17-1 冬が寒くって本当に良かった-陽向-

 琴葉がオリジナル曲を作り、披露してくれた日からおよそ一ヶ月以上が経った。あの時僕は甲斐性もなくボロボロと泣き崩れてしまった。できれば彼女にあんな姿を見せたくはないのだが、あんな曲を聞かされて涙を堪えることなどできない。

 吃音症が治った直後に、その事に関する歌詞で、しかも僕視点の曲だというのがずるい。


 あの曲を聞いた直後から、僕は再び絵をかけるようになった。彼女はいつも僕を救ってくれる。

 それと同時に、徐々にギターを弾くことへの興味が出てきたところだ。琴葉に丁寧に教わりながら時間は掛かりつつも、少しずつその腕を上げている。やっと幾つかの”コード”が抑えられるようになってきた。

 無我夢中でギターを弾いている間は嫌なことを考えないでいられる。例えば絵が描けなくなってしまったこと、とか。いい趣味だと思う。


 そんなこんなで絵が描けなくなってから早三ヶ月。目的もなくダラダラと過ごし、たまにギターを弾くだけの生活は何処か自分のものでないかのように感じられ、魂が抜けたような気分でいる。


 12月半ばの木曜日、音楽室に行くと琴葉が「結構ギター弾けるようになってきたし、そろそろ一曲通して弾いてみれば?」と提案してきた。一曲を丸々弾くのは僕にとってハードルが高いように感じていたが、彼女が強く背中を押してくれるのでやってみることにした。


「良かった!ちょっとさ、何曲か冬っぽいの選んできたからこの中から好きなの弾いてよ。どれも簡単だから」


 いくら最近音楽を聴くようになったからとはいえ、まだまだ音楽には疎いので課題曲(?)を提示してくれるのは助かる。

 彼女がスマホに挿したイヤホンの片方を差し出してくる。一瞬戸惑ったが、よく考えればスマホが使用禁止なのに音楽を垂れ流しで聴くなどは到底無理なことなので仕方ない。だがこんなあからさまに恋人みたいなことをするのはやはり気が引ける。

 そんなことを思いつつ「ありがと」と言って彼女が差し出してくれているイヤホンの右側を受け取り耳にはめる。


「じゃーいくよ?」

 そう言ってスマホに表示された三角をタップすると曲が流れる。それを目を閉じて聴き入る。暫くして次の曲が流れる。目を閉じて聴く。次の曲が流れる。目を閉じて聴く。次の曲が流れる。ふと目を開けると琴葉と視線がぶつかる。


「「あっ、」」


 ごめん、と互いに謝って向き直り曲に集中しようとする。が、どうも曲に集中できない。

 ちょうどそんなことをしてどうしたものかと考えていた時、


「来ったよ〜!」


 少し煩いくらいの明るさを纏った朱莉の声が音楽室に響いて、思わずイヤホンを外す。


「ん、何していたの〜、お二人さん?」


 朱莉と一果がニヤニヤして此方の顔を覗き込んで来る。


「いや、なんでもないよ」

「うん、陽向に曲聴かせてただけ」


「ふーん、そう。あれ?陽向に弾き語りで歌ってもらうってやつ?」


「そうそう」


「二人も知ってたんだ」


「うん、朝、琴葉から聞いてた。それでどの曲にするの?」


「うんっと、そうだね。あの、三曲目に聴いたやつ、良かったな」


「あ〜これか!良いよね〜この曲」

 そう言って琴葉が曲の再生画面が表示されたスマホを一果と朱莉に向ける。二人はそれを覗き込むと、「う〜ん、なんというか、陽向ってロマンチスト?」と一果が口にした。


「へ?」

 思わず気の抜けた声が出てしまう。


「歌詞聴いてた?」


「いや、歌詞っていうより良い曲だな〜って。なんか今寒いし、凄い沁みるなって思った」


「ふーん、そう」


「え?なに?歌詞?歌詞も確かに良さそうだったけど」


「まあいいや、じゃあ私たちもそれ歌えるようにしてこよっと」


「そうだね〜」


「あ、そうだこの曲だとギター二本で出来るから私もアルペジオで弾くね。見本の動画とコード送っとくから、陽向も練習しといてよ」


「うん、頑張る!」


「じゃあちょっと私今日委員会あるから、先帰ってていいよ。じゃあね」


「あ、そうなの。ばいばーい」


 琴葉が嵐のように教室を去ると同時に沈黙が訪れ、残った三人で目を見合わせる。


「やることもないしもう帰ろっか?」


「そうだね〜あ、そういえばちょっとひとつだけ二人に話さなきゃいけないことがあるんだ」

 急に一果が深刻な顔をする。


「え?なになに?」


「歩いてから話すよ」

 何だろうか。その深刻な顔から良い話ではなさそうだ。



 荷物を持って音楽室を出る。借りていた、ケースに入ったままのギターを準備室に戻して廊下を進む。教室にも暖房設備はないので十分寒いのだが、光が当たらず薄暗い廊下の寒さは一層身に堪える。

 校舎を出ると灰色に曇った空が辺りを覆うのが目に入る。今でも雨が降ってきそうだ。


 坂を降りつつ、一果に問いかける。

「それで、話ってなに?」


「うんっとね、どうやって言うのが一番いいのかな〜」


「一果自身のこと?」


「いや、私じゃなくて琴葉の事なんだけど、、」


「えっ?琴葉?」


「うん」


「なんで琴葉の話を一果がするの?」


「私のお母さんが琴葉のお母さんから聞いたらしくて。多分琴葉は私たちに隠すつもりだと思うんだけど」


「うん」


「実はね、琴葉が———」

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