大学で拾った♀スライムに懐かれた。

世良 悠

第1話 スライム拾った

 親に勧められたそれなりの大学に入り、それなりに勉強して、それなりの職に就く。


 平凡な日々を過ごせればいい。

 そう思って始まった大学生活一日目。


 ガイダンスを終えた俺は一人教室を出る。

 後ろではもう友達が出来たのか賑やかな声が聞こえた。自分は人見知りだから、すぐ仲良くなれる人はすごいなって思う。そんな辛い現実に目を背けたくてリュックから取り出したワイヤレスイヤホン。


 中学校からの親友にめちゃくちゃ勧められ、ネットで買ったものが昨日届いた。

 無くした時が少し怖いけど、それ以外はすごく便利だ。コードが机の角に引っ掛かって外れることは無いし、コードがぐちゃぐちゃになることもない。


 そんなことをぼんやりと考えながら階段を下っていると、階段で足を踏み外した。


「......ぁっぶな!」


 ギリギリ手摺を掴む。

 大惨事にならなくてよかった。と、安心したのも束の間。左手に持っていたはずのイヤホンが無い。ケースは階段下に落ちているのだが、どこだろう。少し辺りを見回して窓が開いていることに気づく。


「大惨事じゃん......」


 階段を駆け降り校舎の裏に出た。

 人気はすっかりなくなり辺りは少し暗い。そして軽く絶望。ゴミ袋が山みたく積まれてる。諦めて帰ろか。しかし、昨日届いたイヤホンかつ数千したものを簡単に諦めるのは......。悩みに悩んだ末、俺は生ごみの山を一つ一つどけていく。


「これで見つからなかったら最悪だな」


 はぁと溜め息を吐きゴミ袋を退けていると、『ふにょん』と何かを触った。

 これはなんだ。ゴミ山にあるふにょんとした何か。嫌な予感しかしない。俺は恐る恐る目を向けると、水色の透き通った何かがプルンと揺れた。


「ヒエッ!」

「ヒエッとは何よ失礼ね。あたしの体を触っといて他に何か言うことないわけ」

「ごめんなさいごめんなさいごめんな......ん?」


 今の声は何処から......。


「ここよここ! あんたいい加減にあたしの体から手を離しなさいよ。セクハラで訴えるわよ」


 声の主を探して視線をゴミ山に移すと、水色の何かがまたプルンと揺れた。


「やっとあたしを見たわね。ほら早く手を離してちょうだい」

「はぁ!? ゴミが喋った!?」

「ゴミってあんた何様のつもり!? 私はスライムよ! あんたさっきから失礼すぎない!?」


 いやいやちょっと待て。

 落ち着け北國 悠生きたぐに ゆうせい。十八歳。漫画やゲームで出てくるスライムが現実にいるはずがない。きっとこれは質の悪い新人どっきり。恐らく何処かにカメラを構えた人がいるのだろう。


「ていうか、取り合えずここから出してくんない? ゴミまみれで嫌になっちゃう」

「あ、はい」


 あぁぁぁ。パニックになりすぎてゴミをゴミ山から取り出してしまった。

 心なしかぷるんぷるんと喜んでいる様に見えてきた。もうだめだ、疲れてる。帰ろう。


「感謝するわ人間の雄。お礼にあたしの名前を教えてあげる。あたしの名前はーーってどこ行くの!?」

「これは夢これは夢」


 夢ならば帰って寝よう。そうすれば覚めるはず。

 早歩きで去る俺に何か声が聞こえるがきっと気のせいに違いない。ぷるんぷるんと近づいてきている気がするがきっと気のせいに違いない。


「もう......いい加減に止まりなさいってばぁ!!」


 ぷしゅ。

 何か飛んできた。

 そう思った次の瞬間、足元からジュっと何かが焼けたような音が聞こえた。


「え?」


 黒く溶けた土壌。

 ぷるんぷるんと近づいてくるスライム。これは本当にどっきりなのだろうか。そんな疑問が浮かぶのも無理はないだろう。


「やっと止まったわね! 改めてあたしの名前はスライムのスララよ。あんたも名前を名乗りなさい」

「え、北國 悠生だけど......」

「キタグニユウセイ? なんだか長い名前ね」

「いや北國が苗字で悠生が名前だけど」

「苗字? なにそれ分からないわ。長い名前は嫌いなの。これからはセイって呼ぶわね。よろしくセイ」

「え、うん? これからってどういう......」

「これからはこれからよ! あんなに乙女の体を弄って......まさか触るだけ触って捨てる気!? それは許さないわよセイ」


 スラ......イム? のスララはそう言って上下にぷるぷる揺れる。

 怒っているのだろうか。いや、うん、発言的にもきっと怒っているのだろう。


 その時だった。


「えーまじやばーい」

「いやいや本当なんだって。校舎裏から痴話げんか。見るしかないっしょ」


 二人の女性がここに来ようとしている。

 まずい。何がまずいかよくわからないけどまずい気がする。


「えっとスララでいいんだっけ?」

「ようやくあたしの名前を呼んでくれたわね。待たせすぎなのよ!」

「ごめん。それどころじゃないんだ。ちょっとここで静かにしてて」


 返答を待たずしてリュックにねじ込む。

 チャックが閉まったのを確認してから俺は逃げるように走り出した。



 ◇


「あれ誰もいないし」

「やっぱり聞き間違いなんだってー。ってこれ見て!」

「んーなになにー?」

「イヤホンの片方落ちてる! これ落とした人軽く絶望じゃない?」

「うわ。これはキツイ」

「大学って落とし物預かってくれるのかな?」

「んーわかんないけど、とりま学生課あたりに持っていけばいんじゃない?」

「それだ! 藍那ってば天才だね」

「褒めるなよ~」



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