<case : 11> mass murder - 大量殺人

 工業系の生産プラントが中心の中層には、作業着姿で歩く人間やマキナスが多い。ヴェルとナタリを乗せた車は、テンペストの構成員が入院しているという街の外れにある病院を目指していた。


 デバイスを操作して、裏道で作ったショウタの口座にアクセスする。取り急ぎ、あの兄妹のためにいくらかのクレジットを入金しておいたが、あれから引き落としは一切なかった。


 気掛かりではあるが、時間がない。どこかで半日休暇を取って訪ねてやりたいと思った。


 結局、運転ができるから時短になるという理由でついてきてしまったナタリは、バックミラーでチラチラとこちらの様子を伺ってはいるものの、今のところは大人しく運転している。


 長官命令とはいえ、彼女を自分の捜査に同行させるというのはヴェルにとって完全に誤算だった。


 アリシアを死なせてしまった自分に、新しいパートナーは必要ない。


 周りに古風だと言われても、ヴェルはそう考えていたし、自分のパートナーは自分を最下層の残党街で拾ってくれたアリシア以外にないと思っていた。


 第一、ミコトにも言ったが、そんな育ちの悪い自分に後進を育てるなんて器用なことができるはずもないのだ。


「あと十五分ほどで目的地に到着する見込みです」


 ナタリがそう言ったがヴェルは返事をせず、引き続き窓の外に目を向けている。


 車内に搭載されたモニタからは、今日のニュースが流れている。


「──次のニュースです。最下層を中心に、マキナスによる暴走事件が増加傾向にあるという調査結果を、人工生命犯罪対策室が発表しました。原因は、メンテナンス期限超過や違法改造による人格データの損傷及び老朽化とされていますが、近日、先の理由に該当せず、倫理規定の範囲外と思われる暴力行為などに及ぶマキナスの暴走も増加しており、住民に不安の声が広がっています……」


「マキナスの暴走増加……。せんぱ……蒼井捜査官が担当された、瀬田ダンジの一件とも、何か関連があるんでしょうか」


 ヴェルは、またも返事をせずにダンジの件を振り返る。


 瀬田ダンジの一件は、計算を間違えたり、言葉が話せないといった一般的なマキナスの暴走とは一線を画す。ヴェルが今まで見てきた暴走個体のどれと比較しても、異常と言わざるを得なかった。


 一番不可解なのは、やはり異常な力による破壊行為だ。そもそもマキナスには倫理規定によって『人工生命体は人間を傷つけたり、物を破壊することはできない』という大前提のルールがアーキテクチャに組み込まれている。それなのに。


「……お前は、人間と戦闘する事態になったらどうなる?」


 ちょうど、目の前でマキナスが車を運転していることを思い出し、質問する。


「えっ? わ、私が戦闘になったら? もちろん、戦いますよ?」


 急に違う角度からの質問がきたことに驚いて、ナタリは慌てながら返事をする。


「その場合、倫理規定の第一条はどうなる? マキナスは人間に危害を加えられないだろ」

「ああ。そういうことですか、安心して下さい。私は拡張データによって第一条の制約を外されています。ですので、いざという時は私も戦闘に加わることは可能です」


 自分が戦力としてカウントされていると勘違いしたのか、ナタリは自信あり気にそう言った。


 このナタリは、仮にも掃除屋候補だ。第一条の制約を外されていることには納得がいく。しかし、ダンジは違う。仮に、第一条の制約が外されていたとして、いったい誰が……? その辺りにいるモグリのエンジニアが手をつけられる領域ではない。キオンでも無理だろう。


 ひとつずつ要素を洗っていくと、最後にはやはり、ダンジの人格データから検出されたあの不明なコードが残る。あれが、ダンジの暴走を引き起こした原因だとしたら……。


 ヴェルはデバイスを操作し、キオンにコールを飛ばす。


「キオン。調べてほしいことがある」

「何だ?」


「瀬田ダンジと同時期に暴走したマキナスの人格データを調べてほしい。もしかしたら、同じように不明なコードが検出されるかもしれない」

「ニュースを見たのか? 数が多すぎる、時間がかかるぞ」


「死亡したマキナスに絞るとどうだ? ダンジと同じ条件だ」

「なるほど……。分かった、調べてみるよ」


「頼む」


 もし、不明なコードが暴走の原因だとすると、一般的なマキナスの暴走と同一視するのは危険だ。


「あの、蒼井捜査官。病院が見えました」


 ナタリがそう言ったので、前方に顔を向ける。いつの間にか車は街を抜けて、郊外を走っていた。周りは人工植物でできた森林に囲まれており、その突き当たりにひとつだけ白い建物が見える。


 それほど広いわけではないが、犯罪者も収容する医療施設だからか、外郭とゲートがあり、塀も人間が手ぶらで登るのは無理な高さになっている。


「テンペストは、反人工生命主義を提唱する組織の中でもそれなりに過激派です。負傷しているとはいえ、構成員がそう簡単に、聴取に応じるでしょうか?」

「それをするのが、俺たちの仕事だ。違うか?」


「は、はい! その通りです」


 ゲートの横に専用の端末があり、来訪者は開錠コードを入力するか、中にいる担当者とやり取りをして開錠してもらうようになっている。だが、ナタリは端末から離れた場所で急に減速する。


「何やってる」

「いえ……。長官からゲートの解除コードを前もっていただいていたのですが、あれを……」


 と言って、ナタリはゲートを指さした。


「ゲートが開錠されています」


 ヴェルも目を向けると、確かにゲートは人が一人通れるくらいのスペースが開けられている。


「妙だな、降りるぞ」


 車を降りてゲートの前まで行き、中の様子を覗き込む。十数メートル先にエントランスがあるが、中の様子までは今いる場所から確認できない。


「ここのセキュリティレベルは?」

「レベルツーです。犯罪者の収容施設とはいえ、負傷している者が中心ですのでそこまで高くありません。とは言っても、警備員は日勤で詰めているはずですが……」


「なら、無断侵入でお咎めを受けよう」


 ヴェルはゲート内に足を踏み入れる。セキュリティが機能しているのであれば、警報が鳴って、警備員が飛び出してきてもおかしくなさそうだが、その気配はない。


 恐る恐るナタリも続き、二人でエントランスに向かう。


「まずいな」


 突然、ヴェルは歩きながら銃を抜く。


「ど、どうしたんですか?」

「分からないのか? 血の匂いだ」


「でも、病院ですし」

「いや、そんな量じゃない」


「えっ……」


 一気に場に緊張が走り、ナタリも慌てて銃を取り出す。建物の壁まで走り込んで、背をつけながらエントランスの横につけて中を覗き込む。残念なことに、ヴェルの予感は的中していた。


「中を見てみろ」


 ヴェルにそう言われて、今度はナタリが中を覗き込む。視界に入った光景を見るや、ナタリは目を見開き、驚愕する。


「な……何ですか、これ」


 エントランスには、看護師と思われる女性が血を流して倒れていた。周りに誰もいないのを確認して、建物内に入る。


 自動ドアが開くと同時に、人の血と汚物の交じり合った匂いが全身を包み込む。ナタリは思わず腕で口元を覆いながら嗚咽しているものの、吐かないだけマシかとヴェルは思う。


「ひどいな」


 病院内の至る所に、死体が転がっていた。患者、看護師、医師、警備員。人間、マキナス問わず殺されている。近くの遺体に寄って状態を確認する。


「お、応援を呼び、道路の封鎖を依頼します!」


 ナタリが本部に状況を連絡している間、ヴェルは受付の席で死んでいる女性に近づく。状況から察するに、他の者たちも含めて、銃によって殺されている。


 女性の身体の下敷きになっているタブレット型端末を拾い上げ、手を拝借して指紋認証を解除すると、病院内のデータベースにアクセスし、テンペストの構成員の情報を検索する。名前は三沢雄一、特別収容者として地下に個室があるようだ。


「ど、どこ行くんですか?」

「三沢は地下にいる」


 血で染まった廊下を、タブレットのマップを頼りに歩いていく。

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