2話:「日常が壊れる予感……」

2【日常が壊れる予感……】


 夕日が落ち完全に夜になる頃合いである午後19時30分頃、とある一軒のマンションの一室の扉が開きそこから男が入ってきた。その部屋の住人である。


 ここで男の名前を紹介しておこう。


 その男の名は小橋 大和こばし やまと。よくある名前ではないが、ごくごく平凡な名である。



「ただいま……」



 大和のほとんど呟きに近い声に答える者は当然いない。なぜなら、大和は一人暮らしだからだ。



 ちなみに、彼の仕事はごくごく平凡なサラリーマン。そこそこブラック寄りの会社に勤め、口だけが達者な上司の小言を聞きながら、日々社会のために貢献している。



 家族構成は、田舎に父と母そして祖母が住んでおり、さらに都会にある女子高に通う妹の5人家族である。



 夕食を兼ねた晩酌が終わり、風呂から上がった大和。そして、一息つく間もなくヘッドフォンに酷似したものを頭に装着しそれを起動させる。



 それは【VG バーチャルギア】と呼ばれているもので、数年前にとある大手のゲーム会社が次世代ハードゲーム機として販売したものである。



 専用のヘッドギアに組み込まれた世界最新のプログラム技術により、仮想現実いわゆる【バーチャル世界】を作り出し、あたかも現実世界で動いているかのような体験ができる【体感型仮想現実ゲーム機】である。



 このVGが登場したと同時に、ゲーム業界は新たなステージに到達したとテレビで専門家が言っていたことを大和は思い出す。



 そして、彼が起動させたゲームは【タワー・ファイナル】。VGが登場すると同時に販売されたVG最初のRPGである。



 慣れた手つきでタイトル画面からログインし、大和の視界が靄に包まれる……。



 視界がだんだん薄れていき、辺りの様子が見えてきた。



 そこはどこか懐かしい風情のあるいかにもRPGで出てきそうな感じを漂わせる町の広場だった。



 大和はメニュー画面を開き、今の状態を確認する。



「よし、問題なしっと」



 その町の名は【グレイベルク】という名前で、【タワー・ファイナル】にログインすると必ずその町の広場からスタートする最初の場所だった。



「何か新しいクエストはないかなー?」



 そう言いながらイベント欄を見ようとしたその時、目に飛び込んできた内容に思わず眉を顰める。



「うん? なんだこれ??」



 そう言ってイベント一覧を見るとそこには、【☆?〇\\--mGz◇ydz】というわけのわからない文字列が並んでいた。



「バグかな? 最近アップデートされたのにまたかよ?? 新しいハードとはいえ、こうもバグが多いとモチベーション下がるよなあ~」



 そう、ここ最近この【タワー・ファイナル】というゲームは、大型アップデートに伴うバグの修正のため、連日緊急メンテナンスが相次いで実施されていたのだ。



「またこれでメンテなんて勘弁してほしいよ……」



 そうつぶやきつつ、大和はあることに気づく。



「あれ? これ選択できるぞ」



 そのバグのような文字列が選択できることに気づいた大和は、選択してみようかどうか一瞬ためらう。



「バグでデータが無くなったら怖いけど、どうなるかも見てみたいな……」



 31歳という大人の冷静な判断を下そうとした大和であったが、この珍しい状況に少年の心という好奇心に駆られてしまった。



“選択したらどうなるのか?”という好奇心に……。



 リスクが伴うのは重々承知だったが、大和は選択してみることにした。



 この小さな好奇心が、のちに後悔する結果になることを知る由もなく……。

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