<case : 04> movement history - 行動履歴

「──それで、瀬田ダンジは顔面の半分が、お前とアリシアを襲ったっていう例の怪物に酷似していて、壁をぶち破って逃走して、挙句の果てに暴走して死んだと? そんな事例、聞いたこともない」


 キオンが通話越しに状況を整理していた。現場は立入禁止の幕が張られて立派な事件現場となり、野次馬の姿も見える。


「だが、あの顔の状態や壁を壊した力は、メンテナンス期限の超過だけでは説明がつかない」

「どうやら、瀬田ダンジ本人の身体に聞いてみる必要がありそうだな」


「ちょうどそうしようと思っていたところだ」


 ヴェルはジャケットの中から黒い特殊なコードを取り出す。コードの先端を自身の左腕に空いたジャックの穴に接続し、彼の首筋に同じ規格の穴を見つけると、もう片方の先端を差し込んで、ARスクリーンに表示されたステータスから、接続に問題がないか確認する。


「接続完了。これより瀬田ダンジの〈ストーキング〉を行う」

「了解、始めてくれ」


 デバイスを操作して、ダンジの身体に残された情報の抽出、通称ストーキングを開始する。


 コードに接続されたマキナスのそれまでの行動履歴や人格データを参照し、抽出された情報がリアルタイムでクラウドにアップロードされ、本部で確認できるようになる。


 元々は、三次大戦で利用された技術を転用したもので、現在では同じ技術を創り出すのは難しい、いわゆるロストテクノロジーのひとつだった。


「どうだ?」


 ヴェルは、データを参照しているキオンに問いかける。


「頭部の損壊のせいで、データの大半が何かしら破損しているな。ただ……死亡する数分前のデータが参照できそうだ。その、お前が見たっていう消えた女が映っているかもしれない」


 ほどなくして、ヴェルのARスクリーンに、キオンが映像データを再生する。


 市場通りが映り、一人称視点で走っている映像が眼前に再生される。ヴェルから逃走しているときのダンジの視点だ。しばらく走って、ふとダンジが足を止める。振り返ると人影があった。


 そこには、黒い服を着た緋色の髪の女がいた。体型から若い女だと判断できるものの、どんな顔かは分からなかった。なぜなら、女は面をしていた。白い狐の面だった。


 女は何かをダンジに話しているようだったが、音声が聞こえなかった。


「音は」

「無理だな、データが破損してる」


 やがて、ダンジは女に恐怖心を覚えたのか、再び走り始めて例の袋小路に入った。奥まで走って行き止まりだと気づいて振り返ると、女はもうその場所にはいなかった。


 その後、ヴェルが追いついてきて、後の流れは先ほど見たとおりだった。


「女は、この辺りの住人じゃないな」


 ヴェルが言った。


「それに、この狐の面は何だ? 掃除屋の中には素性を隠す目的で面をつける奴が多いが、俺の他にも、この場所に掃除屋がいたのか?」

「いや、それはないな……まず、こんな赤い髪の女がファントムにいないってもあるが……そもそも、メンテナンス期限超過のマキナスを連行するためだけに、貴重な掃除屋を派遣するなんてあり得ない。それこそ、事故で瀕死の重傷を負っての、長期療養からの復帰でもない限り、な」


「なら、何か別の組織か?」

「それも、おれが知る限りだが……狐の面をつけて活動する組織なんて、聞いたこともない」


「さっぱりだな。他のデータはどうだ」

「瀬田ダンジの直近の行動履歴だが……ん? 何だこりゃ?」


「どうした?」

「これを見てくれ。瀬田ダンジが直近行った場所のリストだ」


 ARスクリーン上に、場所の一覧が表示される。


「違法配達屋をしているだけあって、最下層から上層にいたるまで、瀬田ダンジはドームの様々な場所を行き来していたようだが……これだ。この下層にある〈クメールルージュ〉ってクラブに、ここ一ヶ月で八回も通ってる」

「確かに多いが、そこまで変か?」


「ここは若者向けのクラブだ。マキナスも入場できるが、少なくともダンジのような中年男性が月に八回も通い詰めるようなところじゃない」

「なるほど、当たってみる価値はありそうだな」


「おいおい。まだお前の担当になると決まったわけじゃないぜ」

「だが、ダンジは逃がさなかった。復帰試験としちゃ、上出来のはずだろ」


「そりゃそうだが……。まぁ、そのうち本部からお呼びがかかるさ」


 キオンと話していると、向こうから隊員の一人が例の兄妹、おそらくショウタとカホを連れてやってきた。スクリーンを閉じ、ヴェルも二人のもとへ歩いていく。


「二人に何を?」

「蒼井特別捜査官。はい、あちらで自宅での瀬田ダンジの様子などの事情を伺っていました。しかし、最近の瀬田は配達の仕事から帰宅するとすぐ部屋に籠ってしまっていて、ほとんど会話もなかったようです」


「なるほど」

「お兄さん……」


 ショウタが、暗い表情でヴェルに声をかける。ヴェルも片膝をついて、ショウタに目線を合わせて話しかける。


「坊主、すまない。おじさんは既に限界を超えていて……」

「人殺し!」


 カホが、手に隠し持っていた石をヴェルに向かって投げつける。石はヴェルの額をかすめ、当たったところから血が流れる。鈍い痛みを感じる。


 アリシアの事故以来、造り替えられ、身体の半分以上が感じなくなってしまった痛みを。


「カホ、何やってんだ! やめろよ!」

「だって、このお兄さんがダンジおじちゃんを殺したんだよ!」


「違うよ、やめろって!」


 ショウタがカホを抑えようとする。


「坊主、いいんだ。やらせてやれ」


 その時、別の方向からも石が飛んでくる。先ほどより大きな石の欠片が身体に当たるが、今度は痛みを感じない。


 目を向けると、いつの間にか規制線の向こう側に小さな人だかりができていた。瀬田ダンジと境遇を同じにする、最下層のマキナスと人間たちだった。


「人殺し! 人殺し! 人殺し!」

「またファントムの連中か! お前たちには、人の心はないのか!」


 ヴェルはため息をつき、周りにいた他の隊員たちが制止に向かった。


「お兄さん、ごめんなさい」


 ショウタが俯いてカホの行動を謝罪する。


「気にするな、慣れてる。おい、この子らはどうなる?」

「児童福祉局に保護を要請していますが……」


 二人と一緒にいた隊員が言い含んで、ヴェルに耳打ちする。


「何しろ、残党街です。両親はともに精神がやられてしまっていて、この子らも、IDすら持っていないようです。まともに取り合ってくれるかどうか……」


 ヴェルは舌打ちする。上層に暮らす富裕層にとって、最下層で起こる出来事ほど現実味がなく、関心のない話題はない。


 自分たちさえよければそれでいい、その欺瞞が取り返しのつかない争いを生んできたというのに、当事者にならないうちは、その事実を全く自分ごと化できずにいる。


「坊主……いや、ショウタか。いいか、これからは、お前が妹を守るんだ」

「ぼくが?」


「そうだ。ダンジさんの代わりに、お前が面倒を見ていくんだ」

「……うん」


「大丈夫だ。当面の生活ができるだけのクレジットは俺が送ってやる。こっちのお兄さんが、児童福祉局を口説くまでの間、それで生活してくれ」

「どうして、ぼくたちにそこまでしてくれるの?」


「俺も、ここの出身なんだ」

「えっ」


「だから、お前たちの気持ちは分かる。ただ、俺もすべての人を助けることはできない。分かるか」

「うん。お兄さん、ありがとう……ぼく、がんばるよ」


 隊員に連れられ、ショウタとカホが規制線の外へ連れられて行く。


 こういうことがある度、ヴェルは虚しい気持ちになる。表情には出さないが、心にぽっかりと穴が開くのを感じる。自分が守っている世界、人々、秩序は、本当に守る価値はあるのだろうかと。


 かつて、残党街で用心棒まがいのことをして生きていた自分の前にアリシアが現れ、自分はファントムで生きる道を得た。もしあの時、アリシアが現れなかったら……自分も未だに、この最下層の闇から抜け出せずにいたはずだ。


 あの兄妹には、そうなってほしくなかった。


///


 同刻、ヴェルがダンジを追う際に登った、半壊した電波塔。

 ヴェルが登った位置よりも、さらに上の頂上付近の踊り場から、ヴェルと兄妹のやり取りを見ている者がいた。


 白い狐の面をした、緋色の髪の女だった。

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