた。ロボットは当たり前のように中に入っていき、二人もそれに続く。
「サーバールームか」
キオンが辺りを見回しながら言った。細長い通路の左右にはサーバーラックが延々と並んでいて、真ん中が空いて通れるようになっている。
「お二人は、ここを進んで下さい。一本道なので迷うことはありません。突き当たりまでいくと、旧式のエレベータがあるので、それにお乗りください。中層と下層の間にある、使われなくなった廃駅に抜けることができるはずです」
「何でそんなところに出るんだ?」
キオンが尋ねると、ロボットはサーバーラックの隙間に手を伸ばしながら話をつづけた。
「この地下のドーム状の空間は、元を辿れば有事の際のシェルターだったのです。それを一部改修して、旧時代のネットワークを再構築し、過去の歴史を保管する場所としたのです」
手を戻したロボットの手には、銃が握られている。
「それで、お前はどうするんだ?」
「私はお二人のため、せめてもの時間稼ぎをいたしましょう」
ロボットは弾薬を確かめながら、感情の読めない電子音交じりの声で言った。
「これは、ファントム始まって以来の危機です。ミコト様のことは、彼女が生まれる前から知っております。幼少の頃は、遊び相手になったこともございます。いつもご成長を傍らで見守り、ずっと、お慕いしておりました。あなた方が彼女を救って下さるというのであれば、こんな旧型のアンドロイド、いくらでも使っていただきたい」
「お、お前……戦うつもりか? 労働型ロボットだろう?」
ロボットの決断に唖然としたキオンが諭す。
「戦いはあくまで最終手段ですが、私は……」
続けようとした言葉を止めて、ロボットはエレベータの方に顔を向ける。
「奴らが来ます。お二方、ミコト様をお願いいたします」
「分かった。キオン、ここは彼に任せよう」
ヴェルが言うと、ロボットは頷いた。二手に別れ、ヴェルとキオンはサーバールームの通路を駆け、ロボットはドーム状の空間へ戻っていく。
「死ぬなよ!」
キオンは振り返ると、ロボットの背中に声をかけた。
///
エレベータが、人工生命犯罪対策室の最深部に到着する。
「あそこだ。二人、倒れてるぞ」
国家安全保障調整局の武装隊員が、昏倒している仲間のもとに駆け寄った。全員がエレベータから出るのを確認して、最後に出た大柄の男が、ゆっくりドーム状の空間を見回す。
「劉隊長、二人とも息はあります」
劉と呼ばれた男は、何も言わずに首を後ろに振る。それを見た隊員が、倒れていた二人をかついでエレベータで引き返す。その場に残ったのは、劉を入れて四人だった。
「連中を探せ」
「隊長、あれを」
言われて劉が顔を向けると、旧式の人型ロボットがこちらに歩いてくるのが見えた。ロボットは、ゆっくりと近づきながら電子音交じりの声で話し始めた。
「ようこそ〈図書館〉へ。お名前とご用件をお願いいたします」
「国家安全保障調整局だ。蒼井ヴェルと斎藤キオンを引き渡してもらう。ここにいることは分かっている、それと……」
劉は、一呼吸置いて続ける。
「〈カオティック・コード〉に関する資料をよこせ」
「ここより奥には、事前承認の通達がなければご入室いただけません。また、あなた様方のデータは、ファントムのデータベースと一致しません。お帰り下さい」
「チッ、旧式のロボットが」
隊員の一人が悪態をつく。
「お帰り下さい」
「うるさいんだよっ!」
別の隊員が機関銃を振り上げて、勢いよくロボットめがけて振り下ろす。ガァン! という金属音が、ドーム内に響き渡る。
ロボットは、振り下ろされた銃を腕一本で止めていた。
「な、なんだこいつ! ……うわぁ!」
ロボットは、相手の銃を掴むと思い切り引っ張り、姿勢が崩れた隊員ごと持ち上げると、そのまま他の隊員たちに向かって思い切り投げ飛ばす。隊員たちは、大きく体勢を崩す。
「……お前、何者だ?」
ロボットの動きを見た大柄の男が尋ねる。
「私は、かつてファントムの掃除屋でした。マキナス全盛の時代の流れで、引退しましたけどね」
「掃除屋か……。どおりでその動き、面白い……」
大柄の男は、笑いながら言った。
「なら、俺のことも止めてみろ」
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