<case : 24> alpha - エイリアンテクノロジー

 エレベータに乗ってたどり着いた本部の深部は、無機質な白い壁に囲まれたドーム状の空間になっていた。静かな、埃ひとつない空間。空調は管理されており、空気はほどよく冷えている。


 視線の先に、旧式の人型ロボットがこちらに歩いてくるのが見えた。二人の元まで時間をかけてやってくると、ロボットは電子音交じりの声で話し始める。


「斎藤キオン分析官ですね。そちらは」

「特別捜査官の蒼井ヴェルだ」


「データを照合しています……。お二人とも、ファントムのデータベースと一致しました。ようこそ〈図書館〉へ。こちらへどうぞ」


 くるりと二人に背を向けると、ロボットは元来た道を歩き始めた。ヴェルとキオンは顔を見合わせて、彼の後ろをついていく。広い空間の四方の壁は、どこにも隙間や通路がなかったが、ロボットは歩くのやめようとしない。


 このままいくと、壁にぶつかるのではないかと思っていると、近づいたロボットに合わせて自然に壁に切れ目が入り、目の前に新たな通路が現れた。


 ロボットは、さも予定調和であるかの如く、できた通路に入っていく。


「すごい技術だな……」


 キオンが目を丸くする。確かに、このような技術はドームでも見たことがない。


「この空間自体が、旧時代の技術が応用されて造られているのかもしれない」

「何のために」


「さぁ。当時の技術の危険性を、再認識させるためか?」


 通路を抜けると、先ほどの半分くらいの広さの新たな空間に出る。真ん中に、白い椅子と机があり、パソコンが一台ぽつんと置かれている。


「これが?」

「ああ、〈旧時代のプラットフォーム〉だ。一応、閲覧権限があれば外部からもアクセスできるんだが、セキュリティの観点から機能制限がかけられていて、外からだとデータ照合しかできないんだ。ひとつずつファイルを見るには、こうやってここまで来ないといけない。さて……」


 すでにパソコンは立ち上がっている。キオンがマウスを操作して、検索窓を表示させる。『人工生命体創造計画』と入力してキーを叩くと、文書の一覧が画面に並ぶ。


「どの項を当たるべきか……」

「片っ端から見てったらダメなのか?」


 それを聞いて、キオンが噴き出す。


「お前な、このファイルの数を見ろよ。こんなの二人で見てたらここでジジイになっちまう」

「だが、取りこぼしがあっちゃ意味ないだろ」


「そりゃそうだが、アイザックを見つけて拘束し〈カオティック・コード〉の拡散を止めるのが俺らの最優先事項だろ? 今は最短ルートを行くべきだ。結局全部見ていく必要があるなら、その時は応援を呼んで人を増やすさ」


 確かにキオンの言うとおりか、とヴェルは思う。


「なら、どうやってアタリをつける?」

「キーワード検索ができるから、それで範囲を絞り込もう。何て検索する?」


「『アイザック』は?」


 キオンが絞り込み検索をかけるが、表示された検索結果はゼロだった。


「個体名はさすがにないか……」


 しかし、ノアの話によると、彼は二百年前に生まれたプロトタイプ・マキナスだ。ノア。彼女とクメールルージュで交わした会話を反芻する。


「『危険個体』とか『凍結』とかならどうだ?」

「そうか……」


 キオンがキーボードを叩く、すると、複数あったファイルがひとつを残してすべて非表示になった。残ったファイルをクリックすると、さらに閲覧制限がかけられているファイルらしく、パスワード入力用のダイアログが表示される。


「パスワード?」

「安心しろ。国家安全保障にかかわるファイルはどれも閲覧制限がかかっているんだ。ここのパスワードは事前に長官にもらってある」


 そう言いながらキオンがパスワードを入力すると、ほどなくしてファイルの詳細が開いた。


「ほらな。よし……『人工生命体創造過程における危険個体の暴走による経緯報告書』……夕霧黒百合博士によるレポートみたいだな」

「長官の家系か」


「当時の夕霧家のご当主だな。読んでみよう」


 二人はファイルの詳細に目を通していく。


 ///


 二一八八年某日、三回目となるプロトタイプ製作によって生まれた人工生命体に異常が見られる。人格データにノイズあり。しかし、振る舞いは現時点では正常で、むしろ非常に良好な状態である。


 人工生命体の名称はここでは仮にアルファとする。アルファは、非常に優れた知能を誇り、当チームが用意した課題を次々とクリアしてみせたが、ここで我々は、さらなる異常に気づいた。


 記憶力を測定するスリーカードゲームと呼ばれる課題がある。三枚のカードの中に一枚だけマークがついたカードがあり、マークつきがどこにあるか見せた上で、三枚のカードを裏向きに置く、そしてランダムに位置を入れ替えて再配置する。


 記憶を頼りに、その中からマークの付いたカードを当てるという単純なゲームだ。正解するごとにカードの入れ替えが速くなっていく。


 通常、この性質のゲームはある程度の正答率に収束していくのに対して、アルファは連続で正解し続けたのである。その回数、一般人が十回も正解できれば十分なところ、アルファは何と五十回以上正解し続けた。


 まず疑われたのはアルファによる不正。しかし、映像データをもとに検証しても、アルファが不正を行っているという証拠は見つけることができず、最終的に不正ではないと結論付けられた。


 次に研究チームによる不正が疑われたが、これもチームを変えて同様のゲームを試みたところ、アルファは同じように正解を出し続けてしまい関係性はないと判断された。


 これを受けて、緊急会議が設けられた。そこで、アルファのアーキテクチャ設計を務めた、篠塚創次郎博士から思いがけない告白を受けたのである。


 アルファのアーキテクチャ設計に、アメリカのエリア51から極秘に譲渡された、地球外生命体の構造を一部適用した、というのである。


///


「ち、地球外生命体だと……?」


 資料に目を通していたキオンが、思わず声に出して言った。


「きな臭くなってきたな」

「アーキテクチャ設計に地球外生命体の遺伝構造を適用……つまるところ、このアルファって個体は、マキナスと言うより……人類に代わるポストヒューマンと言っていい存在だ」


 興奮しているのか、キオンの声は上ずんでいる。


「この篠塚ってのも……」

「ああ、篠塚創次郎。先の夕霧博士と肩を並べる科学者の一人だ。篠塚サイバネティクスの創業者でもある。エンジニアなら知らない奴はいない。この二人のマキナス創生への多大なる貢献は計り知れない。夕霧派と篠塚派、その長たる知の偉人たちだ」


///


 その後も、アルファへの課題は継続され、彼はスリーカードゲーム以外の課題でも、大きな成果を上げ続けた。しかし、これがいわゆるエイリアンテクノロジーに起因するものなのか結論付けることに困難を極め、アルファの処遇は変わらないままだった。


 一年後の二一八九年の春、アルファに変化が起きる。

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